わたしたちはイノシシの霊を(4)
八月九日 午後七時二分 公民館
「おお、待ってくれてるよ。ちょっと先に中入ってくる」
人影を見つけたショーコは、玄関で靴を脱ぎ公民館の中に入った。
「とりあえずここで待機か」
理恵は鍋を置き、疲れたーと言いながら床に座り込む。
「そうね」
さつきは下駄箱に靴を入れ、スリッパに履き替えたさつきは玄関の掲示板を見ていた。
「おいおい、もう靴履き替えてるし。完全にやる気じゃん!」
「いや、まあ。ここまで来ちゃったし」
「はい、バイトリーダーとして。はい、絶対二人をまとめ上げます!」
「おいおい、ショーコ張り切ってんなあ・・・」
「あの子、どういうやり取りしてんのよ」
奥の部屋で話しているショーコの声はさつきと理恵にまで聞こえており、それからもショーコの、はい!はい!という返事が何度も玄関まで届いた。
じゃあ、お願いします。そう言って、部屋から出てきた五十代前後の男性は、さつきと理恵を見ると、急だったのにありがとう、頑張って下さい。と軽く会釈をした後、靴を履き替えて外に出て行った。
「はあはあ、では詳細を、上で伝えるよ」
肩で息をしながら部屋から出てきたショーコは、二階を指差して言った。
「お、おお。憔悴してんなー」
「あの人すごいんだよ、分厚いんだよ、いろんなものが。やっぱ銃を持っている人はタフだよ」
「わかるわー。なんかすげえ圧あったもんなあ」
「で、荷物も上に持って行くの?」
さつきは玄関に置いていた荷物を見た。
「うん、お願い」
「ういー、鍋は上で食べる感じね」
理恵は鍋を持ち、ショーコは玄関に置いていたビニール袋を手に取った。
「よし、では。今回のミッションのすべてを今ここでバイトリーダーから伝えるよ」
二階は二十畳程度のフローリングになっており、ショーコの提案で冷房を最低の温度、最大の風量に設定した。
そしてしばらく休憩した後、なんとなく部屋の中心にコンロをを置き、すでに切ってあった野菜、肉とスープを入れ、三人は床に直接座って鍋が出来るのを待った。
「ういー。あ、もういいんじゃね?」
「うーん、もうちょっとかな」
さつきは一度鍋の蓋を開け、中身を確認してから閉めた。
「バイトリーダーから各バイトへ。まずこれを見てもらいたい」
ショーコはA四の紙を見せた。
「なにそれ?」
鍋をじっと見ていたさつきと理恵はショーコが手に持っていた紙を見た。
「さっきの人の連絡先が書いてあるよ。あの人は仲介人なんだって。ミッションを依頼した農家兼漬物屋主人、そして猟友会的な人々を取りまとめているらしい。そして、たまにこういうバイトを雇って紹介するんだって。なんかもっと大きな猟友会的やつの副会長もやってるっぽいよ」
「へー。お、もういいかな」
理恵は鍋の蓋を開けてかき混ぜた。
「あ、よさそうね。食べましょう」
「ぐ、あくまで鍋優先か。よかろう、今はただ食べよう」
床に座ったショーコは紙皿を二人に配った。
「おいしい!イノシシすごい。すごいよ、さつきちゃん」
「まあ、うん」
さつきは肉を一口食べて皿を床に置いた。
「確かに。コクがあるっていうか、なんだろ。この鍋」
「あれ、さつきちゃん。食べないの?なら、わたしどんどんいっちゃうよー」
「おいしい、おいしくないじゃないから」
さつきはビニール袋からサンドイッチを取り出し封を開ける。
「さつきちゃん。い、いつのまに保険を掛けていたんだい・・・」
「個人の好み、嗜好の問題だし」
「さつきだめなのかー、割といいけどな」
「ふ、これは事実上二人鍋。理恵ちゃん、わたしにおかわりを」
「おお、いいぞー。がんがん肉入れてやる」
「ありがてえ、ありがてえ」
二人の様子を見ながら静かにサンドイッチを食べた。
「く、苦しい。まずい、これでは戦闘に支障が」
ショーコは横になって床をごろごろと転がっていた。
「さすがに食べすぎだろう。んでどうするんだよ。バイトリーダー」
寝そべって端末をいじりながら理恵は言った。
「交代制にしようと。一人が常に休憩をだね。それを三時間、で。まわし、て」
「ああ、なるほどね。さつきはどう?」
そうね。部屋の中をうろうろしていたさつきは部屋の奥にあった非常階段のドアを閉めた。
「休憩はショーコからでいいんじゃない。使い物いならないでしょ」
「おお、休んでいいってよ。バイトリーダー」
「ありがてえ、それでさ。あの前のステージみたいなの」
「ああ、あそこな」
前方は一メートル程度の高さの段差があるステージになっており、そこの床はフローリングではなく畳を使用しているのをショーコと理恵は確認していた。
「そこに布団があるから使っていいって」
「ほー、なるほどねえ」
理恵は立ち上がってステージに登った。
「お、あるわ。一組だな」
「さて、ではわたしくめは休憩を」
ステージに登り布団を敷いたショーコは一度降りて、部屋の入り口にあったスイッチで電気を消した。
「は?ショーコなんで電気消してんのよ!」
「おいおい、なんもみえねーぞ」
「ほら、目を暗闇に慣らしておかないとさ、監視がね」
ショーコはステージに戻り布団に入る。
「あんたが本気で寝たいだけでしょ!」
「さつきちゃん、それは違うよ。あくまで作業効率を考えた結果さ。というわけで、ではまた三時間後、おっと連絡が来た!」
布団から出たショーコは端末を持って立ち上がった。
「はい、こちらバイトリーダー。順調です、はい。イノシシ鍋、それはもうおいしく、はい。バイト達も喜んでいました。はい、大変、ありがたく。わたしは初めて知りました。こんなにおいしいものがあるのか、と」
「なに、あれ・・・」
「さっきより気持ち悪いなー。なんか丁寧通りこしてるぞ、あの感じは」
さつきと理恵は窓際に並んで座り、ショーコを見ていた。
「予定としましては、二人が常に稼働している状態を明日午前七時まで継続します。はい、お任せください。イノシシの鍋でバイトの士気も上がって、はい。そうですね、何かありましたら小さなことでもすぐ報告を、ですね。もちろん、はい。わかりました、では」
電話を切ったショーコは布団に倒れ込んだ。
「ショーコ、あんたなによ、今の感じ。気持ち悪いんだけど」
「うう、さつきちゃん。ああなっちゃうんだよおお、意識してないけど。なんか、電話でも圧がすごくて。別にやりたくてやってるわけじゃ」
「いや、ならねーだろ」
「理恵ちゃん!じゃあ次電話来たら変わって!バイトリーダー仮眠中でかわりに出ました、とか言って」
「いいぞ。話すだけだろ?あんなふうにはならないって」
「さつきちゃん!見たね、聞いたね!よし、じゃあまた三時間後に。あ、それと冷房ガンガンに入れといてね。暑くなると判断が鈍るというデータも」
「あんたがそんな分厚い布団に入ってるからでしょ!」
「違うよー、全部バイトのためだよー。おやすみー」
ショーコは布団に入ったまま手を振った。