霊を撮るには、前からそして後ろから(5)
五月十八日 午後六時四十四分 ファミリーレストラン店内
席に付いたさつきとショーコは、ドリンクバーのみを注文し、店員がいなくなると冠婚葬祭セットをテーブルに置いた。
「さてさて、冠婚葬祭セットの全貌がついに明らかになるよ」
「たいしたものは入ってないでしょ、おまけだし」
「と、そのまえにー」
ショーコは買ってきた礼服を一着取り出しテーブルの下からさつきに渡す。
「ちょっと衣装をさ、今着てみようよ。さつきちゃん」
なんでわざわざ下から。さつきは受け取った礼服を折りたたんで横の椅子に置いた。
「いいじゃない、どんな感じに映るか、今軽く撮ってみたいんだよ」
「今?ここで着替えるの?」
「店員がわれわれを捕捉するまでにしないと、あ、あの人たちなんか着替えてる!って思われるよ!」
「まあ、うん。じゃあ」
「おしおし、では一人ずつ行こう。慎重に、ね」
「はいはい、わかったから」
さつきとショーコは交代でトイレに入って服を着替え、それぞれ何もなかったようにドリンクバーを取りに行った。
「いやあ、着替えてしまったね。やっぱりいいよお。さつきちゃん」
「なにが?普通の礼服じゃない」
さつきは黒の上下に、店で買ったシンプルなシャツを着ていたが、ショーコはシャツを買う余裕が無かったため、制服のブラウスをそのまま着ていた。
「でも今気付いたんだけど、わたし制服のブラウスかつリュックで自転車なんだけど、やはりこのセットだと帰り道やばいよ、世間からの目が・・・」
「誰も気にしてないよ。そう言えば、さっきの冠婚葬祭セット見せてよ」
「う、うん。大丈夫だよね。とりあえず出すよ」
冠婚葬祭セットの中には、数珠、ネックレス、白い手袋、ネクタイが白、黒の二本入っており、二人はそれを丁寧にテーブルの上に並べた。
「ほおお、この五点ですな」
「ふーん、なるほど」
「あ、これ。あれだよ」
ショーコは白のネクタイを持ち、
「わたし達には必要のないこのネクタイ、これが後に意外な場面で役に立つんだよ」
そう言って、さつきの前でふらふらと動かして見せる。
「例えば?」
さつきは自分の手首に視線を落とし、数珠を付け、外す、という行為を繰り返していた。
「ええと、ほらビルの屋上からさつきちゃんが落ちたとき、スローモーションになってだね。そしてわたしは右手を伸ばすんだけど、ぎりぎり届かない、あ、落ちるってなるんだけど、そのときひだ」
「ああ。いい。大体わかるから。いい」
「ちょっとお。聞いといてえ、言わせてよお」
「じゃあ、ショーコに白と黒のネクタイ二本あげる。わたしは数珠貰うね」
で、もう一個ずつあるけど。さつきは手袋とネックレスに目を落とす。
「うーん、まあ、わたしは、いや、うーん。手袋かな」
「じゃあ、ネックレスで」
さつきはそう言って、数珠とネックレスを手元に引き寄せた。
「それでどうやって霊撮るか決まってるの?」
「それはねえ、一応前授業中に考えてたアイディアがあるんだけど」
ショーコはプリントを裏返してテーブルに置いた。
さつきはそれを一瞬見て、まあなんでもいいから、さっさとやろうよ。と言いドリンクバーのグラスを持って立ち上がった。
「えええ、やろうっていいながら飲み物を取りに行くって・・・」
コーヒーを持ってきたさつきは、ミルクを入れてスプーンでかき回しながら、
「でもさ、衣装買ったし、今日はある程度やったんじゃない」
と、カップを見ながら言った。
「ちょっとお!飽き始めてるじゃない、ほら、メモもほら!」
「えー、もういいよ」
「まず、撮らないと始まらないからね、始める前から撮っちゃおうよ。よしよし」
そうと決まれば、ショーコはカメラをセットし二人が入るように調整した。
「はい、録画っと」
「はいはい、好きにすれば?」
さつきはカップを口に運ぶ。
しばらくして隣の席に食事を運んできた定員が、怪訝な目でカメラとさつき、ショーコを見ていた視線に気が付いたさつきは、ねえ、もういいんじゃないの。録画。と店員が離れてから小声でショーコに言った。
「ああ、そうだねえ。大体の雰囲気は撮れたし」
ショーコはカメラのボタンを押し、うーん、撮った撮ったと言いながら背伸びをする。
「あ、さつきちゃん、なんか飲み物取ってくる?」
「コーヒーか紅茶」
「はーい、そういえばおなか減ったねえ。さつきちゃん」
「いいよ、何か食べて帰る?」
「うん、そうしよう、そうしよう。と言いました」
食事が終わり、それぞれドリンクを飲んだ後、そろそろ出ようか。横に置いていたかばんを持ったとき、何気なくカメラを見たさつきは動きが止まった。
「なんか赤いランプが。ま、まさか。ショーコ、あんた」
「ふふふ、さつきちゃん。気がついたようだね。そうだよ、撮っていたのだよ。わたしは知っていたから会話には気をつかっていたからね。今日のかざらない、さつきちゃんの姿、是非みんなに観てもらいたいね。そしてこういう自然体の中に霊は忍び込む。これは映ったね、芯を捉えた感覚がある。いやあ、わりとスムーズにできたね、心霊動画」
「汚い!そ、そんなやり方で」
「やり方は問わないよ、わたしは。撮れればそれでいいから、そういう厳しさも時には必要だよ、表現者にはね」
じゃ、さつきちゃんも言ってたし、今日は帰ろうか。ショーコがカメラを片付けた始めると、
「ショーコ。ばかなこと言うんじゃないわよ。こんなんで撮れるわけないでしょ!」
さつきは食器が揺れない程度にテーブルを叩いた。
「いやー、がんがん映ってる気するよ。明日うちで理恵ちゃんと鑑賞会だね」
「ばかなこと言わないで、って言ったそばからばかなこと言わないで!いい、わかった。わたしが今から撮るから。それに霊が映ってたらさっきのはいらないでしょ!」
「な、なんと。でも、うん。もし撮れるのなら。心霊動画は何個あってもいいし」
「よし。じゃあ、あんた紐持ってる。丈夫そうなの」
「・・・紐?」
ショーコはパタパタと自分の服のポケットを鳴らした後、ええと、な、ないかな。と上目使いでさつきを見た。
「じゃあ買ってきて。横にホームセンターあったでしょ」
「うん、まあ、え、それで何を・・・?」
怯えた様子のショーコは持っていたカメラをぶるぶると揺らす。
「いいから買ってきて」
「あのう、わたし叱られるの?そして縛られるの・・・?」
「早く、縛るのはあんたじゃないわ。そしてもう一度言う。紐を、買ってきて」
「くうう。怒ってる時、一回言って次ゆっくりもう一回言うやつだよお。しかし、さつきちゃんが自発的に取り組む意思をみせた。乗らいでか、このー!」
ショーコは勢いよくリュックを背負い店外に飛び出した。