01:ここは異世界って奴なのか
「ーーーーハッ!?」
上半身を起こし、咄嗟に後頭部を確認する。しかしそこにはフサフサの髪の毛しか無く、決して脳汁が滴っているとか、血液がドボドボ溢れているといったグロテスクな惨状にはなっていなかった。
「……驚かせないでくれよ……だけどここは?」
辺りを見渡せば、見渡すだけ無駄とも思えるほどに木しか見えない。針葉樹と思えるが、明らかにもっとデカくて長かった。……別に卑猥な事は何も言ってないぞ?
取り敢えず何が言いたいのかと言うと、ここがどうやら深い森の中らしいと言う事だった。
それに今更気がついたが、先程まで上裸にボクシングパンツという出で立ちだったはずなのに、白い麻のシャツに紺色の羽織を掛け、黒いゆったりとしたパンツを履いていた。しっかりブーツも履き、おまけに肩掛けバックまで装備している。
なかなかに上等な物であり、さすがにこの森の中でパンイチに近い状態であったなら凍死や害虫の被害は免れなかったであろう。
誰が着替えさせてくれたのか分からないが、親切な人がいたものだと感謝している。
「……いや、そもそも人なんてこんなとこにいるわけないだろうが!?」
一人しかいないので一人でツッコミを入れなければならないのが悲しいかな。
取り敢えずここに居ても何も分からないので、移動してみる事にした。
それから約三十分程歩いたのか、俺は小高い丘の上に出ることに成功していた。
そこで俺は驚愕して口を間抜けに開けるしか出来なかった。
今までは深い森の中でここが何処なのか分からなかったが、開けて丘に出た事で色々と分かった。
ここは日本でも、海外でも、ましてや地球でも無かった。空には太陽らしきものが二つあり、眼下に広がるのは広大過ぎる森。
遠くには雲を突き抜けた山脈が軒並み、雲の上から滝まで流れている。
そして空を良く目を凝らして見れば、明らかに鳥ではない怪鳥と言えるレベルの怪物が空を支配していた。
俺は確信を持って言える。そう、ここはーー
「異世界って奴なのか」
不動 守。十八歳にて異世界に転生する。
こんな状態でなければ頭の可笑しな奴だと思われるだろう。
実は夢なのではないか?と思い顔面を殴って見るが、ボクシングで鍛えた渾身の一撃は現実であるという事を無慈悲にも証明してくれた。
決して強くはなかったアマチュアボクサーだったとしても、ボクサーのパンチは凶器とまで言われているのだ。痛くて涙が滲む。
ここが現実だと理解したところでこれからどうすればいいのか分からずに立ち尽くしていると、先程から上空を自由に飛んでいた怪鳥が僅かだがこちらに向かって降下してきているように思えた。そして見つめる事しばし、明らかに怪鳥と目と目が合った気がする。
決して恋など始まる訳がなく、始まるのは獰猛な肉食獣の食事に間違いないだろう。
脱兎の如く森に引き返す。全力で木の隙間を縫いながら突き進み、チラリと後ろを振り向けば木々を軽々と蹴散らしながらこちらに迫り来る狂気の怪鳥。爛々と光る赤い瞳は絶対に逃がさないという意思が感じられた。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!」
既に振り返る余裕すらなく、寧ろ怖くて振り帰れなかったのだが、物凄い爆音を背中に受けながら必死に足を前に動かし続けた。
立ち止まったら最後という言葉が脳裏を駆け巡る。
「転生……した……直後にッ……もう死にそうって……どんだけついてないんだよッッ!!!!」
そろそろ足も悲鳴をあげ、限界が迫ったその時、
「伏せて!!!!」
という凛々しくも可愛らしい女性の声に反応し、その場に倒れこむ。
と、その瞬間。俺の頭上を翔け抜け、両手に握る身の丈ほどの大剣をその勢いのまま横薙ぎにぶん回し、巨大な怪鳥の首を一刀両断したのだった。
跳ねた首が宙を舞い、糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちる怪鳥はその生命に終止符を告げた。
バゴン!!!!
という爆音を轟かせ地面に降り立つのは、思っていたよりも幼い、女性というよりは少女に近い女の子だった。
その左手にはつい今しがた落とした怪鳥の首が抱えられていた。
「だいじょぶ? 立てる?」
「……いや、すまん。腰が抜けて立てないわ」
「あはっ。男のくせに情けなっ!」
屈託無い笑顔で少女は俺に手を貸し、立ち上がらせてくれたのだった。