ポルターガイストローネ(4)
七月二十三日 午後二時二十分 百円ショップ店内
「さあさあ、どうするんだい。さつきちゃん」
「買うものは決まってる」
百円ショップ店内に入ったさつきは、食器が販売しているスペースに向かった。
「とりあえず、この辺の平皿を」
「色は?」
さつきは皿を一枚手に取ってショーコに見せた。
「白。それ以外ありえない」
「おうおう。そのタイプね」
ショーコは皿を何枚か取ってカゴに入れた。
「ちょっと。同じ大きさのばっかりは止めてよね!バランスを考えてよ」
さつきはショーコが入れた皿を取り、一回り小さいものに変えた。
「なるほどお、こう食器棚に重ねて小さいのを上にするんだね」
「見た目もあるの。こういうのには」
「グラスもいるよねえ、さつきちゃん」
「そうね。何か」
「ほら、ワイングラス。こんなのはどうだい?」
「うーん。まあいいんだけど。どっちかって言えば」
そう言ってさつきは細目のシャンパングラスを手に取った。
「こっちのほうがいいかも。ショーコ、もう一個取って」
「あのう、さつきちゃん」
「何よ」
「こういうことはその、あんまり言いたくないんだけど。なんか倒れやすさを重視してそっちのグラスを選んでいるのでは・・・?」
「そんなわけないじゃない。たまたまよ。ってあれ理恵は?」
「さっきジュース見てたよ。あ、レジだ」
理恵はジュースを持ってレジに並んでいた。
「あ、買った。あれ、出口に、あれ、自転車に、乗った。あ、行った」
「理恵・・・、あっ」
「どうしたのさつきちゃん」
さつきはカゴを床に置いて端末を取り出す。
「ええと、部活のミーティングがあるから帰る、ショーコに漫画借りたって言ってくれって」
「な、なんと」
「あと、どっちみちバンドはやらないって」
「ふ、さつきちゃん。そんな甘いことが通る世の中ではないよ。ここで帰るということは白紙投票と同じ。楽器選択権も剥奪だねえ。でもいいドラマーになるよ。理恵ちゃんは」
「確かに。でも結果的にはあの子の言う通りになるけど」
「まだ、わかんないよお。これからの食器の揺れ次第だからねえ」
あ、そうだ。さつきはグラスが置いてあるスペースに戻った。
「これ。グラスもう二個買うから」
そう言って置いていたカゴにグラスを入れた。
「えええ、二個で十分だよ!」
「何かに使うかもしれないでしょ」
「どうやっても一人で四個は使えないよ、うう」
「あんた一人では使わないでしょ。理恵とかわたしも来ることあるし。じゃ、その二個で最後ね。取りあえず」
「おっけえ、して会計は」
「半分ずつでしょ」
「ぐ、さつきちゃん。正直、わたし基本的に食器はラーメンどんぶり一本でやってるから、そんないらないんだ、だから、その・・・」
「あんたの家に置くんだから。半額出すだけいいでしょ」
「いや、まあ。そう、なんだけど。でもいらないっていうか・・・」
「とりあえずわたし買ってくるから。あんたなんか欲しいものあるんでしょ」
「あ、おお。忘れてた。ちょっとスーパーのほうに行ってくるよ」
さつきが会計を済ませ、食器を新聞紙等で包んでいると、
「いやー、ごめんごめん。ちょっと多めに買っちゃった」
1.5リットルのコーラを四本抱えショーコが目の前に立っていた。
「なに?それ買ってたの。コーラならここで買えばいいじゃない」
「さつきちゃん。五百のペットボトルで百円が、スーパーでは1.5で百二十円だよ。そっち買うでしょ!」
「まあ、あんたが持つんだし。好きにすれば」
「子どもだってわかることだよ。どちらが得かね!あ、それ包むんだね」
「そうよ、あんたも手伝いなさい」
「しかし、けっこうな量に。十、数枚?」
「そりゃあ、これぐらいはいるでしょ」
「基準がいまいちわからないけど、取りあえず包もう・・・」
食器を包み終わった二人は店の前の駐輪場に向かった。
「これ、やっぱりだめじゃない。ショーコ。カゴに入れたら割れそう」
さつきとショーコは自転車のカゴに食器を出し、入れを繰り返していた。
「そうなんだよねー、やっぱりコーラをカゴに入れて、ハンドルに食器を」
そう言ってショーコは荷物を自転車に積み少し動かしてみた。
「無理ね。いまの動きですでにカチャカチャいってるし」
「確かに。これは割れる気しかしないよ」
「コーラが邪魔よね。それがなければわたしももう少し持てるし」
「や、やめて。コーラは悪くないよ。悪いのは私だよ!」
「大丈夫、悪いのはあんただから。自転車はまた明日にでも取りに来たらいいじゃない」
「ぐ、いやそうなるとわざわざコーラを四本買った意味が。明日でもよかった的な」
「じゃあ、返して来たらいいじゃない。コーラ」
「レシートって。ないよね。コーラだもん。捨てるよね・・・」
「決まりね。自転車を置いていきなさい」
「し、仕方あるまい。苦渋の選択を。あ、そうだ」
ショーコは背負っていたリュックを下ろし、冠婚葬祭セットの手袋を取り出した。
「おらおらー。手袋がある、なし、じゃ全然違うからね!」
「あんたそれ。常に持ち歩いてんの・・・?」
「そうだよ、さつきちゃん。これ凄くいいよ!めちゃくちゃ役に立ってる!」
「あ、そう・・・。じゃ行くから」
「っしゃあ!おりゃあ」
ショーコはコーラと食器が入った袋を持った。
「全然違う。持てる、持てるよ!さつきちゃん!」
「よかったよかった。じゃ」
さつきも両手に食器が入ったビニール袋を持ち、歩き出した。
「さ、さつきちゃん、ごめん。い、いま限界」
ショーコの家に向かって歩いている途中、ゆっくりとした動作でショーコは荷物を置き道路に座り込んだ。
「はあ?さっきまで普通だったでしょ。なんで急に」
「よ、装っていたのだよ。普通を。心配を掛けないように。あと道路熱い・・・」
「どっちみち心配しないし。なに無理なの?」
「ちょっと、そこの神社で小休憩を。午後二時の直射日光が体力を奪う、よ」
ショーコはふらふらとアパートの近くにある神社に手を伸ばした。
「だから、コーラ四本も買うからでしょ!」
「は、はあはあ。コーラは悪くない、わる、いのは。わた、し。あと、まじで道路熱い・・・」
「またそれ!もう」
さつきはショーコの手を引っ張り立ち上がらせた。
敷地内に入るとショーコは食器を地面に置き、コーラが入った袋を持って神社の境内にある祠の階段に座った。
もう、こんなところに。さつきはショーコの分の食器も持って移動し、階段に座った。
「はあはあ、疲れたねえ。さつきちゃん」
「別に。ちょっと歩いただし。あのさ、そこの広場の線みたいなのってなに?」
さつきは神社横にあるスペースを差して言った。
「はあはは、そこはねえ、ゲートボール場だよ。運動場的に土だけどさ。おそらく線をいちいち引くのが面倒だからビニールの紐で区切ってるんだよ。おじいちゃんの知恵さ」
「へー、合理的ね」
「こ、この体育館の半分程度の広さでも、はあはあ、ドラマが生まれてるんだよ」
「はいはい。ほら、そろそろ行くよ。いっつも体力ないんだから」
「いや、至って普通だよ!あ、そうださつきちゃん。手伝ってくれないかい?」
「何を?」
「今ここでコーラを飲んで少し軽くしたいんだよ。ほんとぎりぎりのところで辛くてさ」
「はあ?そんなちょっと減ったくらいで違わないでしょ」
「いやいや、重量上げの選手はだねえ、限界の重さのものを持っているときに、漫画一冊でも乗ると落としてしまうという話も」
「だって別にコーラ好きじゃないし」
「私も飲むからさー、協力してよお」
「わかったわよ、ちょっとだけなら」
さつきはペットボトルを取り出し、ショーコに一本渡した。
「あんたこれね。わたしはこっち飲むから」
「おうやー。わたしはごくごくいっちゃうよお」
ショーコは両手でボトルを持ち、一息で1.5リットルボトルの四分の一程度を飲んだ。
「よく炭酸をそんなに飲めるよね」
さつきは一口飲んだ後、右手はボトルの上に、左手は後ろに置き、楽な姿勢を取った。
「暑くて頭じりじりする。ここ全然日よけにもなってないじゃない」
神社の屋根をさつきは見上げた。
「ここはねえ、この季節なら四時ぐらいにならないと。それまでは日が当たりまくるんだよ」
「へー、妙に詳しいわね」
「ここうちから近いからさー、前に一度、ね。あ、そうだ!今うちの高校の野球部が試合やってるんだよ!甲子園予選の」
「ふーん。っていうか前に一度ってなにしたのよ・・・」
「準々決勝なんだよ!あと三回で甲子園だよ!今ねー、試合配信してくれてるんだー、父兄の誰かが。ちょっと見ていい?」
「いいよ、観れば」
「ちょっとお、さつきちゃーん。我々の高校が甲子園に行くかも知れないんだよ」
「すごいんだ。やっぱり甲子園って」
「おいおい、すごいなんてもんじゃないよ。うち地味に強いから。甲子園もベスト4までいったことあるんだよ!それにプロだって出てるんだぜえ。古くは四十年代にさかのぼるんだけど」
「そんな前のことを言われても・・・。でも、ここの学校ってけっこう前からあるんだ」
「そうだよ、っておっとお。八回裏、三対二だ!」
「勝ってるの?」
「うん、勝ってるよ!ほらあっちの山の向こう。球場があってさ。そこでやってんだよ」
「へー、近いんだ」
「そうなんだよー、なかなかいい球場でさー」
そう言った後ショーコは黙り、端末のモニターに集中していたので、さつきはコーラを少し飲み、ゲートボール場を囲んでいるフェンス、その先の道路、田んぼ、山を見た。
「っしゃあ!おらあ!勝ったどー!」
ショーコは立ち上がってボトルを掲げた。
「あ、終わったんだ。でもすごいよね。座ってるだけでも暑いのに」
「ああ、彼らは超人だよ。さつきちゃん」
「とりあえず暑いから、もど、あっ」
食器を持って立ち上がったさつきは動きを止めた。
「どうしたんだい、さつきちゃん」
「スプーンとナイフ、フォーク忘れた・・・」
「あっ」
ショーコは、ごめんこんな時に。と言いつつ持っていたコーラを一口飲んだ。
「まずい・・・。セットなのに」
「ぐ、しかし今から、また?」
後ろを振り向き、遠くに見える銀ビルを見てショーコは言った。
「仕方ない。これはわたしのミスでもあるし。あんた先帰ってて」
「え、さつきちゃん。まさか?」
「戻って買ってくる。わたしが持ってた食器はここに置いといていいよ。一緒に持って帰るから」
「この暑い中再び数十分・・・。本気だね、さつきちゃん」
「やるならちゃんとやりたいだけだから。じゃ」
「またねえー。家で待っとるよー」
さつきは神社を出て、いつもの田んぼに囲まれている道を歩く。
そして、なんとなく歓声が聞こえた気がして山の方を見ると、遠くに野球場のフェンスが見えた。