ポルターガイストローネ(3)
七月二十三日 午後一時 ショーコ宅
「あ、きれいになってるじゃない。昨日より」
さつきは玄関で靴を脱ぎながら言った。
「やあやあ、さつきちゃん。どうだい、わたしの掃除力は。なかなかのもんでしょ」
「まあ結局漫画積んで壁に寄せただけだけど」
ショーコの部屋は玄関から壁に沿って漫画が積まれ、部屋の壁も同様に前後の2列で積まれていた。
「ういーす、さつきも来たのかー」
「あ、理恵もいたんだ」
「続き読みに来た」
理恵は昨日持って帰った漫画を置き、壁にある漫画の中から続きを探し始めた。
「それで今日来てもらったのは他でもない。これのことだよ」
ショーコはテーブルを指差した。
「いちいち個別で呼ぶなんて。んでなによ。これって」
「あー、さつき気にしなくていいぞー。どうでもいいぞー」
あー、場所ぜんぜんわかんねーよ。理恵はぶつぶつ言いながら漫画を探し続けた。
「理恵ちゃん、どうでもよくないよ!これは天啓だよ!」
「だから何よ、これって」
「ほら、さつきちゃん。ギターのピックだよ!昨日掃除していたら漫画に挟まっていてさ」
「ピック?なにそれ」
「ギターを弾くときに使うやつだよ。弦をジャーンって」
ショーコはピックを持ちギターを弾く素振りを見せた。
「は?それが?」
「私たちにバンドやれってことでしょ、これ。やるっきゃないっしょ!」
「何で三年の夏休みから。わたし受験あるから。一人でやりなさい」
「まあまあ、大体決めてるんだよね。わたしたち三人で。まず理恵ちゃんはドラムね」
「おい・・・」
漫画を探していた理恵は振り返ってショーコを見た。
「立ち位置的におまえはそう見てるんだな。わたしのキャラクター設定的にドラムだと。よおくわかったよ!」
「理恵ちゃん、それは全国のドラムプレイヤーに失礼だよ!大丈夫、理恵ちゃんはいいドラムになるよ」
「いやまあいいんだけど。どっちみちやんねーし」
あ、一冊あった。理恵は見つけた漫画を端に置いた。
「まあまあ、それでさあ。やっぱさつきちゃんをどう使うかじゃん?この場合。フロントで使うか、最近のメジャー的に二番に強打者を置くスタイルでベースにするか。いろいろ考えたんだけどキーボードで歌ってもらって、わたしギター。理恵ちゃんドラムの、ベースレスがいいかなーって。バンド名も決めてるんだー《十七歳、本当にあった怖いバンド》にしようと思っててさ」
「だか」
「ちょっと待った!さつきちゃん!」
ショーコはさつきが喋ろうとしているのを両手で遮る。
「なによ!あんたが言っといて」
「まあまあ、ここから大体いつものやり取りが始まるからさ。今日は決めちゃおうよ、ね」
「あんたが毎回、同じくばかだからでしょ!」
「わたしホラーバンドがやりたいからさ、ずばり!ダラダラダラダラ、どん!今日ポルターガイストが起こったらバンド始めない?どうよ!」
「もう・・・。理恵、何とか言ってよ」
「いいじゃないのーさつき。それなら。どうせ起こらねーし。あ、ショーコごめん。昨日借りたやつの十二巻以降探して」
「ふ、理恵ちゃん。後悔するがいい。ってもう十二巻、はや!」
「これ割といい。わたしは探してるから話進めといて」
「理恵ちゃん。知らないんだねえ。これは信用できる筋から聞いた話なんだけどさ。ある大学の、有名なとこだよ。そこのちゃんとした教授がポルターガイストについて調べたんだ」
「へー、それで?」
理恵は作業を続けながら答える。
「食いついてきたね、理恵ちゃん。で、そこの有名な大学のさ。教授が本当にちゃんとした実験でさ」
「あのよお、ショーコ。そういうふうに言えば言うほど嘘っぽいぞ」
「ほんとなんだよ!それでさ、結局分からなかったんだよ。メカニズムは。でもね、ただ」
「ただ、ポルターガイストが起こったすべての家に十七歳の少女が住んでいた」
さつきは腕を組み、考え事をするときの癖である口に手を当てながら呟いた。
「さつきちゃん!一番おいしいとことらないでよ!」
「はいはい。わからなかったんだな、有名な大学のちゃんとした教授でも」
「理恵ちゃん、気づいてるかい?我々は全員十七歳だよ。つまり」
「確率は三倍、ね」
再びさつきがそう呟く。
「ぐお、また取られた・・・」
「おいおい、そんな単純計算。っていうかよ。普通に考えろよ、ゼロに何掛けてもゼロだろ、おまえら」
「まあまあ、とにかく始めよう。約束だよ!ポルターガイストで決めようね!」
「ちょっと。いいの理恵?」
「おー、いいぞー」
理恵は漫画を抱えながら片手で手を振った。
「よし、さつきちゃん!では」
「ちょっと待って。ショーコ。一つだけ条件があるわ」
「ほう、聞こうではないか」
「逆ならいいわ。わたしとあんたの立場が」
「逆?さつきちゃん。それはどういうことだい?」
「そのままよ。今日ポルターガイストが起きなかったらやってもいい。あんたの言う通り」
「お、おい。さつき、え、ちょ、ちょっと待て。逆ってなんだよ!」
見つけた漫画の巻数が抜けていないかチェックしていた理恵は作業を中断し、さつきを見た。
「そう来たか・・・、さすがさつきちゃん。うーん、えー。うーん」
ショーコは頭を揺らし考え込む。
「無理ならこの話はなかったことに」
さつきは鞄を持ちドアを見た。
「ま、待って。さつきちゃん。もうちょっと」
「おい、さつき!変に盛り上げるなって。面倒だぞ。おまえが来る前に言ってたけど、こいつ軽音楽部と文化祭に出る話までしてんだよ。大体なんだよ!ホラーバンドって!」
「わ、わかったよ。さつきちゃん。その条件で。その条件でやろう!」
「わかればいいのよ。じゃ、早速始めましょう。理恵ちゃんも一旦休止してこちらに」
「ええー、意味ないってー。なんだよー」
玄関付近で今日持ってきた漫画と入れ替えていた理恵は、ショーコに手を引かれながら部屋に戻ってきた。
ええと、これと、これ、これもかな。ショーコは台所から食器を持ってきて、さつき、理恵が囲んでいるテーブルに並べる。
「さあ、シンプルだけど食卓の上でこれらが揺れる、もしくは飛ぶ。でいいかい?」
「そんなところになるかな」
「だから、さつき。な、よく考えろ。普通に考えろ、な。揺れたらバンドやる、でいいじゃないか。揺れないだろ。逆ってなんだよ!」
理恵は食器の位置を微調整しているさつきの後ろに周り込んで肩を揺らした。
「大丈夫よ、大丈夫だから。理恵」
コップをずらした後、さつきは振り返って理恵を見て言った。
「なあ、さつき。大丈夫は、どういう意味なんだ・・・?」
「じゃあ、しばしご歓談を。のんびりと様子を観察しようではないか」
「ちょっと待って。追加は?」
「え、ないよ。全部だもん」
「これだけって?あんたふざけてんの?」
「でもさつきちゃん、一応食器だし」
「だから!なによこれは、これも、これも、これも!」
さつきはテーブルに乗せられた、茶碗、ラーメンどんぶり、お椀、刺身皿、箸、マグカップを指差して言った。
「だからさつきちゃん。わたしの家の」
「こんなのが動くわけないじゃない!考えなさい、ポルターガイストは外国のものでしょ。こんな日本丸出しの食器でどうすんのよ!」
「まあまあ、やってみないと分からないよ。ちょっとしばらく置いてみようよ」
「無駄よ。これじゃ。でも、とりあえず位置だけ変えるから」
テーブルの前に座り直し、さつきは再び食器の配置を調整した。
「・・・とりあえず終わったら教えてくれ」
理恵は壁に積まれた漫画から続きを探す作業に戻った。
十分後
「動いたかー」
理恵は借りる予定の漫画を横になって読みながら言った。
「うーん、動かないねえ。さつきちゃん」
「ほら、やっぱり」
さつきとショーコはテーブルに肘をつけ食器を凝視していた。
「でもまあ、これはこれで。さて、スタジオを予約するよ。さつきちゃん」
「は?何言ってんの。終わってないし」
「でも、もうやりようがないっていう」
「いや、だから。言ってるじゃない。これじゃダメだって。買いに行くわよ。ポルターガイストが起こる食器を」
「え、えええ!」
「ほら、理恵も」
「おいおい、さすがにそれは」
「ショーコ、食器売ってるとこある?この辺に」
「銀ビルの横に百円ショップがあったけど」
「わかった。じゃあ早く用意して」
さつきは鞄を持って立ち上がる。
「しかたねえ、ホラーバンドの為だ!行こうではないか」
「めんどくせー、もう」
理恵は二人を追いかけ玄関に行ったが、先程読んでいた漫画を忘れていたので取りに戻り、ビニール袋に入れて家を出た。