メルちゃんの友達(4)
七月二日 午後四時二十分 ショーコ宅
「ちょっとショーコ、いるのー?」
部屋のインターホンを何回か押したが反応が無かったので、さつきは中に聞こえるよう、ドアの郵便受けを開けて呼びかけていた。
なにしてんのよ、もう。さつきがもう一度連絡をしようと端末を触っているとき、さつきちゃん、いるよ。と部屋の中から微かにショーコの声が聞こえた。
いるんじゃない、入るよ。もう一度郵便向けから中に向かって言い、さつきは部屋のドアを開けた。
「鍵開いてるし電気もついてるからいるとは思ったけど。大体連絡しても全然反応ないから、どうしてんのか、え?」
部屋に入ると、こたつテーブルの前に布団を頭からかぶったショーコが座っていた。
「ちょっと。なんで布団なんか」
「こ、怖いんだよ。さつきちゃん」
「え、ちょっと。なんかあったの?」
「メルちゃんと目が合うんだよ。どこに置いても、どこに置いてもだよ!」
「人形って割とそういう風に作ってるんじゃないの?」
「それで怖くてクローゼットの中に入れたんだけど。中で動く気しかしなくてすぐ出ちゃったし。それにさつきちゃんと話そうとスマホ持つんだけど、話してるとふとした時に、わたしの後ろにあるカメラ視点だと近づいてる感じあるし。話さないでいじってても目を離した瞬間、目の前にいる気がして」
「・・・それで連絡取れなかったの」
「お風呂とかトイレ行ってる時もなんかありそうだったから」
結局こうしたんだよ。ショーコは布団を開いて体を見せた。
「ひい、いやあああ!」
さつきは後ずさりして叫んだ。
ショーコは服の上から自分の腹部にメルちゃんをくくり付けていた。
「ね、これが一番安全なんだよ」
「ば、ちょ。ちょっと、やめ、やめなさい!なにしてんの!」
「だから、これが」
「やめなさいって!」
さつきはショーコとメルちゃんを結んでいる紐を緩めようとした。
「簡単にとれるようにはしてないよ、さつきちゃん。だって危ないもん」
「この、ばか!」
カラーボックスの中からハサミを見つけたさつきは、何本かの紐を切ってショーコと人形を離した後、その場に座り込んだ。
「はあはあ。あ、あんた、初日になんかしたでしょ」
「う、ううう」
さつきの横で棒立ちになっていたショーコはうめきながらへたり込んだ。
「に、人形の怖い話の動画を。少し、メルちゃんに、観せ、た」
「ちょっと!あんたどうかしてるんじゃない!よりによって人形に人形の話を見せるなんて!」
「一応最後はちょっといい話のやつにしたんだけど、けど」
「もういいから。それであんた土日ずっと家にいたの?」
ショーコの部屋は、お菓子の袋とコーラのペットボトルが散乱していた。
「一回出たよ。コンビニに」
「メルちゃんをお腹に括り付けたまま?!」
「うん、暑かったけどコート着たよ・・・」
「ばかじゃないの!見られたらどうすんのよ、都市伝説できちゃうじゃないの!」
「あ、ありがとう。ここで起こったのに『都市』と認定してくれて・・・。でも、お腹が減って。コーラ飲みたくて」
「わかった。メルちゃんはわたしが持って帰る」
さつきはメルちゃんを鞄に入れた。
「え、いいの?」
「大体何も起きてないんでしょ。あんたが怖がってるだけで」
「あ、ありがとう。さつきちゃん。今日は寝返りで起きなくても済むよ、うう」
ショーコはさつきの足元でうずくまり、ありがとう、ありがとう。と繰り返した。
「ほんとどうかしてる。今日は帰るから、これからゆっくり寝なさい」
「命の恩人だよ、さつきちゃん。この恩は、この恩はわすれないから!」
「だからわたし言ったよね、後悔するって」
「今は捨て台詞すらあたたかい。ありがとう、ありがとう。と追加するよ」
「なんなのそれ。じゃあね」
「さつきちゃん、気を付けてねえ」
ショーコは玄関で出てアパートの階段を降りるさつきを見送った。
「めずらしいね、さつきちゃんから会おうなんて」
メルちゃんを引き取った翌日の放課後、さつきはファミリーレストランにショーコを呼び出していた。
「うん、まあね」
さつきは鞄をちらちらと見ながらドリンクバーのコーヒーを飲んだ。
「メルちゃん一晩泊めてどうだった?」
「うん、そのことなんだけど。なにもなかった、起きなかった」
いや、違うかもしれない。さつきはそう言って鞄の中からタオルに包まれたものを出した。
「なにそれ。メルちゃん?」
うん、そう。そう言ってさつきはタオルを取った。
「ぎゃああ。は、が」
ショーコは叫び出しそうになったが、一瞬早く口を手で押さえて声を殺した。
「起こせなかったのかも」
メルちゃんの目の周辺は黒い布をぐるぐると巻いて塞がれており、両手、両足は同じ布を使って胴体に縛りつけ固定されていた。
「あ、あつきちゃん。こえは、なんとおう・・・」
口を押えている手の震えが止まらないショーコは、怯えながらさつきを見た。
「もし、何かあったらあんたに供養されるから、取りあえずはこうするしか」
「は、はあ。ちょ、兆候は、あったのかい?」
口から手を離したショーコはコーラが入ったコップを手に取ったが震えは止まらず、ポタポタと液体がこぼれ落ちる。
「机の上に置いていたんだけど。なんかずっと見られてる気がして」
さつきは両手を組んで下を向いていた。
「人形ってそういうものじゃないの、って昨日・・・」
「そうだけど、なんか夜二時ごろ物音がした気がして目が覚めて、そしたら机の上からメルちゃんが、こっちを」
「それで固定したんだね。目をふさいだのはさつきちゃんの位置を知られないため、か」
でも、本当に怖いのは、ショーコはコップを持っていた震が止まらない右手を、左手で掴んで固定させる。
「部屋に黒い布があること、そして夜の二時にそれを使って人形をこんな形にしていること・・・」
「しょうがないじゃない。だって、もしなんかあったら」
「して、さつきちゃん。このメルちゃんの頭部と足裏にあるこのプチプチは?」
ショーコはメルちゃんに付けられているクッション素材を触りながら言った。
「それは、もしこういう状態になったら、って」
さつきは手を空中でぐるぐると動かした。
「なるほど。メルちゃんが、目が見えない状態で空中を飛び回ってて、その時さつきちゃんの体に、ガーンと当たっても衝撃を吸収できるように、か」
なんてこと、さつきちゃん・・・。何度か深呼吸を繰り返し、ショーコは手の震え収まりつつあった。
「さすがだよ、先の先の裏を見てる。それでこそさつきちゃんだよ!」
「別に、そんな大げさな。でも、今日の夜のことを考えると少し不安で」
さつきはテーブルに置いているメルちゃんを見た。
「ねえ、即供養とかって言ってたけどさ。相談だけでもしてみない?これだとわたしたち共倒れだよ」
「まあ今あんたに文句を言ってもしょうがないし。話を聞いてみるのもいいかも」
「うんうん、わたし事前に探してたからさ。そこ行こうよ、この近くにあるから」
「へえ、この辺にあるんだ」
「甲々寺、ってあってさ。通称亀寺」
「亀?なんで」
「うーむ、その辺は謎だらけだよ。あ、そうだ。礼服着て行かない?こういう時に使わないと」
「うーん、まあ何があるかわからない、けど」
「わたしパーッと行って家から取ってくるよ。ちょっと、待ってて」
「わかった。じゃあここにいる」
メルちゃんを鞄にしまった後、さつきはテーブルに肘をついて頭を抱え込んだ。