イカダナイト(5)
六月二日 午後八時四十分 三草山(中間地点)
「はあはあ、やっと着いた」
「遅い!何やってんのよ」
先に降りていたさつきは中間地点のベンチに座ってショーコを待っていた。
「ちょ、ちょっと待って。さ、さつきちゃんのその体力どうかしてる。全然ゲージ減ってないよ。はあはあ」
「早く下りないと。もう九時近いし。帰ったら十時過ぎてるかも」
「おうらい。明日も学校だしねえ」
「そうよ、あ、これ」
さつきは手袋を外し、カーディガンと一緒に渡す。
「おお、さつきちゃん、ありがとう。でも、動いたから。むしろ暑い、っていうか」
「まあ、約束は約束だし」
「こっから普通の道だし手袋もいらないっていうか・・・」
「あ、そう?じゃあこれだけ」
手袋を渡した後、さつきはカーディガンを脱いでバッグにしまった。
「あ、さつきちゃんも暑いんでしょ、ちくしょお!やられたああ!」
「手袋つけとけば?なんかあるかもよ」
さつきは目の前に続く通常の登山ルートを見た後、歩き始め、ちょっと待って。さつきちゃん、なんかって。ねえ、なんかってなに・・・?。そう言いながらショーコはさつきに続いた。
「さつきちゃん、バッテリーどれぐらい残ってる?」
「あと四十ぐらいあるけど」
「おおすげえ!わたし残りじゅっぱーぐらい」
「十分でしょ、もうすぐじゃない」
徐々になだらかな斜面になってきており、さつきは何度か登山道入り口周辺の景色が目に入っていた。
「いやー、こういうときバッテリー不足で道に迷うんだけど足りちゃったねえ」
「だから山頂で節約してたんじゃない。それに一本道だし迷いようがないでしょ」
「ふはは、結果としては我々の大勝利ということだね」
「いいんじゃない。あんたが勝ってるって思うんなら」
「っしゃあ!三草山制覇したぜえええ!」
そのまましばらく歩き、登山口入り口に着いた瞬間、ショーコは両手を上げて叫んだ。
「ふう、やっと着いた」
さつきは振り返って三草山を見たが、すべてが暗闇につつまれ、どのあたりを通ってきたか確認できなかった。
「自転車どの辺にとめたかなあ、暗くてなにも見えないよ」
「そうね、とりあえずあっちから来たと思うんだけど」
あっちじゃない、いやこっちだよ。と2人の記憶を合わせながらさつきとショーコは再び山道を歩き出した。
「あれ、さつきちゃん来る途中こんなのあった?」
ショーコは山道の途中で小さな看板を見つけたショーコは立ち止まった。
「ふーん。この奥に昭和池っていうのがあるんだ」
さつきが看板を読んだ後、すぐ歩き出そうとすると、ショーコがさつきのスカートを掴んだ。
「ねえ、池だよ。さつきちゃん!この小道の先に池があるらしいよ!」
「どうしたのよ、池が」
「ねえ、帰りの方向だし。夜の池を見ていこうよ!」
「夜でも昼でも池は池だし」
「だって山の中で夜の池だよ、さつきちゃん。これは見過ごせないって!」
「はいはい、わかったからスカート離して。とりあえず自転車だけ取りに行かないと。というかなんでそんなに池に興味があるのよ」
「いやあ、誰だってこの状況の夜の池はほっとけないよー」
「だからそれがわからないんだって」
さつきは端末のライトで前方を照らしながら再び歩き出した。
さつきとショーコは自転車を見つけた後、来た道を戻り『昭和池はこちら』と書かれた看板の矢印先にある小道に入ると、数分後には道幅が広くなりコンクリート舗装された広い駐車場に出た。
「すごいよ、さつきちゃん。コンクリートと、ほら外灯まで!いきなり文明社会に戻って来たよ」
「ふーん、こういうところなんだ」
さつきは腕を組んで辺りを見渡す。
「明るいからバッテリーも節約できるし。こりゃいいよ。あ、階段が。あれ登った先が池だよ。行ってみようよ!」
「ええ、また登るの?」
さつきはショーコが指差した先にある、数メートルはある壁と隣接されている階段を見た。
「ここまで来たらあれぐらい。さっきの山が山ならこんなの砂だよ!」
「それとはまた別でしょ」
早足で階段に向かうショーコをさつきは歩いて追いかけた。
「へえ、思ったより大きい」
階段を登りきったさつきの目の前には池の水面が広がっており、予想より広大な面積にさつきは素直に驚いた。
「ねえ、奥行きもかなりあるねえ。これ広いよ、さつきちゃん!」
「なんでそんなに興奮してんのよ」
池の手前側はコンクリートで舗装されており、二人は数十センチ下の水面を見ながら池の周りを歩き始めると、あ、あの道。奥までいけそう!とショーコが池の中心部に向かう細い道を見つけ走っていき、それを横目で見ながらさつきは端末で昭和池についての情報を調べる。
「ええ、県で二番目の貯水量って。これ池っていうかダムじゃない。そんなのがここに」
情報を得てからあらためて池を見ると、さつきは目の前にある池がより広く見えた。
「おおお、さつきちゃん!こっち、これ見て!」
「え、なに!?聞こえない」
さつきは大声でショーコに返し、端末をポケットに入れてショーコがいる場所へ向かった。
「さつきちゃん、これ乗れそうだよ。浮力もばっちりだし」
ショーコは中心部に向かう細い道の先端に立ち、三畳分程度の大きさの浮遊物を指差しながら、かろうじて片足でそれを何度か触っていた。
「なにそれ、浮いてるの?プラ?」
「そんな感じの素材感だねえ」
何に使うのか、な、っと。ショーコは正方形のプラスティックの物体に飛び乗った。
「ちょっと。あぶないって!」
「おおお、ぜんぜん乗れる、このイカダ安定感すごいよ。あ、でも」
ショーコはポケットに入っていた端末をさつきに手渡した。
「それイカダなの・・・?で、なによ、わざわざ」
「一応ね。もうわたし知ってるから。大概こういうときに電気製品が池に落ちてだめになるからさ。さつきちゃんの鞄に入れといてよー。そしてこっち来なよー」
「行かないって。なんでそんなものに」
「またまたあ、ここまで来たんだし。あれ、なんか」
風で池の中心部に少しずつ向かっているの気付いたショーコは、え、なに。これと慌て始める。
「ちょ、ちょっと。ショーコ、これ固定されてないって!」
「え、ば、ばかな!繋いでる紐みたいなのあったよ!」
紐?さつきがイカダを見ると隅にあったロープの端が水に浮いていた。
「ね、ねえ。さつきちゃん。ひ、引っ張って」
イカダの端でショーコは手を伸ばし、さつきも精一杯伸ばしたが、さつきの手はショーコに届かなない。
「さ、さつきちゃん。え、これ。た、助けて」
「ああ、もう。ちょっと下がって!」
さつきは鞄を置いて数歩後ろに下がり、走り出した。
「え?さ、さつきちゃん。そ、それは」
ほらどいて!勢いを付けジャンプしたさつきは、イカダに飛び乗った。
「はあはあ、なんとか乗れた、けど」
「さ、さつきちゃん。でもこれは」
さつきがジャンプして飛び乗った結果、その反動でイカダはより中心部に流されていき、あ・・・。と振り返ったさつきは岸との距離が一気に離れたことに気が付いた。
「そうか、池の逆側に行こうってことだね!風もあるし、あっち側に着いちゃえばいいんだ!」
「うん。ま、まあそういうことだけど」
さつきは腕を組んで池の中心部を見据えた。