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心霊探偵助手の補佐から(7)

 

 八月十二日 午後十時五分 校門前



 さつきは大雨の中、吹き飛びそうな傘を押さながら学校の校門前に立っていた。


 雨は午後七時頃より降り始め、さつきが予備校を出た午後九時には土砂降りとなっており、元々ショーコの家で合流する予定だったが、さつきは学校で直接待ち合わせることと、さらに長めの紐を持ってくるよう伝えていた。


「や、やあ。さつきちゃん。来ちゃったけどさ、これはやばいよ」

 学校指定ジャージの上に赤いレインコートをショーコが、傘を斜めにしながらさつきの横に立つ。


「たしかにこれは」

 さつきはワンピースの上に薄手のカーディガンを着ていが、学校に着くころには肌に張り付いているだけとなり、ショーコを待っている間に脱いでしまおうかと思ったが、鞄の中が濡れることを考えそのまま着ていることにした。


「今現在は警報未満だけど注意報以上だって。それで今日未明には警報並みになるってネットニュースで」

「なんなのそれ。というかその」

 さつきはショーコが着ていたレインコートを指差した。


「ああ、これ?激安だったんだ、二百五十円だよ!」

「原色の赤のレインコート。着る人を選びそうね・・・」

「着れれば問題ないよー。あ、それで一応今日の守衛さんに十時頃行くって伝えてもらうように、昼守衛さんに言っておいたよ」

「大丈夫だったの?」

「とっさに出た忘れ物がさ。恥ずかしいけど形見の指輪だったよ・・・。しかもそれをネックレスにしているっていう無駄なおまけまで言っちゃって、うう」

「まあいいんじゃない、とりあえずプールに」

「いや、でもこれ水温測るとかのレベルじゃ、あああ!」


 ショーコの傘が風に飛ばされ道路を挟んだ歩道に飛び、それを追おうとしたショーコの肩をさつきが掴んだ。


「ちょっと信号赤だよ!車来てるし」

「でも!うう、もう濡れっぱなしに」

「いいじゃない、レインコートならフードが。あ、ないんだ」

「付けるボタン的なのはあるんだけどフードはないんだ。おそらくその辺も激安査定の一因かと」

「しょうがない」

 ありがてえ、ありがてえと言いながら、ショーコはさつきが差しだした傘に入り、校舎裏口の用務員室に向かった。




「よかったよ!昨日と違う人だった!」

 鍵を回しながらショーコは裏口から出てきた。


「はやくしないと。どんどん雨が、あと風も」

 さつきは傘を差して外で待っていたが、傘が飛ばされないようにすることだけを考え、多少雨に濡れるのは諦めていた。


「守衛さんしばらく宿直室にいるってー」

「わかった。向こうだとやりづらいから、ここで準備していきましょう。あんたの携帯って防水?」

「うん!最近変えたの防水にしたんだ。イカダの夜のことを踏まえてね」

「でも一応これ」

 さつきは鞄から縦長の端末が入るビニールを取り出した。


「え?なにこれ」

「お風呂とかでも使えるように、ってやつ。これにいれても画面反応するから温度計ったらメモしといて」

「おお、気が利くねえ。さつきちゃん」

 さつきとショーコは裏口の屋根がある場所で、温度計を棒に繋ぎ、端末をビニールに入れる等の準備をした。


「おっし、いっちゃおう。ここまで来たらわたしも助手として協力するよ!」

「うん、ありがとう。じゃあ」

 さつきとショーコはプールに向かった。



「ねえ、さつきちゃん。やっぱりこれ無理だって!」

 プールサイドで、さつきとショーコは何度か温度計を投げ入れたが、風で飛ばされ狙った場所には落ちなかった。


「確かに、これは難しいかも」

 さつきは投げ入れた温度計を引っ張り上げる。

「いい位置に入っても流されちゃうよー。これプールの中も荒れまくってるね」


 さつきとショーコは一つの傘に入って、温度計を投げていたため、互いに体半分は外に出ており、ほとんど雨を防ぐことはできていなかった。


「どうする、さつきちゃん?」

「温度を測るのは無理ね」


 さつきが温度計を確認しようと、傘を右手に持ち換えようとした瞬間、風にあおられた傘はさつきの手を離れた。


「まずい!ショーコ行ける?」

「まかせて!」 

 ショーコは風に飛ばされた傘を追いかけたが、プールのフェンスを越えてグランド内に入っていった。


「う、うう。はやすぎるよ」

 ショーコはプールのフェンスに手をかけたまましゃがみ込む。


 ふう、しょうがないか。さつきは全身が濡れていくのを感じ、顔に付いた髪を横に流した。


「ショーコ、紐ある?」

 フェンスの前にいたショーコに、さつきはかがんで声を掛けた。


「ああ、うん。心霊動画のとき使ったやつ持ってきたよ」

 ショーコはリュックを開け紐を取り出す。


 ありがとう。もうさっさと終わらせるから。そう言ってさつきは紐で自分の胴周りを縛り上げた。


「え、さつきちゃん。ま、まさか」

「わたしが直接入って確かめる」

「え、そんな。ばかな!それは色んな意味でやりすぎだよ!」

「早く帰りたいし、あんたはこっち持ってて」

 さつきはショーコに円柱型になっている紐の残りを渡した。



「じゃあ、なんかあったら合図するから引っ張って」

「ねえ、さつきちゃん。ほんとにやるの?」


 さつきは靴を脱いでプールサイドに座り、足をプールに入れていた。ショーコはその後方で自分の腰にも紐を巻き付け、中腰で紐を持っている。


「さっと真ん中、四の五までいって戻ってくるだけだから。途中で他のとこの温度もわかるし」

「しかし夜のプールだよ、何があるかわからないよ!」

「イカダの池よりはましよ。あんたも紐持ってるし」

「まあ確かに、数百年前の落ち武者よりはいいけどさ。さつきちゃん、いい?まだ入らないでね」

「なによ?」

 さつきは振り向いてショーコを見た。


「ごめん、これね。今ふっと思い出したんだけど、夜のプールでの実験ってさ。リング2感がすごいんだよ。やばいよ、全員死ぬやつだよ。後で見に来た守衛さんも巻き込む可能性が」

「そこまでのことじゃないでしょ。これは」

 さつきはゆっくりとプールに入った。

「ぐ、さつきちゃん。もう戻れない、わたしが出来るのは全力で引っ張るのみ」

 ショーコは握った紐に力を込めた。


 さつきはゆっくりとプール内を歩き、手足に触れる水の温度を確かめていたが、四コース周辺に来た時、初めて違和感を感じた。


 冷たい、このあたり。一コースとは全然違う、これは体感できる。やっぱりここって。さらに、プールが深くなっていることにより、水が口元まで来ていることにさつきは気付いた。


 どうしよう、もうちょっと。何かあるかも。あ、でも。違う、そういうことじゃないかも。さつきは少し周辺を歩いた。そして、足で排水溝があることを確認し立ち止まった。


 ここは、排水溝がある場所は単純に中心部で温まりにくく、かつ水深があるから冷たいんだ。日中といいわたしは同じ間違いを、二度も。これじゃあ、さつきは思った。


 わたしには霊がいるかどうか確かめようがない。


「さつきちゃん!そろそろあぶないんじゃないの!?」

 ショーコの声が聞こえたので、さつきは、お願い、と言ってショーコがいる側に向って、プールの底を蹴った。


 ショーコは紐を力の限り引き続け、勢いがついたさつきはプールの側面に背中を強打した。


「ごあっ」

 さつきは背中を抑え体を曲げた。


「ご、ごめん。さつきちゃん。ちょっと加減が出来なくて」

「いや、い。いい。しょうがない」

 プールから出たさつきは、プールサイドで四つん這いになり、何度かゆっくり息を吸う。


「で、どうだった?中の様子は」

「はあ、いや。とりあえずもう出よう。外で話すから」

 さつきはなんとか靴を履き、立ち上がった。



「なるほどお、普通に中心部は水冷たい、か。言われてみればそうだよねえ。わたしも忘れ物のことで頭がいっぱいで、そこまで考えられなかったよ」

「いや、気が付かなかったわたしが悪いよ。こんなことなのに」

「わたしたちに霊感があったらなあ。プールに入ったら大体わかりそうなのに」

「そうね。実際入っても、それらしい感じはわからなかった」

 ショーコが鍵を返した後、さつきとショーコはずぶ濡れになりながら校門前まで来ていた。


「でも、さつきちゃんは最大限できることをしたよ、探偵として。これは胸を張っていいと思う!」

「いや、でもこういうのって結果でしょ。そういった意味では。あ」

 さつきは目の前の道を通るタクシーに気付いた。


「タクシー来た、ショーコいいよね?」

「うん。ありがてえ、ありがてえ」


 大きく手を挙げたさつき、しかしその横をタクシーは通り過ぎて行った。


「なによ、あのタクシー!通り過ぎるとき目が合ってるのに!」

「この雨の中それがわかるとは。目がいいんだねえ、さつきちゃん。でもさ」

 ショーコは自分の体を見た後、さつきに目を移す。


「雨の中、ずぶ濡れのワンピースの女と、赤いレインコートの女。絶対乗せちゃだめなのが二人もいたらさ、これはしょうがないよ・・・」

「乗せてみないとわからないじゃない!」

 さつきは前方に走り過ぎたタクシーを見て言った。


「いや、向こうもリスクを考えたんだと思うよ。ここはもう歩いて帰るしか」

「はあ、ごめん。家まで遠いからとりあえずあんたのとこに」

「うん、夜の嵐だもん。わたしもさつきちゃんがいたほうが心強いよ」

 さつきとショーコはうつむきながら学校を後にした。


「あのさ、さつきちゃん」

 大雨で視界が悪く、通り過ぎる車に注意しながら、さつきとショーコは田んぼに挟まれた田舎道を歩いた。

「・・・なに」

 さつきは濡れた髪をかきわけ、ショーコを見た。


「夏の思い出的にさ、雨に濡れて、うわーみたいな楽しさ。ないね・・・」

「濡れたくて濡れてるのと、濡れさせられてるんじゃ違うでしょ。わたし全然傘欲しいし、濡れたくないし」

「なんかいいね、さつきちゃんが濡れる濡れないっていうって」

「はあ?どういう意味よ」

「いや、ごめん。深い意味は・・・」

 ショーコは口をつぐみ、早足でさつきの前を歩いた。




「いいかげんドライヤー買いなさいよ」

 シャワーに入り、バスタオルで髪を拭きながら出てきたさつきは言った。


 ショーコの部屋に着いた時、さつきは、あんたの家なんだから先にシャワー入ってなさい。と言い、ショーコは、その心意気受け取ったよ。全力でそっこう終わらせる、と言い残しドアの前で待っているさつきに親指を立てた。


「いらないよー、わたし大体髪これぐらいだし。生まれてから髪が肩についたことないんだー。それにここにいればすぐ乾くよ」

 ショーコはエアコンの下に座りテレビを観ていた。


「まあ長くはないけど、理恵みたいに短くもないじゃない。あんたみたいなボブぐらいでも使うよ、普通」

「よくわからないんだよ、みんなそんなに乾かして何がしたいんだろうねえ」

「いや、だって。あ、それ。この前の続きじゃない」

「うん、さつきちゃん。もういいのかなーって。手首飛ぶやつ」

「そうね、今日は」

 さつきは口に手を当てて考えた。


「タクシードライバーのさ、大事な愛車が吹っ飛ぶとかそういうやつないの?」

「も、もろにさっきの乗車拒否が影響してるね」

「いいじゃない別に」

 あるのかなあ。ショーコは端末で検索を始めた。


「あ、それとどうする?四コースの件」

「うーん。よくわからないけど、わたちたちに言えることは、安全に行くならしばらく使うなってことぐらいだよねえ」

「あんたさ、暇なんでしょ。明日学校行って水泳部の部室に張り紙でも」

 さつきは冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し飲んだ。


「え、それって。四コースを使うな!みたいなやつ?」

「まあそういうのになるのかな」

「さつきちゃん、それはさすがに嫌がらせ感がすごいよ、もし人に見つかったらわたし怒られる気が・・・」

「その辺は上手くさ。しばらく四コースは使わない方がいいです。とか柔らかい文章にすれば?」

「うーん、どっちにしても怒られると思われ・・・」

「もしものためよ」

「ほら、その。わたしのリスクと向こうのリスクがね。釣り合わない気がね」

「そう言われれば。まあ伝え方は観ながら考えましょう」

 さつきは座椅子に座った。


「おお、ありがてえ。今回はわたしに説得の時間が!」

 ショーコは端末を置いてさつきに手を合わせる。


「タクシー運転手やつないなら、とりあえず今のでいいよ」

「ごめん、さつきちゃん。タクシーの映画ってさ、いわゆるタクシーのやつと、ハゲが活躍するやつしか見当たらなくて」

 ショーコはさつきの横に座り、リモコンを操作して映画を再生した。




 心霊探偵助手の補佐から   終わり

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