メルちゃんの友達(1)
六月三十日 午後三時四十五分 高校校門前
放課後、学校から出たさつきは、道路を挟んで正面にあるコンビニの前で手を振っているショーコを見つけた。
またあんなところで。さつきは一度端末に目を落として操作した後、信号を確認して横断歩道を渡った。
「やあやあ、さつきちゃん。どうだい、これからビイオでも」
「ビイオって。なんで急に」
「まあまあ、いいではないか。今日はイベントだよ、ショーコの散財だよ」
「いやだから、急に言われてもいろいろと。大体、連絡しないでわざわざ待ってるなんて」
さつきとショーコは学校の生徒が何人も出入りするコンビニの前で、行く、行かないのやり取りを何度か繰り返した後、人目を気にしたさつきが折れる形でビイオ行きが決定した。
「あ、そっち左行っちゃおう」
自転車を押しながら歩いていたショーコは交差点を左に曲がる。
「え、なんで。そっち道狭いじゃない」
「いいじょん、いいじょん。近いよ、こっちの方が」
「ほんとあんたこういう道通りたがるよね」
ほらこういうさ、こういう。左側に広がる山、右側に広がる田んぼをさつきは見た。
「道路の端が田んぼや畑と同化しているような」
「この辺はそうかもしれないけど。ビイオの前の道大きいし、歩道あるし!」
「ああ、あったね。この辺にも歩道がある道って」
「ぐ、でたよ!ここにも○○あるんだね。どんな言葉を入れても田舎をばかにできるという」
「いや、ただ思ったことを言ってるだけで。わたし思うんだけど、意識し過ぎてるっていうか」
うーん、そうね、なんていうかな。さつきは目に入ったビイオの看板を見ながら続ける。
「田舎を田舎にしてるのって田舎の人だよ」
「ぐ、ま、また。三回も・・・」
「それに田舎で田舎の話をしてもしょうがないじゃない。だって田舎だし」
「や、やめてよお。わたしの郷土愛が壊れるよ、その田舎責めは!」
ショーコは自転車を押すのを止め、下を向いて立ち止まった。
「ぐ、もう、もうだめだよ。夏が始まるっていうのに、もうわたしは・・・」
「夏関係ないし。ほらそんなところで止まってないで。車来るよ」
「ふ、車は結構通ってるんだよね」
その後は主にショーコが、この周辺は人口比率に対して、いかに車が多く通っているかを話しながらビイオに向かった。
「で、今日は何を買うの」
ビイオ店内に入ったさつきは前を歩くショーコに訊いた。
「人形だよ。さつきちゃん。わたしはね、人形が、欲しいのだよ」
「ふーん。まあ別になんでもいいけど。それなら二階じゃないの」
「行こう行こう。人形を見に行こう、と言いました」
「ふむふむ、なるほどなるほど」
ショーコは棚にある人形を一つひとつ手に取り確認する。
「こういうの久しぶりに見たかも」
ショーコの後ろに立っていたさつきは、腕を組み陳列されている人形を順に見ていった。
「ほうほう、やはりこう。え、この子・・・」
途中から機械的に人形のケースを出し入れしていたショーコは急に手を止め、震えながらさつきを見た。
「え、どうしたの」
「いや、これだけちょっと感じるものが。ぎんぎん、いやびんびんに」
「だから、何がって、え、う」
棚にあった人形はほとんどが外国人の子どもの容姿だったが、ショーコが手にもっていたのは黒髪の七、八歳の日本人形をベースにしたようなもので、特有の表情のない目にさつきは一瞬体が硬直し言葉を失った。
「いいじゃないか。この中では抜群の存在感。よし、名前を」
ショーコは箱の裏を見て、あれー、おかしいなー、ないなーと何度も箱をクルクルと回した。
「は、何よ。名前って」
言葉を取り戻したさつきはショーコの横に並ぶ。
「いや、この辺にあるのって名前付いてたんだよね。ジュリアとかジェシーとかジュンとか」
「へえ、そういうもんなんだ。ちょっと見せて」
さつきはショーコが持っていた箱を手に取る。
「ああ、あるじゃない。ほらここ」
箱の裏をショーコに見せながら、さつきは名前が書いてある場所を指差した。
「おお、さすがさつきちゃん。ええと、メルちゃんの、友達・・・?」
「そうみたいね」
「あ、そういえば」
ショーコは棚の裏に周り、外国人風の人形が入った箱を一つ持ってきた。
「さっき見たんだ。これがメルちゃんだよ。メーカーも同じっぽい」
さつきはメルちゃんの友達、ショーコはメルちゃんを持ちそれぞれ眺めた。
「ショーコのがメルちゃんでしょ、メルちゃんは金髪だけどこの子は黒髪の日本人風。どこで友達になったのよ」
さつきは何度も二つの人形を見比べながら首を傾げた。
「え、そこはねえ。ほらインターナショナルスクールとかでさ。たまたま同じクラスにだね」
「まあそう言われれば、ありえない話ではないかも」
メルちゃんの友達をショーコに渡したさつきは、ショーコが持っていたメルちゃんの箱を手に持って、後ろ、前と箱を回しながら中身を確認していた。
「あらあら、なかなかどうして。割と興味持っているんだねえ。さつきちゃんは」
「別にあんたに付き合ってるだけだし」
さつきはメルちゃんをショーコに渡し、で、どうするの、買うの?と再び腕を組んで言った。
「買うよ!誰もが望むこっちをね!」
ショーコは両手でメルちゃんの友達の箱を持ってさつきに見せた。
「やっぱりそっちいくのね」
「だってこの流れだもん。レジはどこかなあ、っと」
「ほら、あっち」
「ありがてえ、ありがてえ。それでさあ、さつきちゃん」
ショーコは背負っていたリュックから財布を取り出した。
「私がお金だすからさ。プレゼントとして買ってくれない?」
「はあ?何で、っていうか何のプレゼントなのよ」
「うーんと、あ。わたしの誕生日でいいよ。誕生日プレゼントで」
「誕生日って。あんたは二月でしょ」
「ちょっと早いけど、まあまあいいではないか」
「ちょっとって今、六月なんだけど。でもお金はあんたが出すんでしょ」
「そうそう、まあさつきちゃんがすることは、箱を持って並ぶだけだよ」
「まあ、いいけど」
さつきとショーコは無人のレジに向かい、さつきが呼び出しボタンを押した。
そして数十秒後、店員が到着し会計をしている際、あ、ほら。見てさつきちゃん!商品名!とショーコが慌ててレジを指した。
「え、なに?」
さつきがレジを見るとディスプレイに《小計 トモダチ 二千九百四十円》と表示されており、ト、トモダチ?そ、それが商品名なの?とさつきは困惑の色を浮かべながらも、ショーコの財布から現金を取り出す。
「すげえ、商品名がトモダチって。やはりメルちゃんありきの人形なんだねえ、さつきちゃん」
「もうちょっと考えてもよさそうだけど・・・」
さつきがショーコの財布にお釣りを入れていると、
「あ、すいませんー。プレゼント用に。えーっと、誕生日プレゼント用にお願いします!」
手を挙げたショーコが横から店員に告げた。
「あ、はい。わかりました」
店員はレジの下から包装紙を取り出し包み始め、それを見たさつきは、ちょっと、何を。とショーコの靴をつついた。
「いやあ、プレゼントには包装紙だなあ。うれしいなあ。プレゼント」
「あの、すいません。ほんと簡単なものでいいんで」
「あ、でも誕生日なんですよね」
店員は笑顔でさつきを見て言った。
「あ、いや。そう、あの。はい」
「うんうん。じゃあわたしあっちのゲームコーナー見てるから」
あ、ちょっと、ショーコ。さつきが言い終わる前にショーコはその場から離れ、さつきは包まれている様子を見ながら、ショーコの行き先をちらちらと確認していた。
「誕生日おめでとう」
体育座りになりゲームソフトを見ていたショーコの頭の上に、さつきは梱包された人形を乱暴に乗せた。
「ぐお、タ、タフな渡し方だね。さつきちゃん」
「あんたが余計なことを言うから、無駄に時間かかったでしょ!」
「おうらいー。目的は果たした。ほぼ」
「ほぼ?」
「ふふ、まあ答えはもうすぐわかるよ」
「はあ?なによそれ」
足早にエスカレーターに乗ったショーコをさつきは追いかけた。
「よし、じゃあプレゼント貰っちゃおう。はい、さつきちゃんからだから」
駐輪場でショーコは持っていた人形をさつきに渡した。
「なんでわざわざ」
「ほらほら、一旦さつきちゃんが受け取って、そこから改めてプレゼントとしてだね」
「はいはい」
さつきはショーコから受け取った人形を、はい、プレゼント。と言ってショーコの自転車のカゴに入れる。
「おお、やったー!プレゼントだー!なにかなー、開けてみよう、開けてみよう、と言いました」
「なによ、その」
「え、ちょっと待ってさつきちゃん。これってもしかして」
梱包された箱を乱暴に開けながらショーコは驚いていた。
「いや、だからなんなのよ。この時間は!大体せっかく綺麗に包装してもらったのに。あんたが今開けるって」
「やったー。人形だー。欲しかったんだー」
ショーコは両手で人形を持ち上げ満面の笑み喜ぶ。
「よかったね、ほら帰るよ」
「ありがとう、さつきちゃん。と言って、はい、カットオ!」
ショーコはそそくさと人形を箱に入れた。
「じゃあ、一旦うちに行こう」
「え?なに」
「まあまあ、先程の田んぼ道。またゆっくりと戻ろうではないか」
「なんなの、今の。無駄に出し入れしただけじゃない」
「いいっこなしさー、ほらー」
さつきとショーコは来た道を戻ってショーコのアパートに向かった。