わたしたちはイノシシの霊を(1)
八月九日 午後二時五十分 ショーコ宅
「さつきちゃん。わたしバイトやろうと思っててさあ」
「へえ、やれば」
座椅子に座り漫画を読んでいたさつきはページをめくりながら言った。
「さっき登録したら、興味深いオファーがだね」
「ふーん」
「イノシシの監視っていうやつなんだけど」
「はあ?なにそれ」
さつきは漫画を置いて座り直した。
「お、相変わらず食いつきがいいねえ。いやー、詳細を見てるとさ。三人以上のグループを募集してるんだよ。んであと一人どうしようかと」
「ちょっと。あと一人って」
「やっぱ理恵ちゃんかなー。部活もう終わってるよねえ。暇かなー」
「いや、だから。わたしがやるって言ってないでしょ!」
「一万だって。バイト代。その場で現金払いだよ」
「一万、なの」
そう、一万か。と言いながらさつきは端末を触り出した。
「だめだめえ、今ので分かったよ。そんなごまかすような動きしても。欲しいんでしょ。現金で。この前コインや紙のお金欲しいってぼやいてたし」
ショーコはテーブル越しにさつきを覗き込んだ。
「まあ、わたしがやるやらない以前に理恵がどうかわからないし」
「ふ、来たよ。返信が」
ショーコは端末をさつきの目の前に突き出した。
「早いって、理恵・・・。やる、やる!いつだ!、か」
さつきは理恵からの返信を見た。
「おし、決まり。じゃあおっけーってバイト先に送っちゃっていい?」
「まあ、理恵がやるならね。数足りないし、わたしも、って今送ってるの!?」
「うん、送った」
「ちょ、ちょっと待ってよ。いつからとか、場所とか、その辺はどうなって」
「今日だよ。今日の夜七時から、明日の朝七時まで」
「はあ!?泊まりなの!」
「うん、詳細は移動中の電車で説明するよ」
ショーコはリュックを取り出しごそごそと物を詰め始めた。
「いやだから、大体今もう三時だし。わたしにも準備が」
「さつきちゃんの荷物は、ほらうちにあるお泊りセットをだね」
「それは、まあ。あるにはあるんだけど」
さつきはショーコの家に一泊分の替えの衣類などを置いていた。
「今日学校帰りでわたし制服だし。あー、もう毎回この流れ。いいかげんきちんと予定を立ててからやりなさいよ!」
「そういう時のためにだね。ほら」
ショーコはさつきの前に礼服を差し出した。
「・・・またこれ」
「いやー、そしてわたしも着ていっちゃおうかなー。せっかくだし」
「あんたの、せっかくだし。もう何回も聞いてる。この服を着ることに関しては、せっかくの意味を失ってるから」
さつきは諦めて礼服を持ちトイレに行った。
「よし準備はいいかい?」
「うん。いいけど」
あっつい。そう言いながら、さつきは長袖シャツの手首のボタンを外し、袖をまくった。
「あんたもようやく買ったんだ。シャツ」
ショーコは白い半袖のシャツに、さつきと同じ黒のスカートをはいていた。
「ふふ、夏がわたしの背中を押したんだよね」
「はいはい、わたしの荷物入った?」
「おうやあ、ばっちりさ」
ショーコは親指を背中に向け、背負っているソフトケースを指差した。
「それさ、リュック?妙に大きいし。何入ってんの?」
「大体百二十センチくらいだよー、これ。リュックにもなるのさー」
「へえ、まあわたしの入ってるならなんでも。でも礼服にそれって」
「大丈夫、靴もスニーカーだし。逆に目立たないよ」
「逆にの意味もわからないし、わたしはこれ用の」
確か、あったはず。玄関に行き、さつきは靴箱から黒い靴を取り出した。
「あ、連絡来た。ビイオで理恵ちゃん待ってるよー」
「え、あんた自転車でいくの?」
「うん、さつきちゃんはだれでも自転車で」
「あれ今日あったっけ?」
「さっき帰って来てたよー」
「わかった。じゃあそれで」
さつきとショーコは自転車に乗ってビイオに向かった。
「な、なあ、お前ら。なんなの、その恰好・・・?」
ビイオの入り口で待っていた理恵は、さつきとショーコの恰好を見て言った。
「いやあ、今日の補講終わりでさつきちゃん制服だったからさあ。イノシシ監視にはちょっと不向きかなって。んで、わたしもそれに合わせたんだ」
「その葬式行くような服も、そうとう不向きだろ」
理恵はTシャツに緩めのジーンズ、スニーカーというラフな服装をしていた。
「まあ動きやすくはないけど、制服が汚れるのも嫌だったし」
さつきは自転車にまたがったまま言った。
「取りあえず詳しい話は電車で、ほら理恵ちゃん。行くよー」
「え、電車で行くのかよ、場所どこ?」
「んと、この辺だよ」
ショーコは端末を理恵に見せた。
「と、遠いな!わざわざ感がすげえ。え、つーか交通費でるの?」
「出る出る、出まくりだよ」
「おお、まあそれならな。おし自転車取ってくるわ」
理恵が自転車を持ってくるのを待って、三人は駅に向かった