わたしたちはイノシシの霊を(3)
八月九日 午後六時二分 商店街内
「なあ、若干浮いてないか?」
視線を感じ、時折振り返りながら理恵は言った。
さつきとショーコは礼服、理恵は一人Tシャツ、そしてそれぞれがコンロ等の鍋の荷物を持ちながら歩いおり、道ですれ違った人々、またカフェの客等は、三人が通り過ぎるとき目を逸らすか、目線が持ち物や顔を何度も行き来していた。
「浮いてるっていうか、目立ってるっていうか・・・」
さつきはより俯きながら歩く。
「またまたー。ヒロイン気取りかいー、お二人はー。誰も見てないよー」
「いや、ショーコ。これは気のせいのレベルじゃないって」
理恵は周りに聞こえないよう小声でささやく。
「そうよ、おかしいから。かなり周り、あ」
金物屋の看板を見て、さつきは立ち止まり、ごめん。ちょっといい?とショーコの足元に持っていたコンロを置いた。
「おうやあ、どうしたんだい?」
「ちょっと、見たいものがあって。すぐ戻るから」
「なんだ?金物屋?」
理恵は両手で鍋を持ったまま店の看板を見上げた。
引き戸の扉を開けて店に入ったさつきは、数分後鉄パイプを持って店から出てきた。
「あった」
さつきは鉄パイプを一度道に置き、コンロを持ってから、右手の親指と人差し指で鉄パイプを挟み、ごめん、じゃあ行こう。と歩き出した。
「いやいや!ちょっと。なんで鉄パイプ買ってんだよ!」
理恵は歩きだしたさつきを小走りで追いかけた。
「ふ、わたしはわかるよ。さつきちゃん」
「・・・」
さつきは無言で歩き続ける。
「面じゃなくて点で捉えるんでしょ」
「・・・。まあ、ね」
「なにがだよ、ていうか余計目立つだろ!鉄パイプ持ってたら」
理恵はさつきとショーコに並んだ。
「理恵ちゃん。さつきちゃんは考えたんだよ。最悪の場合を。ほら、もしイノシシに襲われたとき鼻を強打しなければならないから。その時、偶然落ちてた看板じゃダメージが分散する、偶然落ちてた大き目の石じゃ当てることすら難しい。偶然竹刀とかが落ちてたら対処できるかもしれないけど、さつきちゃんは偶然を信じていないんだよ」
「いや。待て、待て。いろいろあるが。さつき恥ずかしがってたじゃないか。目立つのを」
「ふ、自らの行動を否定し、そして同時に肯定する。それがさつきスタイルだよ。理恵ちゃん。でもほら見てよ。周りを」
「え、なんだ?」
理恵は周りを見たとき、何人かと目が合った。
「おい、めっちゃ目が合ってんだけど」
「さっきまでの視線が100だとしたら、いまも100、いっても102。同じことさ」
「いや、そういう問題じゃないし。監視に鉄パイプなんていらないって!」
「いいよー、理恵ちゃん。今日はのってるねえ、がんがんくるねえ。我々に足りない枠として、連れてきたかいがあったよ」
「ほら、あんた達。もう夜になるから早く」
さつきは歩くスピードを上げた。
「ちょっと待て。それはさつきが言うな!」
「目的地は、あの山のふもとの公民館だよ」
「おい、あの山?と、遠いな!」
「急ごう急ごう、と言いました」
ショーコは小走りでさつきを追いかける。
「いや、ちょっと。おい。この鍋重いんだって!」
理恵は鍋を揺らしながら言った。
商店街を出ると、時折人家が建っていたがすぐに田んぼが広がり、三人は歩道を歩いていたがしばらく歩くと無くなったので、夕暮れの中、一車線の道を縦一列になって歩いた。
「あ。見えた。あれっぽい。あの白い建物。目的地の公民館だよー」
端末を確認しながら歩いていたショーコは目の前の建物を指差す。
「今何時?両手が塞がってて」
鉄パイプを持ち換えながらさつきは言った。
「ちょっと待ってね、さつきちゃん。おお、六時五十四分。ぴったりだよ!」
「はあはあ、結局一時間近く掛かってんぞ」
理恵は鍋を持ちながら汗を拭う。
目的地が見えたため、心持ち早歩きになった三人は公民館の玄関に向かった。