霊を撮るには、前からそして後ろから(1)
五月十七日 午後四時 道路上
「いやあ、さつきちゃん。協力感謝するよ。で、どうだいわたしの自転車の押し心地は?」
「どうって、別に何もないけど。あ、約束は守ってね。今度急いでるとき借りるから」
放課後、両側を田んぼに挟まれた一車線の道路を、自転車を押しているさつき(17歳)は家に帰るため、ショーコ(17歳)は特に目的地を設定せず周辺を撮影しながら、並んで歩いていた。
「ばっちりだよ、乗りまくっちゃって。ほんとどうしようかと思ってたんだー。歩きながら撮影したかったんだけど、帰りしんどいから自転車乗りたくてさー」
「はいはい。で、さっきから何を撮ってるの?」
「実は自主製作のホラー映画を昨日から作り始めたんだよ。もう大体のイメージは出来てるんだー。この辺を撮った後は、メイン会場の団地に行くつもりなんだよね。やっぱ自主製作ホラーは結局団地だからねえ」
「なんでもいいけど毎回自主製作ってやめて。余計うるさいから。大体、昼間のこんな田舎道を撮ってどうすんのよ」
さつきは立ち止まり辺りを見渡したが、田んぼと道路、家、そして道路標識と外灯、それ以外のものは確認できなかった。
「ふ、一見ただの田舎の午後。でもこの景色が後で大きな意味を持つんだよ。あ、ねえ、さつきちゃん。もう帰るだけでしょ、一緒に団地行っちゃわない?軽く出演を兼ねて」
「行かないし、出ない」
「よし、じゃあ帰りに寄るだけ。出演は未定でいいから、とりあえず団地行こうよ。だってさつきちゃんみたいな、さらっとすらっとした美人で高偏差値の人、ホラーにど適正なんだよー。他の人見つけるの大変だからさ。とりあえず行くだけで、ね。最悪隠し撮りでなんとかするから」
「事前に言われてたら余計行かないでしょ。大体どこの団地?」
「ほら、あの商店街の坂を下ってさ。病院あるじゃん、そこ真っ直ぐいったとこ」
「ああ、なんかあったね」
「だからさ、だん」
「もういいから!ちょっと、ほんとちょっと寄るだけだから」
「おおっし。いいねえ、これで完成にかなり近づいたよ!」
「その程度ならすぐ完成しそうね。あんたの映画」
「イメージはできてる!そして、おっと」
車が何台か近づいてくるのが見えたので、横断歩道のない十字路で二人は立ち止まり、あぶないあぶない。スプラッターは予定にはないし、誰も見たくないよ。と呟くショーコをさつきは無視し、車が通り過ぎた後、再び歩き出した。
「あとさ、大事なことなんだけど。さつきちゃん、心霊関係はどうなのかな、と」
「心霊関係って?」
「見たり、聞いたり、乗り移られたりさ。何かそっち方向の経験は」
「無い。あんたはあるの?」
「いやあ、残念ながら。まったくなんだよねえ。でもさ、名選手しか名監督になれないってわけでもないしさ。霊が見えないわたしにだって名作ホラーを撮れる可能性はあるよ!」
「それはそうかもしれないけど。大体あんたの言う心霊関係っていうのがよくわからないし」
「あ、じゃあさつきちゃんさ。信じてるの?例えば、霊、を」
「信じてない、特に人が見たって話は。おかしなところばっかりだし。でも」
でも、だけど。さつきは歩くスピードを緩める。
「え、でも?」
「でも、いないっていう証明もできない。今のわたしには」
立ち止まったさつきはサドルを強く掴み、ショーコの目を見て言った。
「霊自体は信じてるけど、霊を見た、聞いたって話は信じないってことね。若干屈折してるけどそれはそれで、あ、まずい!」
ぎゃー、わたしやっちゃったかも!ショーコはリュックを肩から降ろして中身を覗き込んだ。
「ちょっと、聞いといて適当に話を流さないでよ!」
「でもほんとにさつきちゃん、やばいよ。大事なものを忘れていた」
ショーコはリュックの中身を何度も出し入れした後、頭を抱え込む。
「え、なに?」
「いいから、いいから。そこのコンビニ行こう。ここで気づいてよかったよ」
「うん、まあいいけど」
「あれだよ、あれ。こういう映画撮るときには常備しておかなきゃいけないやつだよ、さっと行ってくるから!」
ショーコは自転車を押していたさつきを追い越し、走ってコンビニに向かった。
コンビニに入ったさつきは、調味料が陳列されている棚の前で悩んでいるショーコを見つけて、で、何を探してるの?と言いながら横に並ぶ。
「まあそれはねえ、っと。おー、あった」
「ああ、塩、ね」
「そうそう。怖いもん撮りに行くんだから、基本だよ。結局清め清められだよ。いやあ、忘れてた、酒はあるだけどなあ。塩もいるよ。面目ないって、え、ない。ないよ、さつきちゃん」
あるじゃない、これ。さつきは袋に入った塩を持ってショーコの目の前に突き出す。
「ちょっと、そんな大きいのいらないよ。一人暮らしでそれだけの量を使い切るのにどれだけ時間が」
「はあ、あんた家でも使うつもりなの?」
「そりゃあそうさ。ちょうどなかったしさ。ほら、こう上がプラで下がガラスのちょっとしたやつがいいんだけど、うーん」
「家とは区別しなさい。ほら、場所によっては大量に必要でしょ?」
「それはそうなんだけ、あ、これでいいじゃん!ね、さつきちゃん、これにしよう」
ショーコは味付き塩コショウを手に取りさつきの目の前で揺らした。
「ばっ、あんたそれは」
「だってさ、一応塩入ってるよ」
「塩は入ってるけど、コショウも入ってるじゃない!っていうか味もついてるじゃない!」
さつきの声が大きくなり、レジにいた店員が心配そうにカウンターから二人を覗き込む。
「まあまあ。ダウンダウン、下げて下げて。でもさつきちゃん。逆にさ、これまでコショウで霊がどうこうって話聞いたことある?」
「・・・コショウで?」
「ないでしょ?ほら。とりあえず塩があればいいんだよ。いやー、解決解決」
「あんた優先度が家で使う用に傾きすぎなのよ」
「そーんなことなーいさあ。しーんぱいないさー」
ショーコは味付き塩コショウを持ってレジに向かい、さつきは先に店を出た。
田んぼに囲まれた広い駐車場には大きなトラックが一台停まっており、それ以外の車両はない。
店の前にあるベンチに座ったさつきが店内に視線を戻すと、塩コショウを握りしめ並んでいるショーコが見えた。