十五前後物語(1)
八月十七日 午前七時二十分 イノシシバイト近隣駅構内
「今日もイノシシでなかったねえ、さつきちゃん」
「いいじゃない。何も起こらない方が」
さつきは電光掲示版の電車到着時間を確認していた。
「高野さんの言うとおりだ。なんもないほうがいいに決まってるだろ、ボケが」
ショーコの横に座っていたカメ子は、手に付けていた数珠を鞄にしまう。
一昨日、八月十六日朝九時から翌日十七日の朝七時までイノシシの監視を頼まれたショーコはさつきと理恵を誘い、さつきは来ることになったが、理恵は用事があったため、ショーコの提案によりカメ子に連絡し了承を得た。
そして今回は二十四時間近く拘束となるため、日中は一人が監視して、あと二人は公民館内で自由に過ごすことにし、さつきは一階から見つけてきたローテーブルで勉強、カメ子はお経の練習と時折さつきと勉強、ショーコは端末でゲームをするか、二階にあったイノシシのはく製を模写して過ごした。
昼食は各自で用意したものを、夕食は猟友会が用意したイノシシ鍋をさつきを除く二人は食べ、夜間は前回と同様に一人が休み二人で監視する交代制で対応し、バイト終了後、前回同様に三人は車で駅まで送迎してもらい現在に至っている。
「でも前回、イノシシのはく製なんてあそこになかったよね」
「なかったねえ、なんだろ。なんか猟友会的な理由なのかのう」
「高野さんも二回目なんだよね。わたし思ったんだけど、イノシシの監視をしながらイノシシ鍋を、イノシシのはく製がある部屋で食べるって。なんかちょっと」
カメ子はさつきをちらちらと見る。
「そっか。カメ子ちゃんというか寺的には、やっぱり殺生のなんかみたいなのがあるの?」
「黙れ。お前に言ってないし、大体お前はここにいない」
え、ここにいない?じゃあわたしは・・・?ショーコは戸惑いながら自分の手をゆっくり開いて閉じる。
「たしかに。亀山さんの言う通り、あそこはちょっとイノシシの死が集まりすぎてるかも」
「やっぱりわたしいるよ!あぶないあぶない。そして大丈夫。猟友会とか農家の人たちは、ちゃんとわたしたちのことを考えてくれてるから。それに今回のバイトは拘束時間長かったから前回より多めだったよ」
はい、お疲れ様。頑張ったねー。ショーコはさつきとカメ子に現金が入った封筒を渡した。
「なんかショーコにそう言われながら渡されると、ちょっと」
「わかるよ、高野さんの気持ち。わたしは高野さんの倍むかついてるから」
カメ子は封筒を握りしめる。
「ほんとは一人五千円のところを大佐がプラスしてくれたんだよ、一人六千円に!」
「なんか微妙ね・・・。いいんだけど」
「交通費は後でまとめて清算するから。詳しいことはバイトリーダーに教えてね」
「つーか、お前も含め全員同じとこから乗ってるだろ!面倒なことするんじゃねえぞ、クズが!」
「まあまあ、亀山さん」
三人は交通費の受け取りについてしばらく話あった。
「まだこないねえ、本数少ないのかなあ」
「しょうがないでしょ、乗車人数が少ないんだから」
さつきは参考書のページを開く。
「ま、また軽く田舎を。あ、さつきちゃん。お金ももらったしさ。逆のほう行ってみない?そっちなら十五分ぐらいで来るよ」
「帰る方向の逆ってこと?」
「そうそう、知らない町を散策してみようよ。なんなら海まで行っちゃおうよ!」
「はあ?海ってどこまで行くつもりよ」
そうだねえ、ショーコは端末を見て考え込んだ。
「うん、クソショーコが言ってることだけど、内容はいいと思う。高野さんも勉強頑張ってるし。たまには海とか」
「え、また海って。それはちょっと」
「わたしも探してみるから」
カメ子も自身の端末を鞄から取り出した。
「そんな、亀山さんまで」
その後、しばらくショーコとカメ子は場所を探し、さつきは昨日勉強した場所の参考書を読み直していた。
「おし、大体イメージは掴んだよ」
「こっちも見つけた。言っとくがよ、お前の選んだ場所なんか信用できねえんだよ。却下してやるから見せてみろ」
カメ子はショーコの端末を奪い取った。
「あ、お前。ここは・・・」
「え、どうなの?カメ子ちゃん」
「いや、それは」
ショーコはカメ子の持っていた端末を横から覗き込む。
「ああ、いっしょじゃーん!」
二つの端末は、大きな夕日の画像がホームの観光案内ページを表示していた。
「いいか!勘違いするなよ、クソ野郎。お前が選んだここに行くんじゃねえ!わたしが選んだここに行くんだ!」
「え、ちょっと。どこなの?」
横からさつきが入って端末を見た。
「ほら、地名に夕日が入ってるんだよ!観光でも押しまくってるし、絶対きれいだよ。おまけに温泉も。ここしかないよ、さつきちゃん」
「聞いたことない地名ね」
さつきは地名を検索し、現在の駅からの所要時間を調べた。
「・・・ねえ、こっから三時間五十分掛かるんだけど」
「寝てればすぐだよ。ねえ、カメ子ちゃん」
「高野さん昨日あんまり休めてなかったし、ちょうどいい休憩に」
「というかわたし今日夜塾なんだけど」
大丈夫、大丈夫。ショーコはさつきの肩を叩いた。
「ええと、今から出て、昼について、昼に向こうを出ればだね」
「その滞在時間じゃ夕日見れないでしょ!」
「なんとかなるよ。とりあえず行ってみれば。ねえ、カメ子ちゃん」
「そ、そうだよ。高野さん、なんとかなるよ」
「わかった。どうやって夕日がなんとかなるか、やってもらうから」
「おお、さつきちゃん。行く気に!」
「そっち方面ならもう来るでしょ」
さつき立ち上がり、改札を通ってホームに入った。
「や、やばいよ。カメ子ちゃん、乗り遅れる!」
ショーコはさつきを追って改札を通った。
「お、おい。待て、クソショーコ。わたしは切符を買わないと」
「待ってるよ。カメ子ちゃん、先に席とっとくから」
ショーコは一度振り返り、そのまま小走りで改札に向かう。
「おい、わたしは高野さんの横だからな!」
カメ子は慌てて鞄から財布を取り出した。