心霊探偵助手の補佐から(5)
八月十三日 午前十一時四十二分 プールサイド
「やっばいよ、さつきちゃん。がんがん計れる!」
ショーコは温度計をプールに投げ入れた。
「確かに効率は上がったね。このやり方だと。だけど今日気温上がりすぎじゃない?」
さつきは百円ショップで買ったタオルを首に巻いており、ふう、暑い。と一旦帽子をとって別のタオルで汗を拭う。そして数字を紙に記入した後、ペットボトルの水を飲むため顔を上げると遠くに厚い雲が目に入った。
でもなんか夏っぽいな。さつきは再び帽子をかぶり作業に戻った。
「いやあ、これだけ進むと暑さも忘れるよ。さつきちゃんはどこまでいった?」
ショーコは温度計を引き上げ、着ていたジャージで拭いた後、数字を確認した。
できるだけかさならないようにと、さつきは飛び込み台側から、図では一の五から七の五まで、ショーコはその逆側から対面になって、一の六から七の十の枠に温度計を投げ入れており、二人はどんどん中心部に近づいていた。
「んと、いまは六コースの四あたり」
さつきはバインダーに挟んだ図を確認する。
「おお!わたしは今ねえ、三コースの六だよ。ほんと中心だけだね!」
「まだよ、後でちゃんと二人のを合わせてみないと」
「そんなのすぐすぐー。さつきちゃん、用事あるんでしょ。ご飯食べに行かない?その後にわたし残りやっとくからさー」
「そう?じゃあ」
さつきはプール脇の時計を見た。
「いいってことよー、夜確認しよう。んでわたし行きたいところあるんだー。新規開拓で」
ショーコは糸を棒に巻き付けた。
「へえ、この辺にあったっけ。ラーメン屋とロッテリア以外って」
「ふっふ、インドカレーだよ、さつきちゃん。聞くところによるとインド人の人が作ってるらしいよ。インド人の人が作るインドカレー。これはもう、ひゃくぱーインドだよ!」
「カレー、ね。まあいいけど」
さつきは温度計等をまとめ、かぶっていた帽子と一緒にショーコのリュックに入れた。
「あ、そこに用務員さんいるからさ、一旦鍵返してくるよ」
ショーコはグランドを指差して言った。
「わかった。わたし先出て待ってるから」
「おうらいー」
プールの鍵を閉めたショーコはグランドで作業をしている用務員に声を掛けており、さつきは少し離れた場所で端末を触っていた。
「すいません、探したんですけど、忘れ物。これがなかなかくせ者で。午後一でまた来るんで」
用務員の声は聞き取りづらく、さつきにはショーコの声だけが耳に入る。
「ああ、そうなんですよ。プールの中も可能性として探してて。やっぱりプールかもって、友達も言ってて。はい、じゃあまた来ます」
「ねえ、今の大丈夫?」
「いやあ、ぎり乗り切ったよ。もう終わりだし、なんとかなると思う。おし、ではインドカレーを!」
「っていうかそこ美味しいの?」
「盛れるだけインド盛ってるからねえ。美味しくないわけがないよ」
さつきとショーコは駐輪場に向かった。
遠目から金色の像が描かれている看板を見つけたさつきとショーコは、絶対にここだという確信のもと駐輪場に自転車を停めて店に入ると、接客の女性がテーブル席に二人を案内した。
店内はインド綿と思われるラグが、配置している家具に合わせて敷かれており、また大小の像の置物が多数置かれている。中の照明は落とされて薄暗い雰囲気の中、アジア系の音楽が小さく流れていた。
「インド感がすごいのはうれしいんだけど、ちょっと学校ジャージではなかった感が」
ショーコはきょろきょろと周りを見ながら水を飲んだ。
「別にいいんじゃない。気にしなくても」
さつきはメニューを見ながら、決まった?とショーコに渡した。
「うん、チキンのカレーにしようかと。あ、ごめん。わたし雰囲気にのまれてて普通の注文なんだけど・・・」
「別にそこは食べたいのでいいでしょ」
店員はインド人男性と思われる調理人、インド人女性と思われる接客の二名で、カウンター四席、四人掛けのテーブル席が三つある店内では、スーツを着た男性客が二名がカウンター席でカレーを食べていた。
「わたしもチキンのにしようかな。ショーコ辛さはどうするの?」
「あ、それなら提案がだね。十段階でしょ、わたしゼロにするからさ。さつきちゃん十のにしない?それぞれ味わってさ、最悪二人のを混ぜれば五になって普通のも食べれるし!」
「そういうもんなの?まあいいよ、わたし辛いの好きだし」
「おし、じゃあ注文するよー」
ショーコは店員を呼び注文を伝え、その際、店員に主食はどうするかと聞かれ、さつきはライスをショーコはナンを選び、十数分後、さつきとショーコの前に明らかに色の違うカレーが二皿と、大量のナン、通常の量のライスが並んだ。
「ひゅうー、さつきちゃんのあっかいねえ。こりゃあ期待できそうだよ」
「それもあるけど、あんたのナン多すぎない?」
ナンはライスのものより一回り大きな皿を使っており、それからはみ出るぐらいの大きさのナンが二枚乗っている。
「ふっふ、でもこれライスと同じ価格なんだよね。やめてよー、さつきちゃん。地元有利の判定だ、とかっていうの。世界はそういう風にできているんだから」
「別にいいんだけど、わたしはこれぐらいで」
「よし、ではカレーをだね」
ショーコはカレーを一口食べ、え?と言って固まった。
「どうなの、あんたのは」
「いや、その。え?まじで」
再びショーコはカレーを口に運ぶ。
「あ、こっち結構からい。でもおいしいかも」
「そうなの?そのぎゃあ!ってくらい辛くないの?」
「うんまあ、辛いのだめな人ならそうかもしれないけど。でもそこまでじゃないと思う」
「あの、わたしの、さ」
ショーコはナンをちぎった。
「辛くないよ、ゼロだから。でもさ、味もゼロなんだよ・・・」
「は?なにそれ」
「さつきちゃん、ちょっと食べてみて」
そんなことってあるの?そう言いながらさつきはショーコのカレーを食べた。
・・・え?これ?さつきはスプーンを置いて水を飲んだ。
「ね、これはもう色のついたお湯。さつきちゃん、そのう」
ショーコは余っていたスプーンを手に持った。
「そっちのカレーを少し分けてくれないかい。これじゃあわたしは、うう」
「いや、いいけど」
「ありがてえ、ありがてえ」
ショーコはさつきのカレーをスプーンで何回かすくい、自分のカレーに入れる。
「あ、全然ちがう!さつきちゃんのカレー入れたゾーンは!」
「へえ、よかったね」
さつきはライスを一口食べたあと、カレーを口に入れた。
「試しにさ、わたしのカレーを」
ショーコは自分のカレーをすくって、さつきの皿に入れた。
「は?ちょっとなにするのよ」
「いいからさ、食べてみてよ」
「そんなに変わるの?」
「大丈夫、わたしが保証するよ!」
さつきはショーコがカレーを入れたゾーンを何口か食べた。
「ねえ、どうだい?さつきちゃん」
「そうね、単純にお湯を混ぜた感じ?」
「そうなるよねえ、わたしやっちまったわたしよお。この大量のナンをどうやって食べれば」
「それはまあ、あんたが好きなように」
ショーコがスプーンを持ってさつきのカレーを見ていたので、さつきは皿を自分の席に引き寄せた。
「あのさつきちゃん。お恵みを。今じゃなくていいんだよ、もし食べ残したらそれを貰えれば・・・」
「あんたどんだけ切羽詰まってるのよ。って」
ふと、さつきの頭の中に昨日から行ってきた行動が思い浮かぶ。
温度を測る、暑い、カレー混ぜる、カレー辛い、カレー薄い、味が変わる、お湯を入れる。温度が変わる。
「ショーコ食べながらでいいんだけど」
「どうしたんだい?さつきちゃん」
ショーコはナンをちぎり口に入れた。
「わたしたち間違ってた、今日の行動全部。なんでこんな単純なことに気が付かなかったんだろう」
「ほうほう、なんだいそれは」
「うん、いやだってさ」
さつきはスプーンを置いて水を飲んだ。