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ポルターガイストローネ(1)


七月二十二日 午後一時十五分 ショーコ宅



「暑い、暑いよ、さつきちゃん」

 ショーコは制服のまま床に寝そべっていた。


「あんたの家でしょ、てか冷房はどうしたのよ」

 座椅子に座っていたさつきは頭上にあるエアコンを見上げる。


「一週間前から、調子悪くて。うう、夏本番になってから急に」

「最近三十度超えてるのに。あんたどうやって生活してるのよ」

「ふ、さつきちゃん。人間は環境に適応できるんだよ。知恵でね」

 ショーコはそう言って冷凍室から凍らせたタオルを二枚取り出し、さつきの前でくるくると回す。


「ほら、こうやって凍らせたタオルを床に押し付けるように置いてだね」

「なにそれ?」

「床を冷やしてるんだよ。ほら、そろそろ食べごろだよ!」

 ショーコはタオルをよけて冷たくなった床に腰を下ろした。


「ひゅううう、冷たいー、さらにー。横にタオルを置いている床が冷えてるぜえ」

「へえ・・・」

 読みかけの本を置いて、さつきは床に座っているショーコを眺めた。


「次は太腿あたりやっちゃおうかなあ」

 ショーコは横になりタオルを置いていた場所に太腿を置き、きくう!最高!と悶絶する。

 

 そして数秒経った後、ショーコは立ち上がり、使っていたタオルを水で洗って、冷凍室の中のタオルと入れ替えた。


「おらおら、この作業中にも床が冷えてるぜえ。おし、じゃあゲストのさつきちゃんにはダブルで」

 ショーコはさつきが座っていた床の近くにタオルを置いた。


「五、四、三、・・・。はい!きた冷えたよ!ほら、スカート越しの太腿いっちゃっていいよ!」

 さつきは座椅子に腰を下ろしたまま、ショーコが置いたタオルを足で払った。


「あああ、もったいない!いちばんいい瞬間を。ぬるくなっちゃうよ!」

「床に太腿なんてつけないから!大体制服汚れるし」

「えええ、気持ちいいのにー」

「逆に気持ち悪いでしょ。大体冷たいタオル使うなら、それで顔を冷やすなり、頭にのせるなりすればいいじゃない」

「違うんだよなあ、床を冷たくしたときのフィット感がさあ。気持ちいいんだよねえ」

「まあ、あんたの体だし。別にいいんだけど」

「さつきちゃあん。突き放しは一番だめだよお。それは。あ、でもこれなら」

 ショーコは再び冷蔵室からタオルを取り出して床を冷やした。


「何枚入れてるのよ・・・」

「ほら、足裏ならいいんじゃない。そして直接いっちゃったほうが冷たくて気持ちいいよ」

「関係ないし。足か、それならまあ」

 さつきは座ったまま片方の靴下を脱ぎ、タオルが置いてあった場所に足を乗せた。


「冷たい?ねえ。冷たい?」

 さつきの近くをうろうろしながらショーコは言った。

「うん、まあ」

「気持ちいい?ねえ冷たい?」

「冷たいって!何回もうるさい!」

「いやー、さつきちゃん。わたし目覚めちゃったかも。料理に」

「は?」

「人にさ、喜んでもらえるとうれしいよねえ。やっぱ。そして出来たてを味わってもらいたいって気持ち。初めてわかったよ」

「料理は関係ないでしょ、雑巾と」

「ぞ、雑巾!」

「最近あんたの家の床きれいだと思ったらこういうことだったんだ」

「え、なんで」

「だってさ、まめに拭き掃除してるみたいなもんでしょ。これ」

「で、でもタオルだよ!雑巾じゃないよ!」

「まあ、言い方はいいけど。水で濡らして、床拭いて、洗って。を繰り返してるんでしょ」

「い、言われてみれば」

「ほら」

 さつきは部屋の隅を指差した。


「そこさ、テレビ動かして床冷やしたほうがいいんじゃない?」

「それじゃ掃除だよお!」

「キッチンのとこもやれば。っていうかワンルームなんだし全体的に。前から気になってたんだ。あんたの部屋」

「やばい、季節外れの大掃除をさせられる!」



「おすー、鍵空いてたから入ってきたぞ、って、なにやってんだよ」

 さつきとショーコが冷蔵庫を動かしているところを見て理恵は言った。


「あ、理恵来たんだ」

 さつきは先程取り出したタオルで額の汗を拭う。


「おお、いいところに。理恵ちゃん。地獄の八時間目終わったんだね。いきなりですまないが、わたしとさつきちゃんが持ちあげてるからそのすきに下を拭いてくれないかい?」

「この暑いのに。なんだよ、これは」

 

 ショーコの部屋は、マンガ、服、フィギア、皿、カラーボックス、テレビのモニター等が乱雑に入り混じり、床が埋め尽くされていた。


「ちょっとした。うう。ちょっとしたボタンの掛け違いで。理恵ちゃん、うう。がちんこの掃除を」

「ほら、理恵早く。今上げるから。そこにある雑巾で下を」

「わたしのタオルが本格的に雑巾に・・・」

「ショーコ、上げるよ、はい。せーの」

「うう、悲しみを力に変えて。おっしゃあ」

 さつきとショーコは冷蔵庫を持ち上げた。


「おいおい、展開はやすぎんだよ」

 肩に掛けていた鞄を下ろし、理恵は雑巾を持って屈んだ。


「り、理恵ちゃん。はやく。も、もう」

「ショーコ!ちゃんと持ちな!ほら」

「なんか、怖えよ、拭いた、おい。拭いたぞ!」

「よ、よし。降ろすわ。ショーコいい?」

「おっけいー」

 

 さつきは周りを見渡し、次はシンクとガスコンロかな。と冷凍室から新しいタオルを取り出す。


「さつきちゃん、まさかそれも!」

「洗えばいいでしょ。はい、ショーコ。コンロ拭いて」

 さつきはショーコにタオルを1枚手渡した。


「おいー、この使って汚れたやつどうすんだー?」

 冷蔵庫の横で理恵は雑巾をひらひらと揺らしていた。


「あ、ちょっと待って」

「うう、わたしの冷房器具が・・・」

 

 タオルを握りしめているショーコを、ちょっとどいて、と言って横にずらし、さつきはシンクの下を開けて中を覗き込んだ。


「あるじゃない。ちょっと小さいけど」

 さつきはどんぶりを持って、ショーコに見せた。


「さ、さつきちゃん。それはわたしのラーメンどんぶりだよ!」

「いいって。洗えば。理恵もここに入れといて」

 

 さつきはシンクにラーメンどんぶりを置き、水を入れたあと、さつきは既に使っていた雑巾を入れた。


「ぎゃあああ!わたしの生活の衛生面が下がりまくってるよー!」

 ショーコは叫びながら膝から崩れ落ちた。

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