ポルターガイストローネ(6)
七月二十三日 午後八時三十五分 ショーコ宅
「よし、この辺で」
さつきはテキストを閉じてテーブルを片付け始めた。
「おお、とうとう始まるんだね。もう少しでこっちも終わるから」
洗った皿を拭きながらショーコは言った。
「早くしてよ、洗い始めるの遅いから。それと一旦これ止めとく」
さつきはカメラを操作して映像を止めた。
「ふ、わたしはすでに流れていたのを忘れていたよ。てかさつきちゃんもほぼ観てないんじゃ・・・?」
「全部は観てないけど大事なところは押さえてたから。とりあえず現時点では確認出来てないことがわかった」
さつきはビニール袋から余った食器を取り出してテーブルに並べ、位置を調整し始める。
「さつきちゃん、終わったよ。この辺は棚用だよね?」
ショーコは皿の上にナイフ、フォークを乗せてさつきに見せた。
「洗ったものは棚に入れておいてよ」
「まあ、わたしの家に食器棚はないんだけど・・・ね」
「あるじゃない。それ」
フィギア、漫画が置いてあるカラーボックスを指差してさつきは言った。
「そ、それは我が家で唯一の収納の」
「ちょっと上だけさ。フィギアだけよけてそこに食器置けば?」
「ああー、思ったより被害が少なくてよかったよ。ではこれが今日のポルターガイストで揺れる用の仮食器棚ということだね」
「うん、わたしも手伝うから」
2人でカラーボックスを台所に移動させた後、天板に食器を重ねて置いた。
「よし。じゃあ後は揺れる待ちだね」
「そういうことね。これからはテーブル前でチェックを」
さつきとショーコは食器が乗ったこたつテーブルの前に座り、目の前の食器の観察を始めた。
「これ、やばいんじゃない?さつきちゃん。ガイス起っちゃうんじゃない!?」
「さっきからガイストとかガイスって。なによ、その言い方」
「いやー、これから何回も言う事になりそうだからさ。そして違いは雰囲気で」
「別になんでもいいけど。でも、これじゃ何か足りない気が」
何だろう、うーん。さつきはテーブルに肘をつき食器を見た。
「うーん、ハードは食器で完璧だから。しいて言えばあとはソフトであるわたし達の問題かなあ。だってわたしとさつきちゃんは」
あ、そうか。そっちは考慮してなかった。さつきは口に手を当てた後、
「わたしとショーコは外国人じゃない」
そう言い目の前の食器を改めてみた。
「そうなんだよねー。結局向こうのもんだからさ。でもまあ、これだけ食器あるし。何とかなるよ、揺れるよ。さつきちゃん」
「あんた妙に協力的ね。ポルターガイスト起こったらバンドできないのに」
「いやー、ホラーバンドやるのにさー。まずはガイス起こさないとさー。順番的に優先しようかと」
「あんたがいいなら別にいいんだけど」
結局、ポルターガイストは自然に起きているのではなく、人が起こしている、と仮定して。さつきは再び考えをまとめ始めた。
舞台は整ってる。でもショーコの言うように、わたしたちはアメリカ人じゃない。でもポルターガイストが起きる、起きないは人種の問題ではないような気がする。アフリカ系とかイタリア系はポルターガイストを起こせないというのは聞いたことが無い。むしろ必要なのは文化的背景。
じゃあ、今。この場合は正しいの?日本人2人が外国の食器を使っているということは。それは・・・。
あっ、そうか。さつきは立ち上がって室内を見渡した。
「ショーコ、やっぱりこれはわたしたちの気持ちの問題かもしれない。ここで起こすには外国人的価値観が必要かも」
「おお、なるほど。この食器がある空間で、わたしたちが例えばアメリカ人的な価値観を持つことにより、自らをガイスが起こせる状態に持って行くと」
「うん。じゃあとりあえずアメリカ人で合わそう。で、時代背景どうする?ある程度そっちも一緒にしておいたほうが」
「うーん、わたしがぱっと思いついたのは、ほら。なんか腰ぐらいの高さでパッタンパッタン開くドア?見たいなのがあるバー?の二階が住居スペースの家かなあ」
「アーリーアメリカンね。西部劇ぐらいの」
「そうそう!そのバーにならず者がほら、でっかい帽子かぶって入ってくるんだよ」
「その二階で起こる、か。わたしはもう少し別のイメージだけど。とりあえず合わせるから」
「おし、想像するぞー!」
さつきとショーコは無言で食器を眺めた。
十五分後
「うーん、揺れないね」
「ふう、そうね。ちょっと」
さつきはテーブルに載っている食器を、棚の上に乗っているものを入れ替えた。
「ほうほう、入れ替えかい?それはどんな」
「特に意味はないけど、まあおまじない程度のもの。それでごめん。ショーコちょっと買い物に行ってもらっていい?」
「意味は、ない。か。買い物いいよお。何買うのー?」
「まあ、特に欲しいものはないんだけど。あなたが今ここから出ていくと」
わたし、一人だよね。立ち上がって開いていたカーテンを閉め、振り返ってさつきは言った。
「おお!アメリカ人の気持ちが整ったと。さつきちゃん、さては決める気だね」
「やっぱり、一人の時のほうが起こっていることが多いと思うから」
「はいはい、自分が起こしていることを自覚してない系だね!」
「ごめん、しばらくしたら戻ってきて。あ、一応録画をお願い」
「おっけー、よし今はバンドやるやらないの立場を捨てて」
ショーコはカメラのモニターをチェックした。
「おっけー。さつきちゃん」
「ありがとう、じゃあ。また」
「うん、行ってくるよー」
玄関で靴を履いたショーコは、一旦ドアに手を掛けて離した。
「今、外に出るこの感じ。なんか急に揺れる気がしてきた。さつきちゃん大丈夫?」
「こっちはいいけど、対処法もある程度考えてるし。そっちも一応気を付けといて」
さつきは食器を凝視したまま言った。
「うん、危なくなったら自転車で逃げるから。じゃあ頑張ってね、さつきちゃん」
そんでさー。ショーコはドアに再び手を掛けてさつきを見た。
「絶対撮ろうね!揺れて飛ぶ皿を!」
「はいはい。じゃあまた後で」
ショーコが部屋から出た後、もう一度食器を調整したさつきは、立ち上がって食器を見下ろした。
できるかな、わたしに。さつきは腕を組み、そして目を閉じた。