寺依存型降霊術(2)
八月五日 午後三時十五分 ショーコ宅
「大体は電話で聞いたけどよ、つーか」
カメ子は鞄を漫画に立てかけるように置いた後、端末を袈裟の隙間に入れた。
「親に説明してないでさっさと代われ!混乱してただろうが!」
「いやー、一応住職を通しておいたほうがいいかなって。でもこんなにすぐに来てくれるなんて。しかもがちの服でしょ、それ?」
ショーコはカメ子の服の裾を触り、ぶんぶんと振った。
「ふれるんじゃねえ、ボケが!それにお前なんてどうでもいい。高野さんが困ってるっていうから来ただけだ」
「ほんと突然ごめんね、亀山さん」
カメ子の横にさつきとショーコは立っていたが、とりあえず座ろう、というさつきの提案によって、ショーコはマットレスの上に、さつきは座椅子に座る。
「なあ、このテーブルに乗ってるの。ショーコのか?」
テーブルの上にあった、飲みかけのコーラのペットボトル、筆記用具、ノート、タブレット端末を指差してカメ子は言った。
「うん、そうだよ。さつきちゃんのは座椅子周辺に固まってるんだ」
「そうか、ならいいわ」
カメ子は落ちていたビニール袋に、こたつテーブルの上にあるものを無造作に入れショーコが座っているマットレスに投げ捨て、空いたテーブルのスペースにハンカチを置いて腰掛けた。
「ひいい!水ものと電化製品はやばいよお!」
ショーコはマットレスに落ちたビニール袋に飛びついた。
「しるか、ボケ。あ、高野さん」
カメ子はさつきに向かって座り直す。
「この前は迷惑かけてごめんね。それで今回は降霊って聞いたんだけど」
「あ、う、うん・・・」
カメ子の一連の行動を見ていたさつきは、戸惑いながら答えた。
「そうそう、要はさ。メルちゃんにぱーっと降ろしてくれればおっけーなんだよ。あ、タブレット無事だ、よかったー!」
「うるせえ!おまえに言ってねえよ、だまってその辺で転がっとけ!」
大体よ、くそ野郎。カメ子は膝の上に肘をのせて、ショーコを見下ろした。
「お前、メルちゃんに生霊降ろしてどうするつもりなんだよ」
「ほら、それは電話でも説明したように。101号室の大学生を降ろして鍵の番号を聞くんだよ。きちんと降りてれば、よヴぉん、ニイイイ、ゴアオオ、いぢいい、みたいに番号を教えてくれると思って」
「ああ?やっぱりクズはアホだな。これだから素人はよ」
カメ子はショーコから視線を外し床を蹴った。
しゃべることは難しいんじゃないかな。さつきは端末を操作していた手を止め、メルちゃんを見た。
「だってメルちゃんには声帯ないから」
「さすが高野さん!ほんとすごい、このゴミとは全然違うね!」
カメ子はテーブルの端まで移動し、目の前にいるさつきの両手を握りしめた。
あ、うん。ありがとう・・・。さつきは遠慮がちに言った後、ゆっくりカメ子の手を離した。
「ええ!人形って霊乗り移ってもしゃべれないの!?」
ショーコは立ち上がってテレビの横に置いてあるメルちゃんを抱いて、喉を触った。
「触ってもなんもねえよ。あとお前、なんか降霊に使うもん用意してんのか?」
「え、なにそれ。なんかいるの?」
「はあ・・・」
カメ子はため息をついた後、立ち上がって目を見開きショーコを睨んだ。
「このボケが!目印なしでどうやって生霊を降ろすんだよ!判別できねえだろうが!」
「ごめんね、亀山さん。今日は急だったから」
こぶしを握り締めているカメ子の前に立ったさつきは、まあまあ、とカメ子を制した。
「あ、何か道具を使うとかじゃないんだね。じゃあ、こんなこともあろうかと用意しておいたものが」
ええと、あ、これ。ショーコはリュックの中から封筒を取り出してテーブルの上に置く。
「なにそれ?」
「ほら、さつきちゃん。目印だよ」
封筒を手渡されたさつきが中を確認すると、三つ折りになった紙が入っている。
「だからなに、こ、え、これ。あ、ああああ!!いやああああ!」
さつきが無造作に開いた紙には、数十本の髪の毛と三、四枚の爪が入っていた。
「なんかこういうのがいるってどこかで聞いた気がしてさ。101号室の人にポストに入れといてって」
「はあはあ・・・」
さつきは呼吸を荒くしながらも、持っていた紙を再び三つ折りに畳んだ。
「高野さん、普通ならびっくりして投げ捨ててしまうところを。やっぱりすごい」
「うんうん、髪はわかんなくなるからねー。さつきちゃんの理性の勝利だよ」
「あ、あんた」
さつきは震えながら紙を封筒に戻してテーブルに置いた。
「入ってるものぐらい教えなさいよ!大体こんなもの何に使うのよ!」
「さっきカメ子ちゃんが言った目印?みたいなのに使うみたいだよ。一般的には」
ショーコが封筒を手に持った時、
「おい、クソショーコ。そこに入ってるものを直接人形に接触させるなよ」
「なるほど、刺激が強すぎるのかな。じゃあこのまま」
ショーコはメルちゃんの服を掴み、背中に封筒を入れた。
「ごめんね、高野さん。馴染むまでちょっと時間かかるかも」
「うん、亀山さん。それはいいんだけど。ショーコ、あんた大丈夫なの?同じアパートの人に髪とか爪とかを欲しい、なんて」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ちゃんと理由言ったし」
「それ余計気持ち悪いでしょ」
「自転車のため!っていうの強調しといたから」
「そう・・・。別にわたし住んでないからいいけど」
さつきは手を洗うためキッチンに向かった。