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わたしたちはイノシシの霊を(7)

 

 八月十日 午前三時十分 公民館内



「今のところ、イノシシもイノシシの霊も確認できてないんだねえ」

 ショーコは窓から銃を降ろして床に置き、傍に置いてあったコーラを飲んだ。


「まあ霊はそれ以前の問題だと思うけどな・・・。あと疲れたから、とりあえず休むわー」

 理恵はステージに登り畳の上で横になった。


「これからどうする?さつきちゃん」


 そうね、さつきは電気を消している室内を見渡した。


「普通のイノシシもまだ近くにいるかもしれないし」

「うんうん、わたし理恵ちゃんのいた非常口の下見てるよ。やっぱり山側も見とかないとさ」

「あんた、下降りていいの?」

「よく考えたらさ」

 ショーコはソフトケースの中からハンドガンタイプのエアガンを取り出し、弾を込めた後、スライドを引いた。


「イノシシの霊が来るとしたら、室内にいてもあんま変わんないかなって」


「まあ言われてみれば。でもイノシシの霊はいいとして、それでプラスチックの弾を撃ってイノシシに意味あるの?」

「うーん、まあそのおそらく遭遇したら、銃自体をイノシシに投げることになるとは思うんだけど・・・」

「じゃあ、これ使えば?」

 さつきは持っていた鉄パイプをショーコの前に差し出した。


「大丈夫、やっぱ戦場では一番慣れた武器を持ちたくてさ。ほら、フルオートじゃなくてリボルバーを、みたいな」

「なんかよくわからないけど、あんたがいいなら」

「おっし、じゃあ降りよう。三十分に一回連絡ね、最初わたしがするから、次さつきちゃん。交互にでいい?」

「わかった、じゃあ三十分後」


 さつきとショーコは非常階段から出て、それぞれの場所に向かった。



『定時連絡だよ、どーぞ』


 先程と同様に正面入り口の階段に座っていたさつきは、点滅した端末を見た後、辺りが明るくなってきているのに気付いた。時間を確認すると午前五時二分と表示されており、『一回そっちいく』とショーコに返信した後、さつきは立ち上がった。


「おお、さつきちゃん。もう明るくなってきたねえ」

「そうね、あ」

 音がしてさつきが上を見上げると、非常階段から理恵が降りて来ていた。


「ういーす、いたか?」

 理恵はペットボトルと端末を持ってショーコが座っているベンチに座った。


「いないねえ、でも明るくなってきたからね。もうこれからはイノシシの霊は出ないからイノシシ一本で行けるよ」

「少しは楽できそうね」

「霊のほうは朝になったら大丈夫なんだな、お前ら的には」


 立っていたさつきもベンチに座り、さつき、ショーコ、理恵の順で並んだ三人はしばらく目の前の山を見ていた。


「昨日から、がっつりいたからさ」

 理恵はペットボトルのジュースを飲んだ。


「お前らがいつもどんな感じか、大体わかったよ。なんか、うん」

「それはよかったよかった。でも理恵ちゃんいると違うよねー。こう、締まるっていうかさ。二人だと、どんどん前に行っちゃうことがあるから。ちょっと冷静になるっていうか」

「ああ、それはわかるかも」

 さつきはうんうんと頷く。


「いや、お前らはわたしが言っても言わなくても変わんねえだろ!」

「違うよお、ねえ。さつきちゃん」

「うん、やっぱり二人とは違う。昨日、今日で思った」

「なんだよ、それ。あ、そういえば思い出した。あの時の三草山の話!ショーコがイカダから落ちたときのやつ。忘れてた、今度詳しく状況を聞くって言ってたよな!」

「ええ、もういいじゃない。けっこう前だし」

「そうだよお、理恵ちゃん。あの時の感じはもう出ないよ」

 その後、理恵がさつきとショーコを問い詰めていくうちに時間が過ぎて行った。


「お、もう六時五十分だ!やばい、帰りの準備しないと!」

 ショーコは立ち上がり非常階段から二階へ行った。


「じゃあわたしは鍋を片付けてくる」

 さつきもショーコに続き階段を登る。


 まだ登山の話の途中だけど、どういう流れで池に飛び込むんだよ・・・。


 取り残された理恵は正面の山をしばらく見た後、一階正面玄関側に周りペットボトルをゴミ箱に捨てた。そして公民館と近くの畑にイノシシがいないかを確認し、非常階段側に戻って二階に上がった。



「おし、準備はいいかね?」

 二階の部屋を片付けた後、ソフトケースを背負ったショーコはさつきと理恵を見た。

「ういー、いいぞ」

「鍋は洗って下の玄関のとこに置いといたから」

「おし、では連絡を、って、おお、来た!」

 ショーコは直立不動になって端末を操作した。


「はい、バイトリーダーです。はい、え!あ、そうなんですか!はい、今行きます!」

 電話で話しながらショーコは階段を降りて行った。


「なに、あれ?」

「来てんじゃねーか?もう下に」

 さつきと理恵は非常階段から靴を持って来て一階に降りた。


「はい、いやー。なかなか大変でした。二人をまとめあげるのは。え、そうですねえ。やはり特に休憩が難しくて。士気を下げずに休ませるって大変なんですねえ」


 二人が玄関に行くと、ショーコの姿はなく、玄関脇にある部屋から声が聞こえてくる。


「あいつ、そういうことを言うか!」

「理恵、後できちっと言っときましょう。あのばかには」


 さつきと理恵はしばらく部屋の前にいたが、先に行っとこう、という理恵の提案により、二人は靴を履き外に出た。


「もう暑いなー。今何時?」

 両手を上げて、体を伸ばしながら理恵はさつきを見た。


「さっき見たとき、七時五分だった」

「すげえな、あの仲介人。時間ぴったりじゃねーか」

「そうね。でもほんと暑い。早くシャワー入りたい」

 玄関前の階段に座っているさつきはシャツのボタンを一つ開ける。


「いいのか?直接座って。服汚れるんじゃ」

「さっきから座ってる。途中からもういいかなって」

「あ、なんかタクシー来たぞ」

「ほんとだ、あの人のかな」

 タクシーが一台正面玄関前に停まり、さつきと理恵が話していると仲介人が出てきた。


 ありがとうございます、頑張ってくれたようで。また機会があったらお願いします。仲介人はさつきと理恵を見てそう言い、歩いて公民館から離れて行った。


「お待たせ―、あのタクシー猟友会のメンバーらしくて、駅まで送っていってくれるってー」

 ショーコが慌てて靴を履きながら玄関から出てきた。


「お、まじか!それは嬉しい!」

「よかった、どうしよかと思ってたから」


 さつきは立ち上がった後、服を払ってタクシーを見て、もう乗っていいの?とショーコに訊く。


「うんうん、そして詳しいことはタクシーを降りた後に話すよ」


 三人はタクシーの後部座席に並んで座り、途中運転手と猟友会について話しながら駅に向かった。



「いやー、いろいろあってさー」


 礼を言ってタクシーを降りた後、三人は駅構内に入りショーコは一番前のベンチ、さつきはその一つ後ろのベンチに座った


 駅の中は売店の店員と、一つだけある改札の横に設置してある切符売り場、その中にいる駅職員以外人は見当たらなかった。


「ほー、なんの話してたんだ?」

 理恵は自動販売機でジュースを買い、ショーコの横に座った。


「まず、あの大佐風の人。家が公民館の横なんだって、畑の逆側っていうか。それでちょこちょこ見てたらしいよ。わたしたちを」

「え!そうなの!」

 一つ後ろのベンチに座っていたさつきは身を乗り出した。


「これまで結構適当な人が多かったらしくて。でもわたしたちはさー、ちゃんと明かり消したりして監視したり、外出たりしてたから。すごく褒められたよ、大佐に。ぜひ次もお願いしたい、とまで。ふふふ、わたしたちを供物にするつもりはなかったとわたしは判断したよ。イノシシの鍋もたんなる気遣いだね!」

「まあ、あんたが判断したんなら、それでいいんじゃない。結果何もなかったわけだし」

 さつきは小声で、本当にそうならいいけど。続けた。


「よかったな、ちゃんとしてると思ってもらえて。おまえら霊探してたけど・・・」

「仕事は結果だよ、理恵ちゃん。あ、それで」

 ショーコは封筒を三つソフトケースから取り出した。


「ちゃんと三等分してくれててさー、ありがたい話だよ」


 はい、理恵ちゃん。はい、さつきちゃん。ショーコは二人に封筒を渡した。


「え、これ。一人一万円じゃないの?}

 さつきは封筒の中身を何度も確認して言った。


「さつきちゃーん。みんなで一万だよ。さすがに昨日ので三万は」

「え、そうなの!?理恵もわかってたの?」

「まあそうだろ。半分遊びみたいなもんだしな」

 理恵は中身を確認せず鞄に封筒を入れた。


「でも、それじゃあ。一人当たりの時給にすると。え、三百円弱じゃない!」

「ふーん、そんなもんになるのか」

 理恵は端末を起動させ画面に集中する。


「ちょっとショーコ。今からしかるべきところに連絡するから。大佐の連絡先教えて」

「さ、さつきちゃん。今回のは非公式のだね、そのおじさんのお手伝い要素が強いやつだから。あ、ほらわたしたちもアルバイトするときは学校に届け出ないといけないし」

「言われてみれば。うーん、でもそうなると」

「あ、そうか。鉄パイプ買ってたもんね。あれいくら?」

「三千円、ぐらい」

「よかったな、さつき。三百円、プラス」

 理恵はさつきを見て、笑いながら言った。


「たっか!うそでしょ、さつきちゃん。鉄の棒が三千円もするの!?」

「だってあれしかなかったから!」

「なあ、暑っついんだけどさ。外の立ち食いのとこいかね?あと四十分ぐらいあるし」

「おお、いいねえ。理恵ちゃん。さつきちゃんも行こうよ」

 ショーコは封筒を握りしめてうなだれているさつきに言った。


「う、うん。まあいいけど」

「ほら、さつきが食えるのはあそこぐらいだろ?三百円、じゃ」

 理恵は含み笑いで外を指差した。


「理恵ちゃん大丈夫だよ、有効活用だし。ねえ、さつきちゃん。バイト代は有効活用するよね。これから、全額を、立ち食いそば屋、で」

 ショーコは笑いをこらえながらうつむく。


「ちょっと、あんたち。さっきからばかにして!ほら、行くならはやく!」

 さつきは早足で歩きだした。

「ほいほいー、ショーコ早くいくぞー」

「ちょ、ちょっと待って。背中のベルトのパチって入れるやつが」

「なんだよ、それ。しょうがねえなあ」

 理恵はショーコの後ろに立ってソフトケースのベルトを確認した。


 あれ、来ないな。立ち食いそばの店の前まで来たさつきは後ろを振り返る。


 駅構内にいる二人を見て、さつきは一度店の中に入りかけたが、再び早歩きで駅に戻った。




 わたしたちはイノシシの霊を   終わり

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