05:はじめての戦闘
ここはハーベルスで有名な安くて旨くて、そして店員さんが可愛いというお店にアルに連れられて来ていた。
「いやぁ〜〜ここの店員さんはやっぱり可愛いよね〜〜服も素敵だなぁ」
確かに店員のお姉さん達はみんな可愛く、フリフリのフリルの付いた秋葉原のメイドさんを彷彿させる姿をしていた。頭にはカチューシャを付け、短めのスカートから覗く生足にニーソックス装備というまさに完璧具合である。
ていうか、この世界にニーソという概念が存在していたのか……どこの変態だ。ありがとうございます。
「……まぁでも……アルのが可愛いよなぁ」
ゴトッッ
物凄い爆音を轟かせテーブルに頭突きをかまして突っ伏しているアル。
周りのお客さんも何事かとチラチラと見ており、近くにいた店員さんがアワアワして何故かおしぼりを持ってきた。
いや、おしぼりはいらんだろ。有り難く受け取っておくけども。
さっきも思ったのだが、アルはどうも自分の容姿に自信がないようであった。普通こんな美少女がいたらナンパの一人や百人はされると思うのだが、このお店に来るまでの道中でも忌避な眼差しを向けられるのみでそんなことは一切なかったのである。
「…………ごめん、なんでもないから、気にしないでねぇ……」
「お、おぅ…………おしぼり、使うか?」
「……ありがと」
アルはおしぼりを頭に乗せて、のぼせてしまった熱を冷ましていた。
まさか役にたつとは……これを見越して渡したのか?やるな、店員さん。
おしぼり効果で頭が冷えたアルはギロリとこちらを向き、何か物申したいご様子である。
「マモルさ、簡単にかっ、かわ、可愛いとか言わない方がいいと思うんだけどっ! マモルの故郷ではどうか知らないけど、勘違いしちゃうと思うんだよねっ!?」
「勘違いしちゃうのか?」
「うん!!」
まじか、チョロいな!
ツインテールを左右にピョコピョコ揺すり、顔を真っ赤なリゴンの様にさせて怒っている様子だった。
故郷であった日本がアモーレの国イタリアのように情熱的なアプローチを頻繁にするようなところではないのだが、と思ってしまったが、確かにアルと一緒にいるとつい可愛いを口ずさんでしまっている節がった。だって可愛いだもん。
あ、またやっちまった。
「いや、悪いと思ってるよ。これからは気をつけるから許して欲しい」
「…………まぁ、いいけど」
半眼で渋々と了承してくれたので、ホッと胸を撫で下ろした。これからは自重しようと心の片隅で思うことにしたのだった。
タイミングを見計らっていたのか、話が落ち着くと先程おしぼりを持ってきてくれた店員さんが注文しておいた料理を運んできてくれた。
「ラビトカゲのステーキとスネクサーモンのマリネサラダです〜〜ステーキはお熱くなってますので気をつけて下さいね」
ジュウジュウと肉汁が弾ける音に鼻孔を擽ぐるパンチのある香りが空腹の胃袋に早く食べさせてくれと訴えかけてくる。
全く同じものにスイーツを一品つけたアルの料理も運ばれてきた。モーモのパイと店員さんが言ってたか、確実に桃のパイであった。
「……なぁアル、ほんとにご馳走になっても良いのか?……やっぱ悪いよ」
「そう言うと思ったから、この後マモルには狩りをしてもらおうかなって思ってるんだ。そこで手に入れた素材を管理組合に換金して貰って私に渡してくれればいいよ」
恐らく納得しないだろうと思い、予めお金を稼ぐ算段を立てていたそうだ。
なんでもハーベルス近郊は小型の魔物の発生率が多いらしく、小金稼ぎには困らないそうだ。広野を過ぎた辺りからヘルグライフの様な第一級危険生物が闊歩する土地へ変わるという。正に先程までいた深い森の中は用を足しに赴くような場所ではないのだ。
そりゃアルも驚くわな。
「あとね、もしかしたらなんだけど、マモルのパラメーターが治るかもしれない良い案があるんだっ」
「ん? どういう事だ?」
「ふふっそれはね……」
「待ってッッ!!!! 小型の魔物って言ったよね!?!?」
全長二メートルオーバーの巨大な熊が逃げる餌を猛然と涎を垂らしながら追っているところであった。本日二度目の死地に全力で広野を駆ける。
「マモル〜〜逃げちゃダメだよ〜〜ほら闘って勝たないとレベル上がらないよ〜〜」
「無茶ぁぁあ言うよなぁぁあああ!!!!」
大顎を開きそこから覗く歪な牙に噛まれたら最後だろう。また地面をえぐる勢いでこちらに迫り来る爪に触れても同じである。つまり追いつかれた時点で詰みという訳だ。
先程ご飯を食べている時、俺のパラメーター異常を治すにはレベルアップが良いかも知れないとアルは進言してきた。
理由はレベルアップの際には身体機能が向上し、パラメーターが一定量増加するそうなのだ。それに伴って元の正しい数値になるのでは、と推測したらしい。
俺の懐事情とパラメーターの正常化に向けて、アル、そして外に出たのでサンとも合流して小型の魔物を狩りに来たのだが、初っ端からこの有様である。
「マモル〜〜目だよ!! 目!! ブスリとやって怯んだところを首にグサッと!! 私の短剣よく切れるからいけるよ〜〜!!」
アルから繊細な彫りが施された鋭利な短剣を借り受けたものの、そんな芸当到底出来る訳もなく、かといってこのまま逃げていても埒が明かないだろう。さて、どうしたものかと必死に考える。
「……サン。マモルをどう見る?」
「……それはアイツの勝敗か? それとも英雄かという話か?」
「両方だよ」
「ふむ……後者が正しいようなら勝敗は考えずとも分かるだろうに。……違うなら、負けるだろうな。あんな動きではいつまでたってもスモールベアーガには勝てんよ。ましてやレベル 1 が相手に出来る敵でもないのだしな。アルは期待しているのか?」
「……まあ、こんな世界だからね……。さっきもサンに話したけど、マモルのパラメーターは異常過ぎる。コレがもし間違いなら可哀想としか言いようがないけど……間違いでないなら……」
そこで言葉を切り、二人はマモルに視線を向けながら固唾を呑んで戦闘を見守っていた。時折斬りかかる様子を見せてはいるが、体表を浅く傷つけるくらいで致命傷にはならない。それどころか、傷つけられた事によりスモールベアーガは怒り出してしまっていた。
このままだと確実に負ける。というより死ぬだろう。アルはいつでも助けに行けるように、背中に背負う大剣の柄に手をかけていた。
「はぁ……はぁ……クッソッ! 全然手応えがねぇなコイツ……。物理攻撃 1 はマジって事かよ……はぁはぁ……しかも怒り出しやがった」
物理攻撃 1 しかないこちらとしては武器の性能を足してもこの程度が関の山のようであった。
互いに一定の距離を保ちつつ、視線を交える。だが徐々にスモールベアーガが距離を縮めるべくにじり寄り、突然ピタリとその動きを止めた。
……どうした?
と思った次の瞬間、鋭い咆哮と共にその身に魔力を纏い、こちらの瞬きの隙を突いて懐に詰め寄られてしまった。
あ、これ前にも似たような……
咄嗟に後ろにバックステップで下がると、スモールベアーガの爪が鼻頭をかすめる様に下から上へと通り過ぎていった。
アルが一瞬動いたが、サンに呼び止められているのが視界の端で見えていた。どうやら助けてくれようとしたらしい。
「ふぅ……あぶねぇ、あぶねぇ……以前にも似た様な経験してて助かったわ」
ツーっと、嫌な汗が頬を伝う。今のは危うく死ぬところであった。
仕留め損なったスモールベアーガは怒りの形相でこちらを窺い、次は仕留めるという強い意志が見られる。
再度魔力を纏ったスモールベアーガが大地を蹴り、突進してくる。
大型トラックが猛スピードで接近してくるような感覚を全身に受けつつも、次は見逃すまいと両目でスモールベアーガを捉えている。
選択肢は二つある。逃げるか、闘うか。
しかし魔力を纏ったこの熊から逃げ切る事など不可能だと、先程の接近で理解していた。
「……こりゃ背中を見せた瞬間あの世行きだわ」
つまり選択肢は一つしかない。
これは一種の賭けである。だがこの戦闘でほぼ確信は出来ていたのだ。ただ、覚悟がなかっただけの話である。
俺は腕をダラリと下ろし、スゥっと息を吸って、吐く。
「さあ! ドンと来やがれッ!! 熊野郎がッッ!!!!」
覚悟の咆哮と共に、俺は短剣を握る手に力を込めて正面に構えたのだった。