霊を撮るには、前からそして後ろから(4)
五月十八日 午後五時十七分 紳士服店前
「来たぜ来たぜ、紳士服店。礼服が山ほど売ってるぜえ」
「ふーん、ここか。他にないんだっけ」
「あとちょっと行けばビイオがあるけど。あと個人経営的で熟女が買うような店しかないねえ。大体にしてさつきちゃん。近くに住んでいるのになんでわかんないんだい?」
「わたし、買い物行く店大体決まってるから、この辺のことはよくわからない。服も売ってるんだ。ビイオって」
「ちょっと、全知全能の神。地元民の誇りビイオだよ。あるよ、服も!それ以外も何もかもが!」
「へえ、そうなんだ。とりあえず入ろうよ」
「ま、待って。ビイオを。もっとビイオのことを知って欲しいんだよ!」
「いや、今度でいい」
さつきはショーコを置いて店内に入る。
「ちょっと、待ってよお。さつきちゃああん!」
店内に入ったさつきは周りを見渡していたが、ショーコは、ちょっとすいませーん、と言いながら真っ直ぐにレジに向かい、礼服を探してるんですよー。と店員に話しかけた。
「ああ、はい。それでご購入されるのは?」
「それはですねえ」
うーんと、あ。あそこに。あ、さつきちゃーん。こっちに。ショーコがさつきを見つけると、目が合ったさつきは早足でレジに来て、着るのはこっちです。とショーコのリュックを肩から抜いた。
「ほら、ちょっと合わせてもらって」
「え、ええ?」
ショーコは戸惑っていたが、さつきがよろしくお願いします。と頭を下げたので店員はわかりました、それでは失礼します。とポケットに入れていたメジャーを取り出してショーコの体を図った後、店内に陳列されている中から数着の礼服を手に取り、サイズ的にはこのあたりが。とさつきとショーコの前に丁寧に置いた。
「ありがとうございます。ちょっと着てみますので」
さつきが服を持ってそう言うと、はい、何かあればお呼びください。と店員は離れた。
「ね、ねえ。女優の衣装としてさ、さつきちゃんが着るんじゃないの?」
リュックを抱えたショーコは、服を広げて確認しているさつきを遠慮がちに見る。
「は?出ないし。そもそも霊を撮るんでしょ。カメラ持ってるあんたが着たほうが映るんじゃないの?」
「い、いや。え、う、うん。なるほど。まあ一理は、ええと。ある、の?」
「いいから着てみなさいよ」
さつきはショーコを試着室に押しやり数着の礼服を渡した。
数分後、うう、こんなことになるなんて・・・。礼服を着たショーコが試着室のカーテンを開ける。
「ふーん、なるほど」
俯いているショーコをさつきは腕を組んで眺めた。
「あの、さつきちゃん。なんだかその、言ってしまえば子どもが無理してる感が、さ」
「いいじゃない。別に。あ、リュックも背負ってみれば?着てるとき使うんでしょ」
「え、あ。うん」
ショーコは試着室に置いていたリュックを背負った。
「ああ、まあそうなるよね」
「さつきちゃん。そのやっぱりより違和感が。これでリュックっていうのは・・・」
「そんなもんじゃないの」
興味を無くした様子のさつきは、他の服を広げ始める。
「そ、そんなもんって。さつきちゃん、それはあまりに無責任というか」
サイズは問題ありませんか?と店員が近寄って来た際、店内に視線を移したさつきのは、値引きの札が掛かった服が並んでいるのが目に入った。
「サイズは大丈夫です。それですいません。あっちの全品半額って?」
「このラインのものはすべて表示されている金額の半額ですね、アプリにご登録いただくとさらに半額になって、二着目が千円になります」
「ああ、そういうことなんですね」
再び店員が離れた後、さつきはリュックを肩から外そうとしているショーコに近寄り、
「ねえ、登録したら半額の半額だって。そして二着目千円って、どういうシステムなの!」
と半額と書かれている服を指差した。
「いやー、さつきちゃん。それ以前に、これがわたしに必要かどうかという大前提が」
「来年には卒業なんだし必要でしょ。こういうの一着あればいいじゃない」
「あとさ、思った以上に高くて。考えたんだけど、服に頼らず気合で撮るという選択肢もあるかと」
「あんたの心霊動画でしょ。ちゃんとしなさい。あ、ほらアプリに登録したら千円とか言ってから二着目も買えば?」
まあ、でも。さつきは後ろを振り向き、半額ラインのスーツが掛かっているところを見た。
「ほとんど同じ服になるけど」
「二着目はさつきちゃんのにだね。そして二人で割ってわたしの金銭的負担を減らしてもらえれば・・・」
「ええ、うーん。そう、うーん。まあ、いいけど」
さつきはショーコがアプリをダウンロードして登録している間に服を選び、2着試着した後、最初に着たものをショーコに渡した。
「これでいいから。お願い」
「さっきちらっと試着してるの見えたけど、いいじゃない!もう完全にホラー映画女優だよ!」
「そう?」
「で、でもさつきちゃん。アプリ登録面倒だよ。これいっぱい入れないといけないよお」
「ほら、さっさとやればすぐ終わるから」
「ぐうう。がってんしょう、ち」
あ、それとこれも。さつきは一旦戻って持ってきた白いシャツをレジに置いた。
「え、追加・・・?」
「いいじゃない。これくらい」
「う、うう。これも心霊動画とそれに続くホラー映画のため。そう思って必要経費として割り切ろうしとしたけど。できないよ、つらいよ、さつきちゃん・・・」
ショーコはアプリに登録できたことを店員に告げ、シャツと礼服を2着を現金で支払った。
「さっき帰り際になにもらったの?」
先に店を出ていたさつきは入り口で荷物をまとめているショーコに声を掛けた。
「なんか冠婚葬祭セットだって、ふふ、小道具ですよお。これは撮影に使えってことだよねえ」
「ふーん、冠婚葬祭セットね」
「こういうのってうれしいよね、つらい必要経費に光が差し込んだおかげで、少しは割り切ることができそうだよ」
「あんたがいいならいいんじゃない」
さつきがショーコに支払いの半額を一週間以内に現金で渡す、という約束を改めて2人で取り交わした後、とりあえず疲れたという理由でさつきとショーコは近くのファミリーレストランに向かった。