心霊探偵助手の補佐から(1)
八月十二日 午後九時二十分 ショーコ宅
「入るよ」
さつきは鍵が掛かっていない玄関のドアを開けながら言った。
「おお、おかえりー」
制服姿のショーコはマットレスの上で横になったまま手を振り、よいしょっと、と言いながらリモコンを操作した。
「今日はどうする、さつきちゃん。昨日サイコ系だったからゾンビとかいっとく?」
さつきは、疲れた。と言いながら鞄を置き、
「ジャンルは別になんでもいいけど。手首とかが、ちぎれて飛ぶやつ、そういうシーンがあるやつがいいかな」
「さ、最近さつきちゃんの好みが変わってる気が。わたしはさつきちゃんの色相が濁ってないか心配だよ・・・」
ショーコは配信サイトを検索して、画面を切り替えた。
「これなんてどう?男女数人が僻地で迷うやつ。んで現地のやばいやつに、やばいことされるっていう」
「ふーん、まあいいよ。とりあえずそれで」
さつきは鞄からお菓子を取り出し、食べ始めた。
夏休みに入った頃から塾の時間が夜だった場合、ショーコの家に寄ってお菓子を食べながらホラー映画を観るというのがさつきの習慣となっており、大抵は一本観てそのまま帰るが、シリーズ物で続きが気になった場合、そのまま朝まで観ることもあった。
「あ、さつきちゃん。ちょっとこれ見てもらっていい?」
「なに」
さつきは画面から目を離さず答える。
んと、この画像というか。ショーコがさつきに端末を渡し、なにこれ、誰の?とさつきが見た事のないアカウントの画面を見ながらスクロールしていると『ここはあぶない』という文字とプールの画像が目に入った。
え?さつきがもう一度画像を確認すると、昼間のプールだということはわかったが、水面をアップで映しており全体像は把握できなかった。
「んと、それは拾ってきたやつなんだよ。もう元は消されてて、誰のかわからないんだー。でも日付が今年の七月のやつだから最近のなんだよねえ」
あ、一旦止めとく?ショーコはリモコンを持って言った。
「いや、いい。この人もうすこし《《もつ》》でしょ」
モニターの画面では、男が車から飛び出して森の中を走っていた。
「ふ、冷静な判断だね。そしたらその画像をアップにだね。画像の左下あたり」
「なにがあるのよ」
さつきは端末を操作しながらショーコの言う場所を確認する。
「わかる?水面で反射してさ、時計が」
「ああ、見えるけど。これが、あ、ごめん。やっぱり一回止めて」
「ほいさあ」
逃げていた男が振り返ったところで、ショーコは映像を止めた。
「この映ってる時計がなんなの?」
「うーん、分かりづらいかなあ。やっぱり」
ちょっと待ってね。ショーコはパソコンのモニターに同じ画像を表示し、これを、こうで。これなら?ショーコは処理した画像の時計を差す。
「わざわざそんなことを」
さつきは立ち上がってパソコンのモニターを見た。
「いやー、古い心霊写真を探してると、うまく見えないことが多くてさ。ちょっとした加工できるやつを入れたんだ」
「ふーん、で?」
「この時計さ、うちの高校のじゃない?」
あ・・・!え、でも。さつきは食い入るように画面を見た。
「そうかも、この角度だったら。渡り廊下から見えるとこのね。じゃあ、え。これって」
「誰もがさ、一度はあこがれると思うんだ。心霊探偵に」
ショーコはマウスを持ってモニターを見ながら言った。
「そういう人はある程度いるかもしれないけど、誰もがってわけじゃないでしょ」
「日本は探偵文化がないからねえ。諸外国では、心霊探偵は高い社会的地位もあると聞いたことがあるよ」
「なに?要はあんたがこれを調べるわけ?」
「ちょっとやってみたいなーって。心霊探偵っていうか、心霊探偵助手の気持ち?ほら、調べるとこまでをね。解決はできないと思うんだけど」
「別にこれだけ見ると依頼してるって感じでもないし」
「いや、でもわざわざ画像付きで上げて、あぶないって言ってるからさ。何かあるよ、きっとここには。そして、こういう小さな事件を助手の立場で経験するのもだね」
「はいはい。結局、見つけた画像が自分の近くのものかもしれないって盛り上がってるんでしょ」
「ふ、それは否定しないよ。さて、さつきちゃんにも」
ショーコは画像をさつきの端末に送った。
「は?なんでこんなのわたしに」
「いつもの流れだよ、今から現場行っちゃおう。さつきちゃんには、心霊探偵助手の補佐として参加を」
「だからあんた制服着てたのね!今日の夜は学校に行くつもりで。おかしいと思ったのよ、面倒だから言わなかったけど」
「なんだかんだ時間外に行くときは学校関係者とわかったほうがスムーズだからね。あ、でもさつきちゃんも制服だ。今日学校行ってたの?」
「今日の午後、ある程度の偏差値の人を集めた説明会みたいなのがあって。まあ、あんたはそういうのがあることすら、知る機会もないけど」
「な、なんていうこと。こうやって知らないところで色々と決まっていくんだね・・・」
「でも今から行ったらもう十時超えるし。あ、だれでも自転車借りてもいいなら。明日の夜まで」
「あー、それは問題ないよ。最近はあれ、だれでもっていうか、さつきの自転車だし」
「で、なんか考えてるの?」
「ふふ、布石はすでに打ってあるよ。今日のこの日のために、ね」
ショーコは改めてプールの画像を見た。