メルちゃんの友達(2)
六月三十日 午後五時 ショーコ宅
「ほら、開けるよー。ほい」
ショーコはこたつテーブルに置いた人形の箱を開ける。
「何回その箱開け閉めしてんのよ・・・」
「おお、来たキチ、来たキチー!」
人形を取り出したショーコはテーブルに置いて座らせた。
「いやー、しかしこれ。日本人形というか、日本人形風、だね」
「しょうがないでしょ。あの金額だし」
肩まである黒髪、和服を着ている人形を、ショーコは手元に引き寄せた。
「ほお、まあ素材感がプラよりというか、ふむふむ。しかし髪はさらさらと気持ちよく」
人形を抱いたショーコは髪をなでながら、間接の動きを確かめる。
「しかし、こうしていると何か、こう自然と湧き上がってくるものが。ほら、さつきちゃん」
ショーコは対面に座っているさつきに人形を差し出した。
「別にわたしはいい」
「ほらほら、そう言わずだねー」
ショーコはさつきの前で人形をひらひらと動かした。
「もう、どうすんのよ。人形なんて」
人形を受け取ったさつきは自分の膝の上に置き、ショーコと同じように髪をなでた。
「どう、どう!なんか湧き上がってこない?」
「湧き上がりはしないけど。うん、まあ」
「そうでしょ!なんか思うところあるよね!」
「ちょっと、言いたいことはわかるかも」
「さて、じゃあその子をこっちに」
さつきから人形を受けとったショーコは、再びテーブルの上にさつきの方を向いた状態で座らせた。
「さて本題に入ろう、さっき答え合わせだよ。わたしはねえ、さつきちゃん。呪いの人形及び人形供養についての研究をしたいと思っているんだよ」
「は?」
「それでこの子を使ってだね」
ショーコは人形を見た。
「ショーコ、あんたそんなことが許されると思ってんの!そんな人体実験のようなことを!」
さつきは右手で握りこぶしを作り、テーブルを強く叩いてショーコをにらむ。
「さつきちゃん。わたしはねえ芸大を希望してるでしょ」
「それと何の関係が」
「やっぱりさあ、デッサンとかで人形に接することも多くなると思うんだよ。だからどうしたら呪いの人形になるか、そしてその場合どうやって供養するのか。あらかじめ確かめておかないとさ。一度経験しておくことによって、今後もし何かあったとき対応できるからね」
「そのためにこの子を利用するってこと?」
「誰だってしたくないよ。でもね、誰かがこの役をしなければならない。みんなのためにさ。人類はそうやって発展してきた。これは事実、そしてそれが歴史」
「・・・具体的には」
「この子。ええと、メルちゃんの友達、にはここで普通に生活してもらうよ。漫画やフィギアと同じように。でも、少しでも兆候が見られた場合、即供養させてもらう」
「わたしはそんなことに協力はしない。あんた一人でやりなさい」
「ふ、さつきちゃん。あなたはもう当事者だよ」
「なんでわたしが、って」
あ、そう言えば・・・。さつきゆっくりとは破かれた包装紙、人形が入っていた箱に視線を移す。
「この人形はあなたがわたしにくれたんだよ」
「あんた最初からこのつもりで!」
「お金を出したほうがプレゼントされた。その辺まで人形が汲み取れるとは思わない。だから」
「ショーコ、あんた」
「もう遅いんだよ、さつきちゃん。もしわたしに何かあった場合、次のターゲットはさつきちゃんかもしれない。さあ、当事者として一緒にメルちゃんの友達を可愛がっていこうではないか」
一つだけ。俯いて震えているいるさつきは言った。
「あんた軽はずみなことをした、絶対後悔するから。この言葉を後で何度も思いだしなさい」
「心配ないさー。大丈夫だよー。では、さっそく名前を付けよう。ええっとメルちゃんの友達だけに」
「止めなさい、名前を付けると!」
顔を上げたさつきはショーコの服の袖をつかむ。
「ふ、宿りやすくなるよね。それならそれでよし、供養方面で進めるまでさ」
「あんたわかってて!もうあるんだからせめて『メルちゃんの友達』のままにしておきなさい」
「でも長いからさー、じゃあメルちゃん。でどう?」
「それなら、まあ。ぎりぎり大丈夫ね」
「おし、さつきちゃん。じゃあ現状を確認しよう」
ショーコはメルちゃんをテーブルの真ん中に置き、漫画を立てて周りを囲んだ。
「こうしてだね、一旦外に出よう」
「現時点で呪いの人形かどうかを確かめるつもり?」
「出荷途中で何かが起こったかもしれないし、最初が肝心だからね、こういうことは。漫画が倒れていたら要注意だよ」
「一旦出るってどこに行くのよ」
「ほら、横の神社にでも。散歩がてら」
「散歩って距離でもないでしょ、すぐ横だし」
さつきはそう言って端末だけを持って立ち上がった。
「ほらショーコ、行くなら早く」
「はいよお、いくよお」
もう一度漫画の位置を調整してからショーコは立ち上がった。