メルちゃんの友達(7)
七月二日 午後六時二十分 甲々寺 本堂周辺
供養の相談をしている時、是非やってみたいと譲らないショーコにカメ子は最後まで反対していたが、カメ子の父が折れる形で、カメ子とショーコが供養の準備、さつきとカメ子の父がそれを見守ることとなった。
「あのそういえばお金は?」
「必要ないですよ。今回は一体だけですので」
「でも、あんなちゃんとした」
ショーコとカメ子は協力して木を組んで台上にしたものを作っており、既にカメ子とショーコの身長程度までの高さになっていた。
「いやー、ちっちゃなキャンプファイアーみたいだねえ。カメ子ちゃん」
「だから、そっち歪んでるって何回言えばいいんだよ!ちゃんと持てよ!」
あのばかは・・・。作業を忘れてやぐらを眺めていたショーコに対し、さつきは小さく呟いた。
「ええと、あんなちゃんとしたものを作ってくれて」
「ああ、いいんです。香代子に経験させておくためでもありますから」
「そうなんですね。あ、それで。今さらというか。言いにくいんですけど」
「なんですか?」
「本当に供養って必要なんでしょうか?」
カメ子の父はやぐらを見ていた視線をゆっくりとさつきに向ける。
「そういう人は多いですよ。そしてわたしはこう言っています。供養するのはあなたのせいでもないし人形のせいでもない。あなたのため、人形のために供養するのだ、と」
「そういう考えなんですね。まあ、確かに」
「だから何でそうなるんだよ、下と合わせろよ!」
「いやあ、映像にするときはこれぐらい前を傾けたほうが、夕日がきれいに入るよ」
「いらねえんだよ!そういうのは、ちゃんとやれって!」
「また、あの子は!」
ちょっと、すいません。さつきは、カメ子父に会釈した後、やぐらを作っている二人に近づいた。
「ねえ、わたしここから真っ直ぐになってるか見るからゆっくり積んで」
「高野さん、ありがとう!手伝ってくれて」
「おお、力強いよ。では確認を」
その後の作業は三人で協力するということになったが、主にさつきとカメ子が行い、ショーコは撮影に専念していた。
「おお、出来たよ。ねえ、さつきちゃん」
「うん、でもいいのかな。こんな本格的に」
やぐらは木材を交互に並べて組み上げられており、高さはさつきの身長を少し上回る程度で、中心にちょうど人が一人入る程度のスペースを作っていた。
「じゃあ、高野さん。人形入れるね」
カメ子はさつきから受けとった人形を、中心の空いたスペースに入れ、その上に、『メルちゃん』『さつきとショーコ』と書かれた二枚の半紙を乗せた。
「じゃあ、火を入れるから二人は下がってて」
カメ子が作業に入り、さつきとショーコは本堂の近くに下がった。
でも、本当にこれでいいんだろうか。腕を組んで作業を見ていたさつきは思う。
メルちゃんは『メルちゃんの友達』として作られて、わたしたちによって『メルちゃん』となった。もしかしてそこに要因があるのかも。『メルちゃんの友達』を無理やり『メルちゃん』にしたから、メルちゃんは混乱したのかもしれない。それがわたしとショーコに伝わり、結果メルちゃんのことを変に意識して妙な行動をとってしまった。
だから、わたしたちが『メルちゃんの友達』になることができれば、メルちゃんも自分の新しい立ち位置がわかって安定し、わたしとショーコも自然に接することができるかもしれない。
いや、違う。もうなってるんだ。わかってなくてわたしたちは勝手に怖がって。自覚してなかっただけなんだ。メルちゃんが混乱していたとするならば、それはわたしたちがわかってなかったから。だって『メルちゃんの友達』を『メルちゃん』にした時点でもうなってた。
だったら、そうなんだったら。さつきはこれまでの経緯を思い出した。
メルちゃんの友達はわたしたちだ。
燃え始めたやぐらに気付いたさつきは水場に走った。
「ショーコ!水追加分、用意しといて」
水道の近くにあったバケツに水を入れながらさつきは言った。
「え、さつきちゃん。まさか」
「取りあえずこれ溜まったらわたし行くから」
「おうらい、がってんしょうちー!」
「これぐらいあれば」
さつきは、ある程度水が溜まったバケツを持ちあげ、自分に頭から水をかける。
「えええ!やぐらにかけるじゃなくて、じ、自分なの!?」
「ごめん、時間ないからあんたは直接ホースでやぐらに!」
さつきはやぐらに向けて走り出した。
住職の考えもわかるし、正しいとも思う。でも、それでも。それでも、誰かを救うために、誰かを犠牲にするなんて間違ってる。たとえそれが、たとえそれが、
たとえそれが人形だとしても!
さつきの後方からショーコがホースでやぐらに水を掛け始め、火の勢いは収まりつつあり、それを確認したさつきは勢いをつけたままやぐらに飛び込んだ。
翌々日 午後四時二十分 ショーコ宅
「このゴミが住んでいるゴミだらけの部屋に高野さんがいるなんて」
カメ子は足元にあったペットボトルのコーラを蹴り飛ばした。
「やめてえ!わたしのコーラが、炭酸がああ!」
「大丈夫、わたし大体そこに座ってるから」
さつきが指差した座椅子周辺のみ物が落ちておらず、また座椅子の横にある木製の二段のボックスには、さつきの私物が整理して置かれていた。
「確かにそこだけきれいだね。あ、そういえば高野さん。人形は?」
「ああ、メルちゃん?そこに」
さつきはテレビのモニターの横を指差した。
メルちゃんは所々服に黒い布が貼られているが、髪や体は以前のままだった。
「いやー、あの日以来全然怖くなくなってさ。まじで亀寺やばい、もろに効いてるよ。さつきちゃんも無事だったし、供養してほんとよかった!」
「結果としてはよかったよね。家に置いといても平気みたいだし」
メルちゃんを見ながらさつきは頷く。
「ありがとう。高野さんがいいなら供養してよかった。でも、そのことで謝りたくて今日は来たんだ。それでこれは父親から」
カメ子は袋から礼服を取り出しさつきに手渡す。
「え?なんで、これって」
「服大分汚しちゃったし。それで父親が、依頼者の心情を理解できなくて申し訳ないって。せめて服だけでもって」
「そんな、亀山さん。こっちがお願いしたんだし。それにあれもまだ着れるから」
「いやー、いくら住職とはいえ、初見でさつきちゃんを理解するのは無理だよ。わたしも後で、メルちゃんの友達が、メルちゃんになったから、そのメルちゃんの友達は、って説明されたけど正直いまいち」
「お前は黙ってろ、ボケ!で、買ったときに二着目千円だったから」
カメ子は礼服をもう一枚、袋から取り出した。
「おお、それまだやってたんだ!お得だよね、それ」
「高野さんが着てるの見て、いいなーって思って。二着目はわたしのサイズにしちゃったんだけど」
あ、でも。とカメ子は最初に渡した礼服を指差した。
「こっちは高野さんに合わせてるから。でもサイズは何となくだから、ちゃんと合わないかもしれないけど」
「おっし、じゃあせっかくだし。二人着替えちゃおうよ!」
ショーコは礼服を二着持たせカメラを構える。
「ええ、なんでよ。別にどこも行かないのに」
「いいから、いいから。ほらカメ子ちゃんも」
「おい!せっかく新しかったのに、お前が触ったからゴミになったじゃねえか!どうしてくれるんだよ、この服を!」
「まあまあ、ほらほら」
ショーコに押されて、さつきはトイレで、カメ子は浴室で着替えた。
「おお、いいじゃない!二人共」
「サイズは合ってるよ。ありがとう、亀山さん」
さつきは上着とスカートの丈を確かめながら言った。
「よかった。高野さんに合って」
カメ子はちらちらとさつきを見ながら言った。
「おし、記念に二人をがっちりカメラ使って動画で撮っちゃおう」
ショーコがレンズを二人に向けると、おい、クソ野郎。わたしのでやれ。カメ子は自分の端末を取り出し、ショーコに顔を近づけた。
「いいか。クズなりに、ちゃんと聞け、クズ。とりあえず最初は連射で撮りまくれ、二百枚ぐらい。そんでその後は動画に切り替えて、出来るだけ長く撮れ。あと撮影中、お前はしゃべるな」
「え?それはさすがに無理が」
「出来なかったら、寺のすべてを使ってお前を追い込む、わかったな」
「なにそれ。寺のすべて、って・・・」
「わからないのか?じゃあ失敗して見ろ。わかるから」
「あ、ああ。あ、うん。わ、わかったよ。カメ子ちゃん・・・」
ショーコは自分のカメラを震えながら床に置き、カメ子の端末を受け取った。
「もういい?脱いで」
「ごめん、高野さん。一枚だけいい?」
「え、うん。まあいいけど」
「じゃあ、さ、さつきちゃん。い、いくよ」
ショーコは震えながら端末を構える。
端末のモニターに映るカメ子は笑っていた。
メルちゃんの友達 終わり