03:悪魔と魔人と呼ばれる者たち
正門前に並ぶこと暫し。僅かずつであるが確実に動いている事は確かだった。
「しかし凄い人の数だなぁ……」
「ここはいつもこんなもんだよ」
某夢の国でアトラクションを今か今かと待っている時の気分を思い出す。アレもなかなか回って来ないんだよなぁ。ファス◯パスとかないの?
「おい、あそこにいるの」
「あぁ」
列を並ぶ前からそうだったが、何故かこちらを向いては訝しげな表情を浮かべてコソコソと話をしている者がちらほらいた。
「……やっぱり俺ってこの辺りだとそんなに珍しいのかな……」
アルからも珍しいと言われていたが、これほどまで目立つとは思っていなかった。
それにどこか穢いものでも見るかのような視線も感じていたのだ。正直いって気分は良くなかった。
すると、前にいるアルがそれは違うと教えてくれる。
「あれ、私を見て言ってるんだ」
「え? なんで?」
「それはほら、私がこの髪色だからだよ。赤に近い色ほど魔人の血が濃い証拠だから」
「えっ、なに魔人って?」
「えぇ!? なんで知らないのさ!?」
詳しく話を聞くと、魔人とは大昔に悪魔が人に産ませた子を示すそうだ。この世界では普通に悪魔という魔物が存在し、人間社会とは別に悪魔社会を形成しているらしい。
これまでは互いに干渉し合わない関係だったものの、いつしか悪魔が人を攫うようになったという。
理由は悪魔の子を成す為の母体や子種の確保だとされていた。
悪魔は生殖行為が少なく、また産まれてくる確率も低いとされる。数は少なくてもその驚異的な身体能力と魔力量は人を遥かに上回るが、圧倒的に絶対数が少ない。そこで悪魔は人に悪魔の子を産ませその数を増やそうと考えたのだ。
しかし産まれて来た魔人は悪魔社会に馴染めず、また悪魔も魔人と相容れなかったのだ。次第に魔人達は悪魔社会を離れていき、自ら魔人社会を形成するようになった。
そして現在の人間社会、悪魔社会、魔人社会の三つの社会が出来上がったそうだ。
ここまでがアルから大雑把に聞いた話である。
「じゃあアルはその魔人なの?」
「いや、人だよ。私のお母さんの系統に魔人の血が入ってるらしいんだけど、お姉ちゃんは普通の人だから。先祖の影響が出てきた私は結構希なの」
悪魔の犠牲者となってしまった魔人は僅かながら人との関わりもあったらしく、魔人と人との子が出来たという。そこで産まれてくる子はほぼ人らしいのだ。なので魔人の子の子は人が産まれるのだが、本当に稀に魔人の血を濃く持って産まれてくる子がいるという。それがアルということだった。
「悪魔は勿論、魔人もよく思わない人って結構多いからさ。こんな見た目だとよく思われないんだ。……まぁもう慣れっこなんだけど。だからマモルは気にしないでも平気だよ。そっちは普通に珍しいだけだからさ」
そう言って笑っていたアルだったが、どこか浮かない様子だったのは、口ではそう言っても内心ではかなり気にしているのだろう。
そんな様子を知ってしまうと、回りで囁いている奴らに段々と怒りを覚え始める。
「ムカつくな……アイツら」
「私も同意だな。アル、アイツらを噛み殺してきてもいいか?」
同じく怒りを覚えたらしいサンが殺戮許可をアルに聞いていた。
お、サンと意見があったらしい。
「ダメに決まってるでしょが。そんな事したら私たち全員死罪だからね」
「だけどよ……こんな可愛いのに……釈然としねぇな。アイツらの目、腐ってるんじゃないか」
「……誰が可愛いの?」
「え? そりゃアルに決まってるだろ」
「…………」
すると、ポカンとした表情をしたかと思うと、直ぐに前を向いてしまいこちらを見なくなってしまった。
え、もしかしてやっちまったのか!?可愛いくらい良いよね?もしかしてこの世界では禁句なのか!?
内心でブツブツと呟く俺をよそ目に、正面を向いてしまったアルの耳は真っ赤に染まっていた。
「……アルの悪口を叩く奴は勿論だが、誑かす奴も私の敵だ」
ボソリとそう呟くサンであったが、ウンウン唸っていたマモルの耳には届かなかったのだった。
しばらくすると、赤面から復帰したアル達一行はやっと正門の真下までやって来ていた。
街へ入るためには通行許可書を発行して貰う必要があり、発行には銅貨三枚掛かるそうだ。
この世界では銅貨、銀貨、金貨、白金貨の四種類あり、銅貨一枚でおよそリゴンと言う果物一つ分の価値があるという。リゴンというものが分からなかった俺は、正門前に並ぶ商人が引く荷馬車に積まれている物だとアルに教えてもらい、それが日本でいうところのリンゴに近しい物だと理解した。
貨幣価値であるが、銅貨十枚で銀貨一枚に相当し、銀貨十枚で金貨一枚、金貨十枚で白金貨一枚だそうだ。
因みに一般の平民が年間で稼げるのが金貨三枚ほどだという。アルの財布と思わしき布の中身がキラキラと輝く金色の山で埋め尽くされているのをチラリとみてしまった時は驚愕した。
それに引き換え俺はというと……。
「待って……金ないじゃん。俺……」
「私が払っておくからいいよ」
「いや!そういう訳にはいかない!!男が女の子に奢られるなんてあってはならないんだ!」
という己のプライドの為に必死に何か持っていないかを探すが、鞄にもパンツのポケットにも何一つ入っていなかった。
何で鞄あるのに何もないんだよ!!
と心の叫びを上げていた。転生特典とかサービスがあっても良かろうに。
「……そこまで言うなら体で払って貰らおうかな?」
何か意味深な言葉を放つアルに一瞬思考が停止してしまったものの、直ぐに覚醒して一言、
「…………喜んで!!!!」
俺は全力で体で支払う事を了承していた。
そんな正門前でのやり取りがあったのは今から約十分前の事である。
現在の俺はヘルグライフの生首を両腕でぷるぷると抱え、街の中を歩いていた。
体で払うとはつまりこういう事だ。
重い上にチラチラと変な目で見られている気がするが気にしない。気にしないったら気にしない。
「だいじょぶ? やっぱ私がもとっか?」
「男に二言はない!! 任せてくれ!!」
邪な想像をしていたとはいえ、ここで断ることは俺のプライドが許さなかった。それに通行許可書代を払って貰っているのである。
ちなみにサンに持って貰うという選択も今は出来ない。正門を潜る前に獣は入る事が出来ないと言われてしまったからだ。現在は外にある小屋で待機して貰っている。
「もう少しで管理組合に着くから頑張るんだっ!!」
街の名前をハーベルスという。人口は約三万人と、ここら辺では一番の大国だという。商業区、工業区、居住区、富裕区と四つに分かれており、現在は商業区にある管理組合へと向かっている。
アルの声援のお陰でなんとか管理組合までやって来た俺たちは立派な両扉を開け、中へ入ったのだった。