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わたしたちはイノシシの霊を(2)

 

八月九日 午後四時二十五分 電車内



 さつき、ショーコ、理恵の三人は自転車で駅に向かい、十六時二十二分発の電車に乗った。


「んで、ショーコ。誰でも出来るイノシシ監視、一日一万。って詳細をだな」

 車内は空いており、端からさつき、ショーコ、理恵の順で座っていた。


「知りたがりだなあ、理恵ちゃんは。んとねえ、あれだよ、最近農作物が荒らされてるらしくてさー、それで近くの農家たちが集まって交代で監視してたみたいなんだよ。それで見つけたら地元の猟友会的なところに連絡して、対応してもらうっていう」

「へえ、そういう話だったんだ」

 さつきは端末の画面を見ながら言った。


「それで今日担当の人がさー、どうしても外せない用事が出来て。娘の出産の付き添いらしいんだけど。それで今日だけ外部の人に監視を頼みたい。っていうことみたいなんだ」

「なるほどなー。なんかサブクエ感がすげえな。『暴れん坊から農家を守れ』的な」

「わたしたちは、基本的にイノシシと戦わなくていいからね。猟友会的な人に連絡するだけの役割さ」

「あたりまえよ。死ぬから、変なことしたら」

「おお、さつきちゃん。さっきから熱心に見てたけど」

 ショーコはさつきの端末を覗き込んだ。


「さすがさつきちゃん!調べてたんだね、イノシシのことを」

「へえ、んでどうなの。イノシシって」

「そうとうタフみたい。でも」

 さつきは画面をスクロールしながら続けた。


「鼻に強い衝撃を与えれば」

「いやいや、さつき。なんで戦おうとしてるんだよ」

「もしも、よ。どんな状況になるかわからないし」

「たしかに。さつきちゃんの言う通り猟友会が来るまでの間、わたしたちだけで持ちこたえないといけない状況っていうのもあり得る」

「そんなことになったら逃げるからな!」

「理恵、それは危険よ。ああ見えてけっこう早いらしい。逃げてて背中に衝突されるとものすごい衝撃が」

「よし、現地に着くまでの間、それぞれ調べよう。そして向こうについて働く前に会議を」

 ショーコはさつきと理恵を交互に見て頷く。


「わかったわ。理恵も見といてよ。何かあったときのために」

「いや、うん、まあ。じゃあちょっと見てみるわ」

 その後、三人はそれぞれ端末を使いイノシシについて調べ始めた。




「おっしゃー、ついたどー」

 最寄り駅の改札を出たあと、ショーコは両手高々と上げた。


「五時半か、けっこうな時間になったな」

 駅の時計を見た理恵は言った。


「それでどうするの?」

「とりあえずわたしが受注してくるから。二人はこの辺にいて」

 

 さつきと理恵の前を、自分の身長に近い長さのソフトケースを背負ったショーコが歩いて行き、さつきと理恵はそれを見送る形となった。


「あのさ、ショーコの背負ってるのって何入ってんの?」

 駅前のベンチに座りながら理恵は言った。


「さあ、どうせ下らないものでしょ。あとショーコが言ってた受注ってなんなの?」

「ああ、ゲームでよくあるんだよ。こういう感じ」

「へえ、そうなんだ」

 さつきは改めて駅前を見渡した。

 

 駅前はバスターミナルを併設しているが人はまばらで、バスの停車場所と思われる場所には軽トラックが停まっており、中高年の男が無理やりに足をハンドル横に上げて寝ていた。

 

 駅横にはうどん、そばなどと書かれた看板の食堂のようなものがあり、なんとなくさつきはそこに近づいたが、ガラス越しに中にいる客と目が合い離れ、振り返ると理恵は自動販売機の前のベンチに座り端末を触っていた。

 

 その後、さつきは駅構内に入り買うつもりのない様々なものを丁寧に、時には手に取って時間をつぶした。


「なあ、さつき」

「え?」

 後ろから理恵に声を掛けられ、さつきは手に取っていた駅弁を置いた。


「ショーコから救難信号が来てるぞ。今すぐ来てくれ、と」

「あ、ああ」

 さつきは端末を取りだして確認した。


「ほんとだ。なんなの、至急って」

「さあ、わざわざ地図も添付してる。行ってみっか」

「そうね」

 大体の位置を確認し、さつきと理恵はショーコが指定した場所に向かった。


 さつきと理恵は駅前から歩き商店街に入ると、一車線の狭い道路の両側に民家、土産物、オープンカフェなどが並び、その一角にショーコが指定したと思われる場所を見つけた。


「あ、いた」

 理恵は店の前でしゃがんでいるショーコを指差す。


「おお、さつきちゃん、理恵ちゃん。もうこれどうしていいか・・・」

「なによ、ちゃんと出来たの?」

「ああ、ばっちり。ここの漬物屋の主人が依頼者さ。初めての孫の出産。どうしてもその場にいたいという強い思いが」

「へー、そういうもんなんだなあ。で、なに。その横にあるもの」

 

 ショーコが座っている横には、カセットコンロ、鍋、茶色の液体が入った二リットルのペットボトル、ビニール袋に入った食材が置いてあった。


「これ主人のご厚意だよ。地元の名物ぼたん鍋セット。わたしたちが監視する場所で食べて、だって。これは一人では持てないよお」

「イ、イノシシの監視をイノシシの鍋を食べながらするの・・・?」

 さつきは食材の入ったビニール袋を覗き込む。


「まあ、確かにこれは一人で運ぶのは無理だな。おし」

「しょうがないわね」

 理恵は鍋を、さつきはコンロを持ち立ち上がった。


「おうらい、じゃあ、わたしは残りの食材とペットボトルをっと。いやー、これ三人力を合わせないと動けないクエストだったんだねえ」

「まあそう言われればそうだけどよ」

 理恵は鍋を持ち直しながら言った。


「わたしはコンロだけだからそこまで負担じゃないから。ほら、早く」

「おお、さつきちゃんもいいコンロの持ち方してるよ。では向かおう、我々の仕事場。イノシシ監視場所へ」

 ショーコが歩き出し、さつきと理恵はそれに続いた。

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