わたしたちはイノシシの霊を(6)
八月十日 午前一時三十五分 公民館内
三人は部屋の電気を消したまま、それぞれの場所で外を眺めていた。
「声しないねえ、さつきちゃん」
「・・・」
「あれ、さつきちゃん?返事がないよ」
ショーコは横に座っているさつきを見た。
「あ、ごめん。ちょっと」
「さっきから何か気になってるのかい?」
「うん、今日のことを思い出してたんだ。最初あんたがサイトに登録して、向こうから連絡来たんでしょ?」
「うん、そうだよー」
「お、なんだ。今日のまとめか?」
非常階段にいた理恵は扉を閉めて、さつきとショーコの間に座った。
「それで頼んだ人がイノシシの鍋を用意して、イノシシが来る場所で食べることになった。そしてイノシシが来たと思われる状況になっても猟友会は来ない」
よく考えたら、ここってさ。さつきは窓の外を見た。
「イノシシが撃たれてる場所だよね?」
「さ、さつきちゃん。ま、まさか。そんなことって。じゃあ、わたしたちは」
ショーコは座ったまま頭を抱えて震え出した。
「どうしたんだよ?外になんかあんのか」
理恵は立ち上がって窓の外を見た。
「いや、考え過ぎだといいんだけど。わたしたちを呼んだ目的って、監視じゃなくて・・・」
「ひいい!」
ショーコはより深く頭を抱え込む。
「なんだよ、お前ら。なんか怯えてるけど。バイトに意味あんのか?」
「り、理恵ちゃん。落ち着いて聞いて欲しい。わたしたちね、もしかして供物として、その辺にいる浮遊霊のイノシシのために呼ばれたのかも。要はエサ的な扱いで・・・」
「まあ、とにかく可能性の一つとして、あ」
先程と同じ動物の声が建物の外から響いた。
「さ、さつきちゃん!また!」
「ショーコ、立ちなさい。とりあえずどちらにせよ、確認しないと」
さつきは座り込んでいるショーコの腕を引っ張りながら、理恵を見た。
「ねえ、ちょっと分担しない?最近わたしたちのほうがこっち系慣れてるから、理恵はイノシシを」
「え、さつき。イノシシってそれ三人でやるんじゃないの?」
そして。さつきは続けた。
「わたしたちはイノシシの霊を」
「は、はあ?いやなんで霊が出てくんだよ」
「とりあえず、わたしと理恵は一旦外に出るから」
「す、すまねえ。バイトリーダーがびびっちまって。わたしも戦うよ!」
ショーコは震えながら銃を支えに立ち上がる。
「でも、あんた一番イノシシ鍋食べてたよね。狙われやすいんじゃ?」
はっ。ショーコは銃につかまった状態で硬直する。
「そう言われれば、や、やばいかも。てかやばいよね、うう。でも、ここで逃げたら、後でずっと言われることに。酒場で『それでよお、あんときのショーコときたらこうだ。いやー、たすけてーってな、ははっはは』っていう会話がことあるごとにずっと続くんじゃ・・・」
「言わないし、あんたはスコープで二階から見てて」
「あ、それなら大丈夫かも。まかせてよ!」
ショーコは銃を抱えて窓際に走っていった。
それを見たさつきは、ショーコのソフトケースに入っていた鉄パイプを取り出し一階の階段に続くドアに向かう。
「あのよお、さつき。よくわかんねーけどイノシシの監視と、イノシシの霊の監視って何が違うんだ?結局周り見てるだけだろ・・・。んでその鉄パイプはむしろイノシシ用じゃ」
「どっちが来るかわかんないし、一応ね」
「でもまあ、イノシシっぽい声がしたことは確かだし。とりあえず外行ってみっか」
「うん、お願い」
さつきと理恵は一階正面玄関から外に出た。
二人で話し合った結果、理恵は奥側の非常階段周辺、さつきは正面玄関を担当することになった。
理恵がいる場所は山に面しているため、イノシシと遭遇する可能性が高いと考えたさつきは鉄パイプを渡そうとしたが、変にあったほうがあぶない、という理恵の返答により、鉄パイプはさつきがそのまま持っていることとなった。
ふう。とりあえず大丈夫みたい。さつきは公民館の周りを一周した後、玄関前の階段に座った。
今のさつきから見て右側、二階の窓から見ていた方角には畑が広がり、左側にはぽつぽつと何軒か明かりが消えた家が見える。しばらくすると、両手で持っていた鉄パイプに体重を預け、さつきは目を閉じていた。
え、あ。端末の揺れによって目を覚ましたさつきは、ショーコからの電話だとわかり出た。
「さつきちゃん、どうだい調子は」
「あ、ああ、うん。まだ見てない」
「理恵ちゃんさ、休憩とってないよね。もう三時過ぎてるよ」
「あ!忘れてた。ちょっと呼んでくる」
さつきは裏手の非常階段に向かった。
理恵、大丈夫?さつきは非常階段の横にあったベンチに座っている理恵に声を掛けた。
「お、おお。大丈夫だよ」
理恵は操作していた端末を静かに横に置いた。
「一旦休憩すれば?」
「ああ、そういえば。じゃあ、そうすっかなー」
うーん、といいながら理恵はその場で肩を回す。
ねえ、理恵の方声聞こえた?いや、ぜんぜん。さつきと理恵ははそのまま非常階段から二階に上がった。