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十五前後物語(3)

 

 

 八月十七日 午前十一時五十分 夕日がよく見える場所の駅 駅前



 「ほお、ここが。夕日がよく見えると評判の」

 ショーコは駅にあった観光マップを手にしながら周りを確認する。


 夕日がよく見える場所の駅は、広めの一軒家程度の大きさで、一両編成の電車が止まったとき駅に降りたのは三人のみ。また駅周辺は人家と田園風景が広がっており、駅前にはバス停、自転車のレンタル屋が並んでいた。


「ふーん、こういう感じの田舎ね」

 さつきは周辺を見渡した後、振り返って駅を見た。


「さつきちゃん、夕日がよく見える場所なんだから、商業施設なんて必要ないよ。夕日見えなくなっちゃうし」

「別にそんなことは。で、あれはどこよ」

「んとねえ、これには載ってないのかな。観光マップだし。あ、さつきちゃん。あそこに自転車のレンタルが」

「いいんじゃない借りても。バスだと時間あるし。あ、あったここだ」

「よくみつけたねえ、さつきちゃん。なるほど、わりと距離あるかも」

「ねえ、高野さん。行くとこ決まってるの・・・?」

 カメ子は二人の後ろから地図を覗き込む。


「とりあえずさ、カメ子ちゃん。さっき色々みて予習したからさ。どこ行きたいかを坐禅しながら考えるってどう?」

「坐禅の時間はそういう使い方をするもんじゃねえんだよ!思いっきり意味をはき違えてるようだなあ!おい、こらあ!」

 

 さつきは駅前で言い合ってる二人を置いて自転車屋に入り、受付で提示された紙に記入していると貸し出し時間を書く欄があり、さつきは少し迷った後、二十四時間のところにチェックした。


「ほら、2人の分もあっちにあるから」

 レンタルした自転車を押して二人のいる場所に戻ったさつきは言い争っている二人に声を掛けた。


「おお、さつきちゃん。仕事が早いねえ、ほらカメ子ちゃん」

「わかった。坐禅してやるよ、ぼけが。お前に付き合うんじゃねえぞ、高野さんと一緒に行くだけだ」

「ああ、じゃあさ。一番パーンて肩やられた人が罰をっていうのどう?」

「わかった、いいぞ。お前の罰はこっから歩いて帰るにしてやる。財布とスマホは渡せよ、先に帰ってお前んちのポストに入れといてやるよ。これはまじだからな、高校生のなあなあ感で流さねえぞ」

「もう、いいフリしちゃってえ。カメ子ちゃん。流れ作るねえ、自分で持ってくるタイプだね」


「あ、それわたしやらないから。二人でやってね」

 さつきは端末のナビを開き場所を入力する。


「ええ、さつきちゃーん。のってこうよー」

「高野さんは普通に体験してて。こっちはこっちでやってるから」

「うん、それでお願い」

 

 場所を確認したさつきを先頭にすることで合意した三人は、自転車で坐禅体験寺に向かった。



「さつきちゃん。なんかうちの近くと似てるねえ、この辺」

 ショーコは前を走るさつきに向かって言った。


 歩道がない片側一車線の車道を一列になって走る三人。


「だから田舎なんて大体どこでも。あ、でもこんなのも」

 さつきは道路脇にある建物を指差す。


「うお!なんだこりゃ!竜宮城かい」

 

 さつきが指差したのは平屋の高級感ある建物で、またその入り口までの石畳の道は間接照明を大量に使われていた。


「高野さん。すごいね、これ」

 さつきとショーコが立ち止まったのを見て、カメ子も自転車を停めて建物を眺める。


「こんなの退役後、車の整備工場で働いて週三百五十ドルしか稼げない人はどうやったら泊まれるの・・・」

「別に無理に泊まらなくても」

「高野さんって、家族でどこか行くときはこういうところ泊まるの?」

 カメ子は建物とさつきを交互に見る。


「別にそんな。泊まること自体全然ないし」

 さつきは視線を道路に戻し、自転車のペダルを強く踏んだ。




「そろそろ近づいて。あ、ショーコ。あれ、ほら看板」

「うお!なんじゃ、ありゃあ」

 

 田んぼの端に、坐禅体験やってます、二百メートル先左折。と黄色地に赤字で書かれた大きな看板が立っていた。


「すごいね、これ」

 さつきは看板を横目で見ながら通り過ぎた。


「いやあ、いいねえ。ブックオフみたいで。それにこれぐらいど派手なほうが座禅もしたくなる人も多く」

「座禅と看板は関係ないでしょ」


 さつきとショーコは並走して会話しており、その後方から一人で走っていたカメ子は、何度かさつきの横に並ぼうとしたが、後続の車が気になり諦め、しょーこを、しょーこを、しょーこを・・・と呟きながら足を動かしていた。



「おお、ここが坐禅寺だね」

「っていいうか、あれ・・・」

「うん、さつきちゃん。これはなかなかの」

 

 自転車を駐輪場に置き、さつきとショーコが見つめた先には、寺の看板より大きく、坐禅体験やってます、という看板が立っており、至るところに矢印で坐禅体験の場所を誘導する張り紙が見えた。


「ねえ、カメ子ちゃん。あれはどうなの?」

「ああ?いまお前を苦しめる方法を色々考えてんだ。じゃまするんじゃねえ」

「ひっ、な、なにをされるの。わたし」

 ショーコはカメ子から視線を逸らし後ずさりする。


「でもちょっと誘導多くない?座禅の張り紙ばっかり」

 自転車に鍵を掛けたさつきは張り紙の矢印を追い、場所を確認する。


「そうそう、カメ子ちゃんの寺感的にああいうのありなのかなって」

「いいだろ、別に」

 

 えっ、あれいいんだ。さつきは少し驚きつつカメ子を見た。


「ああ、そうなんだ!カメ子ちゃんならてっきり『寺なめんじゃねえ。この看板ぶち壊すぞ』とか言うのかと」

「ぶち壊されるのはお前だ、ぼけが。大体、寺とかはよお、知ってもらってなんぼだろ。そのとっかかりとして坐禅教室。いいじゃねえか、観光客相手だとしても。そこで少しでも興味を持ってもらえれば」


 へえ。さつきは看板とカメ子を見比べた。


「え、高野さん。どうしたの?」

「うん、いや。そのショーコとの対応の差、慣れないなって・・・」

「ごめんね、でもあのクズに普通に話掛けるのはちょっと」

「あと、なんていうか、その」

 さつきが言葉を選んでいると、一旦離れていたショーコが頷きながら近づいてきた。


「いいじゃない、開かれてるねー亀寺は。そりゃあ供養も効くわけだよ。メルちゃん調子いいしねえ」

「だからお前のその!」

 

 さつきは二人のやり取りをしばらく眺めていたが、カメ子を見る目が少し変わっていることを自覚した。

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