イカダナイト(7)
六月二日 午後十一時五十分 理恵宅
「んで、おまえら何してたんだよ」
「ほら、いろいろあって。ちょっとした手違いだから」
理恵のジャージを借りてベッドに座っているさつきは気まずさから目を逸らす。
昭和池に自転車で来ていた理恵が後ろにショーコを乗せ、さつきはショーコの自転車を使って理恵の家に行くことになり、その道中でずぶ濡れのショーコがうわごとのように、寒いよ。さつきちゃん、理恵ちゃん・・・。と理恵の後ろで繰り返したので、家に着いてすぐ理恵が風呂を準備し、さつきとショーコの分の部屋着を用意した。
「いやいや、夜の十一時に池で手違いってどういうことだよ!」
モニターを置いている机の椅子に座っていた理恵は、椅子をゆらゆらと回転させながらさつきに言った。
「だからたまたまよ、たまたま。でも助かった」
「さっきも言ったけどさ、まじでびっくりした。ベランダにいたらショーコの声が聞こえたからさあ」
「ここまで届くって・・・。すごいね」
「ああ。そこそこの距離あるのになー。んで明日学校どうすんの?」
「今から帰る。服借りたけど」
「もう泊まってけば?」
「ありがとう。でもそれはさすがに」
「いやー、生き返ったよ。ありがとう理恵ちゃん」
そう言いながらバスタオルを持ってショーコが部屋に戻って来た。
「おお、戻ったな、ショーコ。そしてやっと、寒い以外の言葉を」
「すまないねえ、理恵ちゃん。家の人は大丈夫かい?こんな深夜に。階段上がるときになんか緊張してさあ。実家の夜の音立てちゃいけない感がすごいんだよお」
「さっき軽く言っといたから。まあ次来た時に親にいろいろ聞かれるかもしれないけど。その辺は合わせといて」
「ごめんね、理恵。わたしも次来たとき挨拶するから」
「いや、いいよ。大丈夫だから」
「でも、すごいねえ。わたしが泳いで渡った後さ、急に風が吹いて。神風だよ」
「ああ、あれな。さつきがイカダの上に立って大の字になってたよな、なんだよ、あれ。ははっは」
「うるさい!少しでも空気抵抗を受けて進もうと!それよりショーコ!あんた、落ちる前、なんで何も言わないのよ、それにわざわざ前に来て落ちようとしないし!」
「さつきちゃん、いわゆるあれだよ。霊をだますにはまず味方から、だよ」
「はあ?なにそれ」
「でもやっぱ最初の方で銃使ったからさ。最後のこの時のためだったんだ!って思いたかったけど、正直なんでもよかったよね」
「いや、それはわたしもちょっと考えたけど。でも、ほんとにだめだと思ったんだから!」
「な、なあ。おまえらさ。霊をだますってなに・・・?」
理恵は戸惑いながらさつきとショーコを交互に見る。
「結果オーライだよ。神風も吹いて戻ってこれたし」
「だから、あんたのおかげで危うく!」
「またかよ!説明しろよ、お前ら!」
「ごめん、また今度話すね。とりあえずそろそろ帰る」
さつきは制服を鞄に入れて立ち上がった。
「おいおい、説明が終わってないぞ、さつき!」
「え、さつきちゃん帰るの?」
「そうだ、泊まって全部教えろ!」
「ショーコは泊まるの?」
「おうやあ、さすがにもう動けないよ。理恵ちゃんの好意に甘えようと。して理恵家の朝ご飯はパンかい、米なのかい?」
「大体パンだなー」
「ほうほう、おかずは?」
「んー、目玉焼きとかスクランブルエッグとウインナーみたいなの、あとサラダとか。そんなもんじゃね」
「いやね、そのパンをだね。無くすんじゃないよ。そう、ずらして米にだね。そして卵をだね。これまたちょっとずらして。これも無くすんじゃないよ。生にして、卵掛けご飯にだね。それで魚とかを、こう」
「いいぞ、明日の朝ショーコが言えるなら」
「ちょっとー、さすがにわたしの口からは言えないよー。その辺は理恵ちゃんからこう、自然に、だね」
部屋のドアの前で、理恵とショーコの会話を聞いていたさつきは、少し笑ってドアを開けた。
「じゃあ、ありがとう理恵。ショーコ自転車借りていくから」
「おお、気を付けてねー。さつきちゃん」
「明日だぞ、ちゃんと理由を!」
「わかってるから。じゃあまた明日」
部屋を出たさつきは、ふうう、と軽く息を吸い音を立てないようゆっくり階段を降りた。
イカダナイト 終わり