メルちゃんの友達(5)
七月二日 午後五時十分 甲々寺周辺
「おうおう、やってきたよ。寺に」
「ほんと近いとこにあったんだね。あんたの家からもすぐじゃない」
ショーコは家で礼服を着てファミリーレストランに戻り、服を受け取ったさつきは途中のコンビニで礼服に着替えていた。
「いやあ、やっぱり引き締まるねえ。この服は」
「まだ中は制服のブラウスなの?いい加減買ったら」
「今月の収支を見て検討する予定なんだよー。とりあえずこれが今の精一杯でさ。じゃあ行っちゃおう」
「まあ別にあんたが何を着てもいいんだけど」
さつきとショーコは正門から寺に入った。
寺の敷地に入ると本堂が入り口から正面に見え、左側には大きな鐘があった。そして、右側には本堂と繋がっている二階建ての住居があり、ショーコは、ええ、っと。と言いながらも、迷わず住宅に向かいインターホンを押した。
「あれえ、出ないなあ」
さつきは再びインターホンを押そうとしたショーコの手を掴んだ。
「ねえ、ちょっと。ここは住居一体型の寺っぽいし。寺の入り口は向こうじゃ」
「あれ?そういうもんなの」
とショーコが手を引っ込めた瞬間、
はいー。と女の声がインターホン越しから流れた。
「あのー、人形の件なんですけどー」
「え、なんですか」
「ちょっと人形の件で相談が」
「あー、はいー。人形ですね」
「ねえ、ちょっと。大丈夫なの。なんか女の子の声だったけど」
さつきは辺りを見ながら小声で言った。
「うーん、供養に年は関係ないからねえ。とりあえず相談を」
いま開けますねー。重量感のある引き戸のドアが開くと、中からスエット上下でサンダルを履いて出てきた女は、
「人形供養の件ですね。え、っておい!ショーコお前なにしてんだよ!」
とショーコを見て怒鳴った。
「あ、カメ子ちゃん、カメ子ちゃんだ!そういえばここ亀寺って。ああー、なるほどー。わかったよ、カメ子ちゃんの寺かー」
「おいこら、ボケ!いきなりその呼び方で言いやがって。大体お前なんで勝手に入ってきてんだよ。なあ、おい!」
「あ、あのう」
横にいたさつきがおずおずと口を挟んだ。
「あ。え、えええ!高野さん、え。なんで高野さんが。ショーコと、ええ?」
「亀山さん(17歳)だよね。一回同じクラスになったことあると思うんだけど」
「あ、ごめん。高野さん、わたしこんな恰好だから。ちょっと、ちょっと待ってて!着替えてくるから、その後話を」
「うん、わかった。どこにいれば」
「ええと、ちょっとあっちで」
カメ子は本堂の方を指差し、
「寺の、あそこ登って賽銭箱あるとこ。そこから裏に回ると中に入れるから。本堂の中そこで待ってて。すぐ行くから!」
「おお、亀寺の中に入れるんだね」
「おい、お前は別だ。ここから出ていけ。んでその辺でトラックにでも轢かれてろ」
カメ子はそう言って家の中に戻った。
「ねえ、ショーコ。あんた亀山さんとどういう関係なの・・・?」
「うーん、わたしはカメ子ちゃんのことわりと好きなんだけどなあ」
「よく知らないけど、学校だと別に普通だったよ。あんな雰囲気見たことない」
「まあとりあえず中に入ってよう」
「大丈夫なの?あの感じだとあんたが中にいたら」
歩き出したショーコに、さつきは心配そうに告げる。
「大丈夫だよー、カメ子ちゃんなりの歓迎さ」
「そういうところが、亀山さん嫌いなんじゃないの」
その後もカメ子について話ながらさつきとショーコは本堂に向かった。
本堂の中は過度な装飾はなく、部屋の前方、内陣にある観音開きの仏具も、室内と同様に無駄がないが重厚な造りをしており、さつきとショーコはその雰囲気に圧倒された。
「すごいねえ。これ」
「うん、あんまりちゃんと見たことなかったかも」
じゃあ、とりあえず。ショーコは部屋の隅に重ねられていた座布団を三枚持ってきて、一枚をさつきに渡した。
「はい、これ。さつきちゃん」
「ねえ、勝手に使っていいの?」
「大丈夫、大丈夫。人が座るものだし」
あとこれはメルちゃんの分、と。ショーコはそう言いながら、自分とさつきの間に一枚座布団をひいた。
「いや、いらないでしょ。メルちゃんには」
「あったほうが見栄えがいいよー、ほら鞄から出して」
「そういうものでもないと思うけど」
さつきは鞄からメルちゃんを取り出して、座布団に置いた。
「おお、布は取ったんだね。うんうん、その方がいいよ。でもさ、あの状態の人形を持って学校に来てたんだよねえ。さつきちゃん」
「まあそうだけど」
「いやあ、あのメルちゃんを鞄に入れて学校に来てさ、普通に授業を受けている度胸。さつきスタイルだねえ。あれ見つかったらクラスはパニックだよ」
「そんな、大げさな」
「そうかなあ、とりあえずあれを」
その後、あの状態の人形が発見された場合さつきは停学になるではないか。関係ないが、これぐらい広ければバスケでもできるんじゃないか等と2人でしばらく話していると、入るよーと声が聞こえ住居側の扉が開いた。
「おい、クソ野郎。なんでいんだよ、ボケ」
袈裟を着たカメ子は入った瞬間ショーコをにらんで言った。
「まあ、一応さ。メルちゃんの保護者だから」
「ご、ごめんね。亀山さん。話聞いたらすぐ帰るから」
「あ、そういうことじゃ。高野さんはずっといていいよ!」
カメ子はメルちゃんを一瞥して、さつき、ショーコの前に座った。
「それが今回の人形?」
「うん、そうだよー」
「とりあえずよお、人形は洗っておくもんなんだよ。ショーコ、お前どうせいるなら今から行ってこい。裏に水出るとこあるから。洗った後は綺麗に拭いて、また洗え。それを百八回繰り返してこい」
「いやあ、すまないねえ。カメ子ちゃん。作法が分からなくて。すぐ行ってくるよ」
ショーコがメルちゃんを持って本堂を出ようとすると、
「おい、このゴミも持っていけ!気が汚れるんだよ!」
カメ子はショーコが座っていた横に置いてあったリュックを蹴り上げた。
ひいい、わたしのリュックがあ!一旦戻って来たショーコはリュックを抱えて外に飛び出した。
「あ、あの亀山さん。なんか」
「ごめんね、高野さん。話すのほとんど初めてだよね」
「そう、だね」
さつきは記憶をたどったが、カメ子と話したこと、またその内容などは思い出せなかった。
「今日、供養のために礼服着てくれたんだね。そういうの大事だと思う」
「うん、まあ。そうなんだけど。さっきから亀山さん、なんかショーコに厳しくない?」
「ううん。あのクズには全然足りないと思う」
「これまでになんかあったの?ショーコと」
「・・・うん。わたし中学校一緒だったんだけど。あのクズのおかげで、わたしは」
カメ子回想 中学校一年 四月 グループ討論発表時
「おおい、じゃあ。そこのグループ。発表者決まったか?決まってたら前に」
社会の担当教師が言った直後、
「はい!」
ショーコは手を挙げて立ち上がった。
「わたしたちのグループの発表者は、カメ子ちゃんになりました。カメ子ちゃんの家はお寺なのでそういう視点からこの問題を考えてくれたんです。ねえ、カメ子ちゃん。いいこと言ってたよね、カメ子ちゃん」
「ちょっと小野さん、違う。亀山さん。亀山さんだから」
ショーコの隣にいた生徒はショーコに小声で言った。
「あ、ごめん。カメ子ちゃん。じゃあ前でガツンと発表してきてよ!」
ショーコはそういって隣の席にいたカメ子の肩を叩いた。
「入学してすぐだったんだ、高野さん。あのゴミがカメ子を連発したから、その後、みんなにカメ子って言われるように」
「なんとなくわかる。言いそう、そんな感じで」
さつきはカメ子から顔を背けながら言った。
「そしてその後、すぐに」
カメ子回想 中学校一年 五月 生物授業内
「おおい、このクラスの生物の観察どうするか決まったか?」
生物の担当教師が言った直後、
「はい!」
ショーコが手を挙げて立ち上がった。
「亀がいいと思います。カメ子ちゃんの家は亀寺と呼ばれているぐらい、亀が沢山いるという話です。だからカメ子ちゃんに亀を一匹貸してもらって、亀を観察したいです。ねえ、カメ子ちゃん、みんなで観察してさ、亀をもっとよく知ろうよ。カメ子ちゃんに教えてもらいながらさ」
ねえ、いいよね。カメ子ちゃん。ショーコが横の席のカメ子にそう言ったとき、カメ子は下を向いて静かに震えていた。
「え、じゃあネットに出てたのも」
「うちは亀関係ないんだ。それがあの、あのゴミクズの一言で、あいつが言ったことで広がって。檀家の人にも、亀いたっけ?とか、いろんな人に言われて。その度に、父親は、よくわからないって返事してたんだけど、わたしは言い出せなくて・・・」
「ほんとあのばかは。結局亀を観察したの?」
「うん、クラスの空気がに妙に盛り上がっちゃって。わたし、しょうがないからペットショップで買って持って行ったんだ」
「わざわざ買ってまで・・・」
「名前は当然カメ子になったよ。でも亀って観察に向かなくて。だってずっと一緒だから。普通にしてれば授業は蝶とかの動画見るだけだったのに。で、みんなが飽き始めたあとは結局わたしが全部担当することになって。中一の五月から卒業までだよ!」
「ほぼ中学ずっとだよね、それ・・・」
「卒業アルバムには、亀とわたしの写真が何枚も載ったし。あいつのせいで、わたしは!」
カメ子は拳を握りしめ、どん、どん、と何度も畳を叩いた。
「あ、ごめんね。高野さん。わたしはあの、あのクソ天然のボケを許すつもりはないんだけど。高野さん、友達なんだよね。ショーコと」
友達?そうか、友達、友達、ね。考えたことなかったけど。さつきはカメ子に言われた友達という言葉を、頭の中で何度も繰り返した。
「どうしたの、高野さん?」
「いや、うん。ごめん、なんでもない」
「こういうこと言うのはどうかと思うし、高野さんがいいならいいんだけど。あのゴミと高野さんは合わ」
香代子、お客さんかい?住居側からの声し、それを聞いたカメ子は。高野さん、ごめんね。少ししたら戻ってくるから、とカメ子はさつきに言い、住居側の扉に向かった。