イカダナイト(6)
六月二日 午後十時四十分 昭和池(中心部)
「さつきちゃん。風ないね。真ん中らへんに来てから全然だね」
さつきとショーコはイカダの上で横になり夜空を見ていた。
「そうね」
「もう一回叫んでみる?助けてーって」
「やめて!すごく響くから」
さつきは起き上がりショーコの肩を掴んで言った。
昭和池は山に囲まれていることもあって、数分前にショーコが、誰かー!助けて!と叫んだ声が反響し想像した以上に大きな声となり2人に届いていた。
「確かに。わたし初めて山びこというのを体験したよ。あれすごいんだねえ」
「まさかあそこまで大きくなるなんて」
「わたしのスマホはさつきちゃんの鞄の中だしなー。水に落とすと思っていたけど、まさかの逆パターン来たよ、ううう」
「わたしのも鞄だし。いま何時なんだろう」
「あ、でも大丈夫、何とかなるよ。星座きれいだねえ。星座の話する?聖闘士にまつわるやつ。あれが夏の大三角だから、そこを少し左にだね」
ショーコは横になったまま手を動かし星の間を指でなぞる。
「なによ、それ。あーあ、明日の予習もあるのに」
さつきは再び転がり仰向けになる。
「いやー、どうせならさ。星座でも見て前向きにだねえ」
「何とかして理恵に連絡取れれば」
「ああ、そうだねえ。理恵ちゃんならなんとか」
「何だかんだで、頼りになるのよ。あの子は」
「ほおお、信頼関係だねえ!いいよ、いいよ。どきどきするよお!」
「黙って。うるさいのしんどいから」
「あ、そういえば理恵ちゃんとさつきちゃんって中学の?」
「そう。わたし中学からこっちに来たから」
「へええ、そうなんだ。なんで仲良くなったの?失礼だけどそんなに共通点も、おっと。危ない」
「またばかにして。でも、別に。たまたまよ」
「時間だけはいくらでもあるんだ。ゆっくり聞かせてくれよお」
「だからたまたまだって。中学一年の時にさ、休み時間に校舎の廊下を走っている人がいたんだけど、どっかから布が飛んできたの。それを走ってるひとが踏んじゃって綺麗に転んでさ。たくさん人いたんだけど、それを見てたのが理恵とわたしだけだった。なんか目が合って。お互い少し笑ったんだ。それから」
「いいじょんー、なるほどねえ。ねえ、さつきちゃん。お腹空かない?疲れてない?」
「また自分から聞いといて・・・。一緒よ!空いてるし、疲れてるから!」
「よし、最後の手段をとるしかない、か」
ショーコは勢いよく立ち上がり屈伸を始めた。
「あんたまさか?」
さつきは上半身を起こしてショーコを見た。
「泳いで渡るしかないよ、さつきちゃん。なあに数十メートルさ。バタフライでも余裕だよ」
「やめて!ここをどこだと思ってるの!」
「え、い、池?」
「ばか、ただの池じゃないから!」
「あ、はっ!そうだ」
ショーコはイカダの端から離れ真ん中に戻った。
「霊は水場に集まるんだった。そしてここは数百年以上前に実際戦いが行われた場所。ま、まずい。まずいよ、さつきちゃん!」
「わたし達、霊が見えなくてむしろよかったかも。もし見えたとしたら、もし霊がいたとしたら」
さつきは恐る恐る水面を覗き込む。
「あれだね、気持ちサメがうようよしてる感じだね」
「まあ、それに近い、かもね」
「え、じゃあ。イカダが動かなかったら朝まで待つしか・・・」
「危険性を考えたらそれが妥当かも」
なんてこったい・・・。力が抜けたショーコはイカダに座り込んだ。
「で、でもさつきちゃん。朝になったら、あれでしょ。あの小屋の池の管理人的な人が来てだね。わたし達怒られるんじゃ?」
「え?あれってそうなの?え、そうなの?」
「もしそうじゃなかったとしても、早朝ハイキングの人に見つかるよ?制服だし高校生丸出しだよおお」
「で、でもちゃんと理由を言えば、登山者の人に助けてもら」
さつきは立ち上がり空を見上げた。ちゃんと話せば、えっと、ちゃんと?
登山者「どうしたんですか!そんなところに」
さつき「ちょっとたまたま通りがかったら、この上に乗ってしまって」
登山者「それは大変だ、ええと消防とかに頼んでみますか?」
さつき「いえいえ!それは!大丈夫です」
登山者「あ、じゃあ手で漕いでみたらどうですか?二人いるし」
さつき「すいません、朝ですけど、残った夜の霊がまだいて手を池に入れると引きずり込まれるかもしれないので」
登山者「え、れ、霊・・・?」
はあ、ため息をついて、さつきは視線を池に戻した。
「ショーコ、二人で前と後ろに座ってさ、手で漕いで行くってのはどう?」
えー、ないない。再び横になったショーコは手を振りながら答える。
「さつきちゃん、それはだめだよ。入れた瞬間、もしくはあとちょっとのところで、引っ張られる気かしないって」
「そうだよね。霊がいるとは限らないけど、いた場合のリスクが大きすぎる」
「あ、でもさつきちゃん。霊みたいんでしょ?完全に悪い霊とも限らないしさ。さつきちゃんがぱーっと飛び込んでみるというのも」
「ばか、やめて!わたし霊見たことないから!初めてなのよ!最初はもっと違う、っていうかちゃんとしたいのよ!」
「確かに、最初が落ち武者っていうのはちょっと。特殊な例だよねえ。初体験でコスプレみたいな。あ、参考までに、さつきちゃんは最初の心霊体験はどういう状況がいいの?」
「なんで、今そんなことを。どうでもいいでしょ」
「いやあ、参考までに」
「別にそんな、だって普通だから。まあ、できれば。その、よ、夜の音楽室とか・・・」
「ひゅうう、いいねえ。ときめくねえ!」
「もういいから!ほら、なんとかしないと。この状況を」
「だめだあ、全然思いつかない」
ショーコは大の字で寝転んだ。
「諦めないで、何か、何かあるはず、あ」
さつきはショーコを踏まないようにイカダの上を行き来している途中、ふとポケットの中のマガジンに手が触れた。
「ショーコ、あんた銃持ってる?エアガン」
寝転がってるショーコはスカートの後ろに挟んでいたエアガンを取り出した。
「あるよお、さっきから寝転がっていると痛かったんだよお」
「ちょっと、貸して」
さつきはショーコから銃を受け取り改めてじっくり眺めた後、マガジンを差し込んだ。
「ほら、ショーコ立って」
「なんだい、なんだい。さつきちゃん」
「うまくいくかわからないけど。あんたは無事に泳いで行けるかもしれない」
さつきは右手で銃を持ち左手で下を包むようにして構える。
「さつきちゃん、なにを?ここで仲間割れはまずいよ!」
「いいから、動かないで。わたしに考えがある」
「え、考え?わたしを撃つの!」
「そう悪意を持って、何度も撃ち込む」
「ま、まさか。さつきちゃん、自分に霊を引き付けるんだね!」
声を荒げたショーコを見てさつきは静かに頷く。
「わかった?そう。霊が悪霊なら、わたしがショーコに危害を加えることにより、負の感情をわたしに一時的に集められるかも」
「その隙にわたしが一気に泳ぎ切れる、と」
「そういうことよ、霊がいない場合、もしくは、いい霊なら普通に泳いで渡れるから問題ない」
「でもさつきちゃん。さつきちゃんに悪霊の意識が集まったとして、もし、さつきちゃんが池に落ちるようなことがあれば、一気にやられるよ。まず無事じゃすまないのでは」
「あんたは泳ぐことだけ考えなさい」
「ぐ、その男気、うう。さつきちゃああん!」
「ほら、やるから。ちゃんと立ちなさい」
さつきとショーコは向かい合って立ち、さつきは再び銃を構えた。
「じゃあ行くから」
「ばっちこいやー!」
この辺かな?さつきはショーコの太腿を狙って引き金を引いた。
「ぎゃああ」
ショーコは弾が当たった右足を大きく後ろに反らした。
「まだ!」
さつきがそう言って撃った弾は左上腕を捉える。
「ぐぎゃ」
またショーコは左手を大きく後ろに振った。
「次右!」
そう言ってさつきは右手を狙ったが、胴体に当たった。
「ぐおお!」
ショーコは後ずさりイカダの端に踵が掛かった。
よし、そろそろ。さつきは狙いを定めトリガーを引いたが、ぱすっという音がしトリガーを引いた感触がない。え?さつきはもう一度左手でスライドを引き、撃った。が、同じく弾は出なかった。
「な、なんで!」
さつきは慌てて同じことを繰り返すが、その間にあと一歩で落ちそうだったショーコは右足を前に出して姿勢を正し、右手の人差し指を立て、チッチと口もとで振った。
「あんたどっちの味方よ!」
あ、そうか。そっちの可能性が。マガジンを取り出したさつきは弾が残ってないことに気付いた。
やっぱり。やっとここまで来たのに。でも最初からやり直したら霊にばれるかもしれないし、わざとらしくショーコに飛び込ませるのは危険だし。あの子を突き落とす?いやだめ。最初はあの子自身で勢いをつけて飛び込まないと。急に池に落ちたら、初動が遅れて岸に着くまでに霊に追いつかれる。
銃をあきらめて最初からもう一度ビンダで、バシ、バシ、バシ、バシーンとか。危険かもしれないけど、というか最初からビンタでやっておけば。今からビンタしたらあの子がびっくりして落ちちゃうかもしれないし。でもでも。
諦めかけたさつきが銃を下ろしかけたときに、おーい、おまえらそこにいるのかー、さつきー、ショーコーと遠くで理恵の声がした。
そしてその声に反応したショーコが後ろを向いた瞬間、さつきは素早くしゃがみ、暗闇でも目立つ蛍光色の弾を拾い上げる。
ありがとう理恵。助かった。また助けられた。だって、この状況。さつきはマガジンに弾を込めた。
「ショーコが振り向いたということは、霊も振り向いているということ!」
再びショーコが振り返ると、銃を向けたさつきが目の前に立っていた。
「また後で、ショーコ」
銃を向けられたショーコは笑っていた。
さつきが撃つと同時にショーコはイカダから池に飛び込み、そのまま理恵がいる岸に向かって一直線に泳ぎだした。