霊を撮るには、前からそして後ろから(2)
五月十七日 午後五時五分 団地周辺
銀ビルの横を通り抜け、歩道と信号がある道に出たさつきとショーコは、文房具屋、交番、パン屋の横を通り、病院がある交差点で右折して団地敷地内入り口にある地図の前に立った。
「ええと、今はどこだい?」
「ここはA棟側でしょ、だから」
この辺じゃない?さつきは入り口にある地図の現在地と書いてある場所を指した。
「あー、なるほど。単純に結局ここ現在地だもんね。地図にも現在地って書いてあるし。あっちがB棟ね、はいはい。四つあってA-1がここで、A-4があっちか」
「Bも同じように四つの建物があるみたいね」
看板から目を離し、さつきは奥にあるB棟を見た。
「そこのさ、建物に囲まれた真ん中の公園みたいなとこ。あそこで待ってようよ。ゲストが来るからさ」
「ゲストって誰?」
「うんうん。あ、Bのほうにもういるっぽい」
ショーコは端末を操作しながら、もうすぐだよ。と送る文面を独り言として呟く。
「いや、だから誰よ」
「まあまあ、向かおうではないか」
「いやだから!」
歩き出したショーコの背中に向かって言った。
「おおい、理恵ちゃーん!」
ショーコはA棟の公園のベンチに座り、端末を片手で操作している理恵(17歳)に手を振る。
「おー、お前ら遅いよー」
「え、理恵?」
う、え?なんで?理恵と目が合ったさつきは、戸惑いながら小さく手を挙げた。
「んで何すんの?」
「自主制作のホラー映画を撮るんだよ。おおし、じゃあわたくしはちょっと下見を」
ショーコはカメラをリュックから取り出し起動させる。
「な、あんたいきなり」
「ちょっとお二人は待機しててー、映像のイメージを掴んでくるから」
じゃあねえ。モニターを観ながらショーコはA-4に向かった。
ショーコがいなくなった後、久しぶりだね。と挨拶しさつきは理恵の横に座る。
「今日部活はどうしたの。ジャージなのに」
「部活は休み。今は髪切った帰りだな。それでなんかショーコが動きやすい服装で来いっていうからさ」
「あのばか、ほんとに。でもまた結構短くなったね。耳出てるし」
「短いのも需要あんだよ。確実に少数を取れるからな!でも、今日のはこっちが訊きたいという。さつき、最近ショーコとこんなことしてんの?孤高のイメージ飽きた?」
「なによ、それ。元々ないしそんなの。今回はたまたまよ。別に流れっていうか。ついでだし」
「へー、なるほどねえ」
うーん、と言いながら理恵はベンチに持たれて両手を上げる。
「取りあえずさ、ショーコの言ってた自主制作のホラー映画って何?」
「知らない、さっき急にあの子が言いだして」
「さつき出るの?」
「で、出ないって!帰りに寄っただけだから」
「へー、そうなんだ」
「うん、そう」
さつきは座り直し体制を少し変えた。
「そういえば部活どうなの?」
「うーん、まあ何だかんだとね。でも練習は好きなように出来るからそれはいいな」
「あー、それはいいね」
「そうそう」
その後しばらくの沈黙があり、理恵が端末を取り出して操作し始めたので、さつきは何となく公園内に設置された遊具と一体化した時計を見ていると、A-4から戻ってくるショーコが目に入り、あ、理恵。ショーコ帰ってきた。とショーコを指しながらさつきは立ち上がった。
「いやあ、思った以上に団地感あるね」
ショーコはカメラのモニターを見ながらさつきと理恵の前に立ち、ゆっくりとさつき、理恵、さつき、理恵と交互に枠に入れた。
そりゃあ、団地だからな。理恵は手に持っていた端末のモニターから目を離さず操作を続ける。
「もう、いいでしょ。わたし帰るから」
「ちょっと待って、2人共に主演という、いわゆるダブル主演状態だから。それで今、設定を思いついたんだよ、二人は友達で、そうだ高校生の設定でいこう!」
「それは設定じゃなくて現実じゃない」
「わざわざ作る意味ねー」
「もっと細かいところまで考えてるんだあ。んとねえ、高校生の二人はねえ、同じ中学に通ってたんだ。それでね、中学の頃は仲良かったんだけど、高校に入ってからは片っぽが割と部活に専念してね。何となく距離がさ。それで、いつの間にか二人で会うのはちょっと気まずい感じになってきちゃって。会話が何となく繋がらないんだよ、二人だと。誰か挟んで三人だと平気なんだけどねえ。そんな時に共通の知り合いが映画撮ろうって言いだしてさ。それで二人は」
ショーコは喋りながら片膝立ちになり、立っているさつきとベンチに座る理恵が映った状態でカメラを固定する。
「お、おい!お前・・・」
理恵は端末を膝にを置いて一瞬さつきを見た後、ショーコに視線を向けた。
「なんだい、理恵ちゃん?あ、理恵ちゃんが部活に専念してるほうね。そして団地の事件は踊り場で起こる!ベンチからスタートし、久しぶりに二人で会った気まずい感じを出してね。今から本番やっちゃうから。そして次のシーンは階段だよ。部活、部活じゃないほう。一緒に登っていこう。それで踊り場、夕日、ハイ、カット!いけるよ!」
「だから部活じゃないほうってなによ!」
さつきはカメラを持っているショーコの手を掴んだ。
「さつきちゃん、わかってるじゃない。そっちだよー。そしてカメラは止めない、止まらない」
「おい、ショーコ。お前なあ、こういうのはなあ、こういうのはデリケートな・・・」
「え?もう、いやだなあ。二人のことじゃないよ。フィクション。演出だよお。こういう短編のも見たことあってさあ。インスパイアされちゃって」
ショーコは再びカメラのモニターに目を移すと、急にさつきが鞄を持って歩き始めた。
「おお、来た来た。始まったんだね!さつきちゃん」
「もういい、階段登れば終わるんでしょ。あんたが余計なこというから変な感じになったし!」
さつきは鞄を持ってショーコが下見したA-4に向かった。
「いいよ!その感じでそのまま進んで。うん、そこから部活が遅れて立ち上がる。よし、一旦追い越しちゃおう」
「お、おい。さつき置いていくな!」
お、さすが!臨場感ましてきたね!慌てて端末を鞄にしまった理恵にショーコはカメラを向ける。
「部活は追いかける感じ続けて。そのままA-4だよ。四階までどんどんいこう!」
さつきと理恵が建物に向かっていく後ろをショーコは撮影しながら付いていった。
「いいよそのまま、登ってー」
さつきと理恵は並んで薄暗い階段を登っていた。
「なあ、さつき。あいつまじなの?」
理恵はさつきに小声で話しかけた。
「わかんない。でも」
さつきは振り返って後ろから撮影しているショーコをにらむ。
「お、カメラ目線!いいねえ。アドリブきた!」
「あの子はわたし達の関係をどうにか、とか考えているわけでわない。それだけは言える。あ、別に」
さつきは理恵から視線をそらした。
「もともと、関係がどうとかはないけど・・・」
「お、おお。そうだよな。うん。そうそう」
「そろそろ最上階の踊り場だよ!二人一旦止まって!」
「はいはい」
さつきと理恵は踊り場で立ち止まった。
外階段の踊り場から三階建てのショッピングモール「ビイオ」と夕日が見え、さつきは、あ、ビイオ。と思わず口にした。
「部活ちゃんも、並んで外を見てー。おお、ビイオだ。いいねえ」
「割と遠くまで見えるな。あれビイオだろ?」
理恵は自然にさつきの横に立ちそうだよな?とさつきに確認する。
「おっけえ!ハイ、カットオオ!。撮れたよ」
「終わったのね。じゃ」
さつきが振り向いて降りようとすると、
「ちょっと待って。さっきも見たんだけどさ。この上の部屋今、空いてるんだよね」
「へえ。あ、そうだな」
理恵が踊り場からドアの郵便受けを見ると、郵便物が入らないようにテープで塞がれていた。
「おし、じゃあ。ドアが勝手に開くか、この世のものじゃないものがドアを開けるまで一旦待機だね。なあに、雰囲気も作ったしこのパターンだと割とすぐ開くから」
「はあ?どっちにしろ開くわけねえだろ!」
理恵はドアを指差して言った。
「そう、ショーコ。開くわけない。でもね、もし開いたとしたらどうなる?誰かが危ない目に合うかもしれないじゃない!」
「た、確かに。え、映画に気を取られていて。で、でも」
「この辺にしときなさい。もうすぐ日も落ちるし」
「そうだな。なんかよくわからんけど。帰ろうぜー」
さつきと理恵は階段を降り始めていたが、ショーコは1人階段を登り、空いている部屋のドアの前にリュックを置いた。
「ほらショーコ行くよ」
階段下からさつきはショーコに声を掛ける。
「あ、ちょっと待って、一応」
ショーコは鞄から塩コショウを取り出し、あ、そっか。新しいもんね。と言いつつ蓋を開けて中のビニールを剥がす。
「ばか!ショーコあんた何を!」
ショーコの手にある塩コショウを見たさつきは階段を駆け上がり、やめなさい!と塩コショウを取り上げた。
「さつきちゃん、そんな大げさな。ちょっとお祓いをやっておこうと思っただけで」
「塩コショウをここで振りかけたってただの嫌がらせだから!」
「ええ、だって汚れても呪われるよりはいいよ」
「塩だけならまだしも。あんたが塩コショウにするから」
「じゃあ、日本酒だけでも軽くドアに掛けとく?」
まあ、この場合それなら。いやでも。さつきは塩コショウを持ったまま口元に手を当て呟きながら考え込んだ。
「おい、お前ら。どっちもやめとけって!」
先に降りていた理恵が階段を登り、ショーコの手を引いて、な、もういって。と下に降りるよう促した。
「まあこのまま降りるのも正解。やめときなさい」
「安全に配慮した行動なんだけどなあ」
「なあ、ショーコ。配慮っていうのは相手にだな」
さつきは1人で、それを追うように理恵とショーコは並んで話しながら降りた。
外灯が付き始めた公園でショーコは周りを撮影しており、理恵はベンチに座って端末を操作し、その横でさつきは目の前にあった時計の秒針を眺めていた。
「ショーコって確か一人暮らしだよな、アパートで」
画面から視線を外さずに理恵は言った。
「そう、銀ビルの坂登ったとこ」
「けっこう家行ってんの?」
「うん、まあたまにだけど」
「なんで一人暮らしなんだろうなあ」
「よく知らない」
さつきは撮影しているショーコを一瞬見て、また時計に視線を移した。
「おらーい。すばらしい素材だったよ。これで布石はできた」
「おいおい、いくらなんでも適当すぎないか?」
理恵は端末を鞄にしまいながら立ち上がった。
「ふ、理恵ちゃん。必要なのは密度。今日撮った映像密度なんてもうやばいから。画面の端から端までがっちがちだよ」
「よくわかんないけど、終わったんならよかったな。さつきどっから帰る?」
「あ、ごめん。わたしそこのドラッグストア寄ってく」
さつきは団地の向かいの店を方向を指し歩き出した。
「よしよし、理恵ちゃん。わたしと途中まで行こう。今回の企画の説明をだね」
「えー、別にいいわー。じゃあさつきまたなー」
「じゃあねー、さつきちゃん」
理恵とショーコは来た道の方向へ向かった。
さつきはショーコ達と別の方角から団地敷地内を出て、目の前にある通りの横断歩道の前に立っていたが、信号が赤から青に変わる瞬間、背後の団地A-4の方角から視線を感じた。
わかってる。この流れで振り返っていいことがあるわけがない。一瞬振り返りそうになったさつきは姿勢を正し、真っ直ぐ前を見て信号を渡った。