寺依存型降霊術(3)
八月五日 午後四時 ショーコ宅
「そろそろ馴染んだかなあ」
ショーコはメルちゃんを布団の上で転がしていた。
「いや、そこに馴染ませてどうすんのよ。あとわたし六時には出るから」
座椅子に座っているさつきは読んでいた『アーリーアメリカンの歴史』を置き背伸びをする。
「え、高野さん帰るの?じゃあ一緒に」
「ええ!カメ子ちゃん。あと二時間でできるの!?」
「うるせえ!できるできないなんて関係ねえよ。高野さんがいないなら帰るにきまってんだろ!」
「なんてこった!じゃあ時間もないし。そろそろ始めようよ」
ショーコはメルちゃんをテーブルの上に置いた。
はいはい、わかったから。さつきがテーブルの前に座ると、クソに従うのはむかつくんだよな。カメ子は座っていたテーブルから降りさつきの横に並んだ。
「さあさあ、カメ子ちゃん。降ろしてもらっていいかい?」
「ショーコ、さっきも言ったけど。降ろしたからって解決しないから」
「その辺はちょっと考えたんだ。今回はコンボでどうだい?降ろしたメルちゃんにこっくりさんをやってもらってだね」
「ああ、なるほど」
さつきは口に手をあてて頷いた。
「仮にわたしたちがこっくりさんをやって確かめようとすると、『101号室の人が買った鍵の番号を教えてください』となる。でも降りた状態のメルちゃんでやると『僕が買った鍵の番号を教えて下さい』に変わる。可能性は上がりそうね」
「でも高野さん。わたし基本的には供養専門だから、やったとしても降りたか降りてないかはわからないんだけど。ほんとごめんね」
「うん、それはしょうがないよ。亀山さんは専門外だし」
「おっけえ、おっけえ。とりあえずやってみようよ」
三人は顔を近づけて人形を凝視した。
「タイミングはカメ子ちゃんにまかせるよ」
「うん。それがいいと思う」
さつきとショーコはカメ子を見た。
「おし、じゃあ見てて。高野さん」
カメ子はメルちゃんを手に持って凝視した。
「始まったね、さつきちゃん。でも最終的にこっくりさんやるけどいいの?」
「どっちかっていうとやりたくはないけど。この場合はメルちゃん通してるし」
「でもさあ、生霊入ってるから101号室の人に行くんじゃないの」
「ばかじゃないの。ドッペルゲンガーじゃないんだから。仮によ、魂というものがあるとして、101号室の人の全部がメルちゃんに行くわけじゃないでしょ?」
「ああ、確かに。そうなるとメルちゃんに入った時点で、本体があれだよね、漫画的にいうと白くなってストンって」
「だからいまのじょ」
「あ、あの。高野さん」
カメ子はメルちゃんを置いてさつきを見た。
「あ、うるさかったね。ごめん、集中切らしちゃって!」
「ひいい、ごめんね。カメ子ちゃん!謝罪ならいくらでもするよ!だから物は、漫画とかコーラとか、うちの子達には罪はないから!」
「うるせえな、ショーコ。黙ってろ!もう終わったよ」
「え?もう」
さつきはカメ子とメルちゃんを交互に見た。
「カメ子ちゃん、ほらいわゆるこうさ。お祈りとか、ぶつぶつ言うとか、そういう感じはいらないの?」
「考え方によるけどな。今やったのは、101号室の人来い、と強く念じただけだ。さっきも言ったけど、正直入ってるかどうかはわからない」
「え・・・。またずいぶん、ざっくりというか大胆な手法だね」
ショーコはメルちゃんを手に持って色々な角度から眺めた。
「どうなの?ショーコ入ってる感じある?」
「うーん、外からじゃなんとも。さつきちゃんも、ほら」
「うん」
さつきはメルちゃんを受け取り、ショーコと同じように回転させながら確認した。
「ごめん、高野さん。なんか曖昧な感じで」
「いや、そんな。わたしたちだけだったら、ここまで出来なかったし」
「わたし寺にずっといるし、人形にも慣れてるから、普通の人がやるよりは入るとは思うんだけど」
「おしおし、じゃあ。こっくりっちゃおうか」
ショーコはメルちゃんを置いて端末を起動させた。
「だから!それは鳥居小さすぎだって言ってるでしょ!」
「ええ、でもうちないし」
「ないなら作ればいい」
さつきはショーコのノートを破った。