ポルターガイストローネ(2)
七月二十二日 午後二時三十分 ショーコ宅
「大体終わったかな」
さつきは部屋を見渡して言った。
「なあ、さつき。これのどこが終わってんだよ・・・?」
足の踏み場もないほど漫画が散らばった部屋の中央で、ショーコと理恵が立ちすくんでいる。
「きれいにすべきところは終わったってこと。あとは整理だけでしょ。ショーコだけでもできるし」
「さつきちゃん、こんな状態じゃ寝れないよ。わたしのマットレスとか、こたつテーブルがひっくり返ってるよ!」
「しょうがないわね。じゃ、ちょっとだけ」
「よかったあ。一時は横の神社で寝ることも」
「ショーコの家さ。広さに比べて漫画置き過ぎなんだよ。八畳ワンルームの収納スペースをこえてるぞ、これ。何冊あるんだよ。数百、いや千いってんじゃね」
「いやー、なんだかんだでさ、必要なんだよ。漫画は友達だから」
「あんた友達っていいながら、ずっと漫画床に置いてるだけじゃない。玄関入ってから壁沿いに」
「それは、ほらスペースの問題でだね。さつきちゃん。やっぱ友達だけに気取らないっていうか」
「ほんとに読んでるのかよ、こんな適当に積んでるだけで」
理恵は料理漫画を一冊手に取ってパラパラとめくる。
「全部読んでるよ!理恵ちゃん、それはねえ。いい話入ってるんだよ。オムレツを作るときはフライパンを別にしないと味が移るっていう話でね。それでわたしはフライパンを二つ持ってるんだよ。卵とそれ以外用とね!」
「だからフライパンだけ二本あったのね、他は全然足りないのに。それにおかしいと思ったのよ。さっき料理がどうのこうの言ってたのも、最近料理漫画読んだだけね」
「ふ、わたしは影響を受けたことは否定しないよ。それは恥じゃない!」
ショーコは壁に掛けているフライパンを指差して言った。
「こんなにいらないでしょ。売ればいいじゃない。必要なのだけ選びなさい」
「そうだな。買い取りに来てもらおう。整理するよりはえーよ」
ちょっと探すわ。理恵は端末を操作し業者を探した。
「ちょ、ちょっと、理恵ちゃん。探さないでしょ!それに漫画は友達だよ、優先順位なんて付けられないし、友達を売るなんてできるわけない!」
「でもよ、なんか漫画愛なのかわからないけど」
理恵は持っていた漫画を裏返してショーコに見せる。
「ほら大手のシール付いてる。大体ショーコの家にあるのって大体中古じゃん。結局」
「あ、そうなんだ」
「ほら、この辺のも」
さつきと理恵は散らばっている漫画を何冊か確認した。
「ま、友達友達言ってるけど。結局その友達を作ってる人とは関係のないとこで買ってるし。一緒だろ?売るのも買うのも」
「理恵見つかった?業者」
「ああ、もう掃除したくねー」
「待って!違うんだよ、わたしはね。救ってるんだよ、友達を!」
は?救う?電話を掛けようとしていた理恵はショーコを見た。
「ほら、売って買って買って売ってを繰り返されていく友達、連鎖の中にいる友達。それをわたしは救ってるんだよ!わたしのところに来たらもう安心だよ。売られたり買われたりすることなく過ごせるんだよ。わたしはただ、ただこの子たちを救いたいんだよ!」
「理屈はわかんねーけど、漫画はショーコのだし置いといてやるか。ま、次からは新刊を救ってやるんだな。ショーコの言う連鎖から」
「わ、わたしはよりダメージを受けた友達から、わたしの元に来させてあげたかっただけなんだよ・・・」
「はいはい、中古が安いから買ってるだけでしょ。ほらショーコ、掃除始めるよ、いつまでたっても終わらないから」
ショーコは散らばっている漫画を何冊か抱きしめた。
「よかったねえ。奴隷商人から救われたよ。もう安心だよ」
「だれが奴隷商人だよ!じゃあとりあえず適当に壁に寄せとくぞ」
漫画を数冊重ねて持っていた理恵は、壁に漫画をそのまま置いた。
「いやあ、いい機会だからこの際整理をしようかねえ」
「また面倒なことを、なによタイトルの五十音順?」
さつきは腰に両手をつけて、落ちている漫画を一冊拾った。
「うーん、出版社別にしようかな」
「それは無理、って理恵、あんたさぽってるじゃない!」
「ちょっと休憩、これ読んだらやるわー」
理恵はこたつテーブル腰掛け漫画を読んでいた。
「じゃあ、とりあえず漫画は壁に寄せるとして。あとテレビとパソコンはここ。マットレスはそっちね」
さつきは指差しでショーコに指示を出す。
「おお、いいじゃない。模様替えも兼ねて。あー、テレビそっちかー」
「あんたさ、テレビを部屋の角に置くって。スペース無駄じゃない」
「いやー、わたしが影響を受けた映画では大抵隅に置いていたよ」
「それは分厚かったからでしょ。あと掃除機はないの?」
「あー、ないよ。うちは全部これで」
ショーコはそう言って散らかった部屋からコロコロを手に取った。
「は?床はどうすんのよ」
「ほら、布団で一回なじませてからやるんだよ。そうすれば床にもひっつかない!わたしはこれ自分で発見したんだよ!」
「まあ百円ショップで売ってるけどな。フローリング用」
理恵は漫画から視線をそらさずに言った。
「え?う、うそでしょ理恵ちゃん」
「てかあっついな!おし」
部屋の中の漫画を探し始めた理恵を見て、おお、理恵ちゃん。やっと掃除を!とよろよろと理恵に近づいた。
「いや、とりあえずこの漫画あるだけ持って帰るわ。家で読む」
「じゃあ、わたしも帰る。自分の家なんだからちゃんとやるのよ」
さつきは部屋の隅に置いていた鞄を持った。
「あ、ショーコこのビニール袋貰ってくわ」
漫画をビニール袋に詰め玄関に向かい、わたしも途中まで一緒に。とさつきも理恵に続く。
「ちょっと待ってよー!さつきちゃん、理恵ちゃん!」
ショーコは漫画で埋め尽くされた部屋で叫んだ。