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1話

 それは休日の昼下がりに俺がソファーに寝っころがってハリウッド版『マッチ売りの少女』の映画を鑑賞している時だった。


 全米売り上げナンバーワンを達成したこの作品は数々の賞を総なめにし、ついにはアカデミー賞も取った。そんな話題作が日本上陸した時にはそれはもう話題になったものだ。


 あまりに流行り過ぎて、マッチ売りの少女の格好をしたマッチ売り女子が巷に溢れ「マッチはいりませんか」と赤ずきんにマッチの入った籠を持って道行く人たちに声を掛けるパフォーマンスが社会現象化し問題としてニュースに取り上げられる事もあった。


 しかし、それも去年の話だ。


 流行に一周後れてついていく主義の俺は流行が沈静化したのを見計らって、レンタルショップで借りてきたのだ。


 内容に関しての感想だが、映像美以外は至って普通のマッチ売りの少女だった。


「というか、こんな可愛い子がマッチを売っていたら普通買うよな」


 そんな事に一人突っ込みを入れながら鑑賞を続けていると、映画はちょうどマッチ売りの少女がマッチを擦って幻覚を見るシーンになっていた。ド派手なCGで描かれたクライマックスのシーンに突入する。その時だった。



 ピンポーン。



 なんだかんだで感動のクライマックスに興奮が最高潮に達していた俺に水を差すようにインターホンのチャイムが鳴った。


「なんだよ、今いい所なのに」


 居留守を使うかと無視していると、更に続けてピンポンピンポンとインターホンのチャイムが連打される。


「んだよ」


 かなり失礼な奴だ。新聞の勧誘か、はたまた宗教の勧誘か。

 こう五月蝿くちゃ、おちおち落ち着いて映画を鑑賞する事も出来ない。


 俺は美麗なクライマックスシーンが流されているテレビのモニターを消すと、ピンポンピンポンとけたたましく音を鳴らし続ける玄関へと足を向けた。


 そしてドアノブを捻ると、扉を開けた。


「あの、勧誘なら間に合ってるんで……」


 と言いかけた所で、俺は言葉を止める。

 小柄な体格に赤いずきんを被り、手にはマッチが沢山入った籠を持った女の子。


「マッチはいりませんか?」


 マッチ売りの少女が立っていた。




 ◇◆◇




 どうやら俺の他にも流行に一周遅れのやつが居たらしい。


 目の前のマッチ売りの少女の姿をした女の子をマジマジと見つめながら、俺が呆れているとマッチ売りの少女の姿をした女の子は再度、


「マッチはいりませんか?」


 と訊ねてきた。


「いりません」


 俺が即答すると、ガーンとショックのような顔をしてフリーズしてしまった。


 いやいや、固まられても困るから。


「ひどい、こんなにいいマッチなのに……」


 しかも目に涙を溜め始めた。

 俺ははぁとため息をつくと、改めて少女に声を掛ける。


「あんた一体なんなんだ? 宗教の勧誘かなんかなのか?」

「宗教? 違います。わたしはマッチ売りの少女です」

「いや、だから――」


 マッチ売りの少女のコスプレをしているのはわかったから、何の目的なのかって訊いてるんだけどな。


 俺が懇切丁寧にその事を訊ねると、マッチ売りの少女(仮)はキョトンとした顔を返してきた。


「目的ですか? それはもちろんマッチを売る事ですよ。だってマッチ売りの少女ですからね。マッチ売りの少女がマッチを売る以外に何を売るって言うんですか?」


 うーむ、これはマジでキャラ付けが強固だな。普通コスプレでもここまで成りきらないと思うけど。というわけで無駄かもしれないが、揺さぶりを掛けてみる。


「あんたアレだろ。去年流行ったマッチ売りの少女の真似をするマッチ売り女子ってやつだろ?」

「マッチ売り女子?」

「ほら映画のマッチ売りの少女の真似をするやつだよ」


 俺が言うと、マッチ売りの少女(仮)が「ああ」と手を叩いた。


「あ、あれはいい映画でしたよね~。わたしなんて十回も映画館に足を運んじゃいました~」


 運びすぎだろ、足。


「でも、違いますよ。わたしはマッチ売りの少女です。本物です。まあ、あの映画のマッチ売りの少女もわたしなんですけどね。去年はわたしの真似をする人が沢山いてびっくりしましたよ~」


 言うに事欠いて、映画に出ていたのはわたしで自分真似をする人が沢山と来たか。かなりの妄想癖らしい。確かにコスプレとは思えない程の完成度で似ているが。


 俺が超絶怪訝な目を向けていると、ほぅと息をついてマッチ売りの少女(仮)は感慨深げな様子で続ける。


「あの映画のおかげで去年は結構な人がマッチに興味を持ってくれたんですけど、今年は全然駄目なんですよねぇ。個人商店のお豆腐屋さんの気分です」


 いや、個人商店の豆腐屋の方が個人商店のマッチ屋よりかは大分マシだと思うが……。


 というかその言い方だと興味を持って貰えただけで買ってもらえたわけじゃなさそうだな。


「あんたがマッチ売りの少女だという事は認めてやるよ」

「ほんとですかっ」

「百歩譲ってだけどな」

「わぁ、百歩も譲ってくれるんですか。ありがとうございます!」


「……」


 多分百歩譲るの意味をわかってないな。俺はぱっと花が咲いたように笑うマッチ売りの少女(仮)の(仮)部分を心の中で外す。まあ、ここまで完璧にキャラクターに成りきれるコスプレイヤーはそうはいない。それに敬意を示したまでの事だ。


「だが、マッチはいらん。帰ってくれ」

「え……」

「じゃ、そういう事で」


 呆然とするマッチ売りの少女を残して、俺は一方的に扉を閉める。


「ん?」


 しかし、扉が閉まらない。

 何事かと下を見るとマッチ売りの少女の扉の間に足を挟んで、扉が閉まるのを阻止していた。


「待ってください。せめて話だけでも……、話を聞けばきっとマッチが欲しくなるはずです」

「いや、あり得ないから。足をどけてくれ」

「だめです。話を聞いてくれるまでは帰りません!」

「足元にゴキブリいるよ?」

「なんやて!」


 マッチ売りの少女が足を引っ込めた隙に、俺はすかさず扉を閉める。


「あっ」


 とした顔をマッチ売りの少女がした時には、バタンと音を立てて扉が閉まった。

 やれやれ変なのに関わってしまったな。さ、映画の続きを見よう。


 そうして俺は中断していた映画鑑賞を再会する。


 映画の中のマッチ売りの少女はマッチを擦ると、その炎の中に幸せな光景を眺めながら息を引き取る。


 そう言えば、マッチ売りの少女って悲劇だったな。あれもこれもマッチが売れないせいなわけだが――。


「……」


 ふと、本当に魔が差したとしか思えないが、映画の悲劇的なラストに先ほどのマッチ売りの少女の姿が脳裏をよぎった。


 さすがにちょっと可哀想だったかな。

 あのマッチ売りの少女もマッチが売れなかったら、一人でマッチを擦っていたりするのだろうか。


 しかし改めて見ると映画の中のマッチ売りの少女は、先ほど玄関にやってきたマッチ売りの少女にそっくりだった。


 ちなみにこのハリウッド版マッチ売りの少女の主演女優は突然現れた無名の新人で実は素人から起用されたという事だった。


 そう言えばアカデミー賞受賞の時、妙な事をインタビューで言ってたんだよな。確か、本物のマッチ売りの少女にオファーする事が出来たから作る気になったとか何とか。


 さっきあいつ映画に出てたのは自分だって言ってたよな。もしかして本物だったりするのか?


「いやいや……」


 俺は首を振ると、自分の考えの愚かさに苦笑する。


 あれはコスプレで、多分宗教の勧誘かもしくは本当にマッチの押し売りかのどちらかだ。気にするような事じゃない。


 そう自分を納得させていると、


「ん?」


 ふと煙の臭いがした。


「な、なんだ?」


 まさか火事か! 臭いの発生源はどうやら玄関のようだ。慌てて玄関に行き扉を開けると、


「あ、焼き芋食べますか?」


 人んちの玄関でマッチ売りの少女が暢気に焼き芋をしていた。


「いや、お前何してんの?」

「いえ、マッチを擦っていたら、焼き芋がしたくなってしまって。お一つどうですか? 丁度今出来た所なんですよ」


 そう言うと、俺に出来たてホクホクの焼き芋を手渡してきた。


「あっつ」

「あ、火傷しないように気をつけてくださいね」

「ああ……」


 俺は戸惑いながらも、受け取った焼き芋を半分に折る。


 すると小金色の中身が姿を現し、ぶわっと甘い香りが湯気と一緒に一気に広がる。糖度がかなり高いのか蜜のようになっている場所もあった。


 俺ははふはふと熱さに息を吐きながら、黄金色のさつまいもに被りつく。すると口の中になんとも言えない上品な甘さが広がった。


 芋本来の甘みというべきだろうか。それはとても甘いにも関わらず決してくどいという事はなく。溶けるように舌を這い喉へと落ちていく。


「どうですか? 鹿児島産の安納芋を使った焼き芋なんですよ」

「うまい……」


 それしかいえなかった。本当にうまいものを食べるとそれしか言えなくなるんだな。


「本当ですか! これわたしのマッチで作ったんですよ。これもわたしのマッチのおかげですね。さすがわたしのマッチです!」

「マッチじゃなくて芋がいいんだろ……」


 というかマッチとか着火の時に使うだけだろ。


「お芋はもちろんいいのですが、やっぱりマッチですよ。マッチってスゲーです。ほらほら、あなたもマッチが買いたくなってきたんじゃないですか」

「なりません。芋はうまかったがマッチはいらん。いいから、焚き火の後始末をしてさっさと帰ってくれ」

「そ、そんな……」


 マッチ売りの少女は水分量の足りないシャボン玉のように、しょぼんとした顔をするとそそくさと焚き火の後始末をしてとぼとぼと帰――帰らなかった。


「何してるんだ?」


 どこから持ってきたのか七輪を持って戻ってくると、玄関の前にドンと置いた。


「だって誰もマッチを買ってくれないんですよ。もう、マッチを擦るしか、マッチを擦るしか――」


 そして追い詰められた表情で呪詛のように繰り返している。


 なるほど、マッチが売れなかったらマッチを擦る。実にマッチ売りの少女らしい行動である。でも問題なのはそこじゃねぇ。


「おいこら、何うちの玄関でバーベキューを始めようとしてやがんだ」

「ああ、親切なオホーツクのラッコさんから貰ったなけなしのホタテ。いまこそ使わせていただきます」

「聞けよ」


 ガン無視して懐から取り出したホタテを祈るような表情で網の上に載せると、持っている籠からマッチ箱を取り出すと中からマッチ棒を一本取り出しマッチ箱の側面にしゅっと擦る。


 しかし火が点かない。

 もう一度しゅっと擦る。

 それでも点かない。

 もう一回しゅっと擦る。

 バキッと音を立てて、マッチ棒が折れた。


「あ、折れちゃった」

「ド下手かよ!」


 マッチ売りの少女にも関わらず、マッチを擦るのは苦手なようだ。マッチ売りの少女は折れたマッチ棒をぽいっと七輪の中に投げ捨てると新たにマッチ棒を取り出すと格闘を始める。


「ちょっと待っててください。もうちょっとで火が点きますからっ」


 俺はそれを白々とした目で見下ろすと、


「いや、点けなくていいから。その七輪も持ってさっさと帰ってくれ」

「いえ、きっとこのホタテを食べればあなたもきっとマッチが買いたくなるはずです」


 これは――、もはやかなり意固地になっているようだった。

 普通に帰れと言っても帰らなそうである。


 というかここは一応集合アパートなのだ。こんな入り口で焚き火やらバーベキューやらをやられるのは非常にまずい。そろそろご近所さんから苦情の一つも来てもおかしくない。


 仕方ない。


「話だけなら聞こう」

「え、マッチ買ってくれるんですか?」

「買うとは言ってない。話を聞くだけだ」


 念を押すように言ったが、マッチ売りの少女はマッチを買ってもらえると思い込んでいるのか、まるで光が射したかのように明るい表情になっていた。


「オホーツクの親切なラッコさん。ありがとうございました。あなたのくれたホタテのおかげでマッチを買って貰えそうです」


 マッチ売りの少女は七輪の網からホタテを取り外すと、ペコリと一礼すると懐に仕舞いなおす。


「そうと決まったら中に入りましょう!」

「は?」

「いえ、立ち話もなんですし。ささ、中へどうぞ」


 マッチ売りの少女はスルリと俺の脇を抜けると、家の中へと勝手に入っていってしまった。


「いや、それあんたが言う事と違うだろ……」


 俺は「早く、早く」と廊下で手を振るマッチ売りの少女の姿にため息をついたのだった。

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