30.
魔獣は、2匹が御者の付近に、残り3匹が馬車の付近や、獲物を逃がさないようにとゆっくりと辺りを囲うように巡回している様に見える。
「ミーシャ! とりあえず、あいつらに見つからないような位置で魔法使え! 俺に当てんなよ!」
腰に添えていた武器を取り、もっとも御者に近い1匹に向かって走りだす。
動きは速くないが、体格を活かした体当たり、そしてアゴで攻撃、防御共に行うため、戦い方次第では苦戦する事になる。
草木を抜け、少しの広間にて争いを行っているモノたち。
そこへ1つの人影が急接近する姿をモノたちも認識する。
「ぁ……た、たすけてくれぇ!」
気がついたうちの一人、御者の一人がこちら向かって助けを乞うように手を振る。
「バカヤロウ! 前みろ!」
近くにいるアグルングアゴンから視線を外して、こちらを向いた。
アグルングアゴンにとって、その行為はどう捉えたのか。
警戒を薄くしたから狙い目だと思ったのか。
手を振り上げたので攻撃されると感じたのか。
アグルングアゴンは、首を大きく動かし、御者の一人を上から押しつぶす。
「がはぁ!」
体積のあるものに押しつぶされるが、体をじたばたとさせながら少しでも抗おうとする姿勢、もう少しで手が届く。
もう一人の御者は、仲間が潰されたと同時に馬車に向かい走り出す。
そこにも魔獣がいるのにもかかわらず、目の前の出来事から逃げるように。
もう少しで剣を突き立てれる。
両手に剣を持ち、威力を少しでも増すように足を速める。
あと数十歩、残り少し、もう少しとでといった距離まで近づいたとき、ブチッといったような何かが潰れる音が耳に届く。
まるで破裂音の様に、悲鳴も混じりながら。視線の一部には血しぶきが入る。
嫌な音が耳の中に聞こえてくるが、視線は完全には逸らさない。
今警戒すべきは目前まで迫った魔獣、そして別の魔獣が襲いかかってこないかという事。
目の前で人を潰した魔獣ではなく、近くにいたもう1匹が叫びながら突進してくるが、単調な動きから横をすり抜ける。
そして少しでもすれ違い様に切り傷を負わせる。
だが、今はこいつではない。
もしかしたら、まだ間に合うかもしれないといった微かな希望を持ちながら。
赤く染まった顔をゆっくりとこちらに向けてくる魔獣。
視線を完全にこちらに移すよりも、こちらの方が到着まで早い。
「おらぁあ!」
先程とは違い、確実な致命傷になるように力強く、深い傷になるように連撃を行う。
刺すという行為は魔獣を相手にする場合、一撃で絶命させれる程の箇所に与えられない限り、刺したはいいが、抜けなくなり、武器を失ってしまう事もある。
だからこそ、一旦は速度を活かしての連撃。
魔獣は痛みから叫び声を上げる。
遠くにいた残りの3匹も仲間の以上に気がつき、叫び声を上げていることが聞こえる。
魔獣は抵抗するように体を振るわせたので、一度距離を取るため後退する。また、先にすれ違っていた方の魔獣にも視線を送ると丁度ミーシャの魔法が魔獣に対して発動されていた。
魔法は水を氷の塊に変え、魔獣に向けて飛ばすが、小さな塊ではいくら攻撃しても攻撃としては弱い。
魔獣も魔法を放ってきていたミーシャに気がついたようで、こちらではなく、攻撃を行ってきている方角に突進をするように足を動かす。
「ミーシャ! そっちいくぞ!」
声を大きくし、注意を促す。
本来なら、もっと威力や大きさのある魔法を使うはずだ。
なのにいくらなんでも小さすぎた。
目の前の出来事によってかもしれない。
潰された馬車だけでなく、俺がもう少しだといった所でも明らかに潰されてしまった光景。
慣れない光景、それは俺も一緒だ……。
だけど、少なからず冒険者としてやっていくなら人の『死』はついてくる。
冒険者じゃなくても、商人だろうが、村に住んでいようが、魔獣が襲ってくる事もある。
ただ、頻度は圧倒的に高いのが冒険者。
目の前の魔獣は、かなりの傷を負わせる事ができているため息を荒くし、あと少しで息絶えるであろうところまで来ている、ならミーシャに向かおうとしている魔獣を……。
足を向けようとした途端、先程までとは比べものにならない大きさの氷の塊が魔獣に対して放たれた。
ドゴォん、一番堅いであろう魔獣の顔面部にぶつかった氷は大きな音を立て崩れる。
勢いもかなりのもので、魔獣も絶命したのかはわからないがゆっくりと地面に体を傾けていく。
「……はぁ、良かった……、できんなら最初からしっかりしろ!」
大丈夫そうだということもわかり、俺も目の前にいた、すでに弱っている魔獣にとどめを刺す。
目線の先には潰された人の亡骸、わかっていたがすでに事切れている。
損傷具合から仮に生きて様が……。
あと3匹。
ミーシャも草木をかき分け、こちらに顔を出して大丈夫だということを合図してくれた。
1匹がこちらに向かってきており、奥では
「ぎゃぁああ!」
「きゃー!!!」
「あああああぁあ!」
目視していた2人の御者以外の声が聞こえてくる。
先程まで無事だった馬車が半壊しており、その中からだろうか人の声がいくつか聞こえてくる。
逃げようとしていた御者の姿は見つからない。
ならば馬車の中にいる人達だけでも。
距離にしてもあまりないが、それでも魔獣が今にも馬車ごと潰されてもおかしくない。
少しでも早く、そんな思いで地面を蹴る。
ミーシャもあれぐらいの魔法を打つことが出来たんだ、一旦は大丈夫だろう。そう考える事ができれば、もっと目の前の事だけに集中できる。
向かってきた魔獣に対しては先程と同じように避けるが、ミーシャがすぐ近くにいるので、対処を任せる為に避けながら今度は足を切り裂きながらすれ違う。
足を止めず、速度をできる限り殺さずに対象の元へ。
「ミーシャ! そいつ任せたぞ!」
攻撃を与えたのは魔獣の左前足と後ろ足をそれぞれ1本づつ。
魔獣も走りながらだった事もあり、体勢を崩し、地面にこすりつける音と「まかせてー!」といった声が後ろでは聞こえていた。
2匹をまとめて相手取っても1人なら小細工なしでも十分対処できるが、今は馬車、中にいる人のことを考えると少しでも安全に対処しなければならない。
小さく魔法を唱え、手の中に砂が形成される。
距離をつめきり、2匹に対して魔法で作ったばかりの砂を投げつける。
特殊な砂というわけではない。
ただの砂。
一瞬でも目をくらませるための。
魔獣は砂を顔にかぶせられ、目を閉じる。
視界を少しでも奪うことが出来れば後は暴れられないようにまず1匹ずつ確実に。
魔獣の上に飛び乗るように跳躍しながら、1匹の首元をできる限り力を込めながら切り裂く。
首元が堅い皮膚で覆われているような魔獣でないなら、急所を狙えばほぼ確実に仕留めることが出来る。
魔獣の最も近くで動く事になるから、一度距離を取ることも難しいため、1回の攻撃で確実に仕留めなければ反撃を食らう可能性が格段に上がるのだが、変に暴れられないようにするためには仕方ない。
自分だけなら距離を取りながら最初の1匹の様に距離を取りつつ攻撃するところだ。
深手を負わせたと確信できる手応えを得ると今乗っている魔獣の背を蹴り、もう1匹に対しても同じく首元を狙うよう飛びかかる。
目も回復しつつあるのだろうが、魔獣も攻撃を受けるとわかっているのでジッとはしてくれず、首を動かして、自身に飛び込んでくる生物を噛みつかんとしている。
だけど、遅い。
体を空中で無理矢理捻ることで、十分攻撃を避けることができ、魔獣の上に飛び乗る。
そして、次の動作に入られるより早く、体を傷つけるようにしながら首元まで剣を持ってき、深く力を入れながら切り裂く。
魔獣の悲痛の叫びはすぐに消えていった。
ミーシャの方に顔を向けると、あちらも終わっているようではあったが……。
馬車の中からは震えているような、恐れているような声が聞こえてくる。
中の人達ももちろん気になるが、ミーシャの方が俺の中で優先度が高い。
「人が目の前で死ぬってのは……、初めてだよな」
「……うん。最初はどうしたらいいのかわからなくて、上手くできなかったけど……、魔獣をどうにかしないとって思えたから……、それでもやっぱり、気になっちゃう」
潰された御者の亡骸を見ながら呟く。
少し先にはもっと多くの死体がある。
「治せ……ないのかな?」
「あんまり見んな……死んでなくったってこんな傷、ミーシャは治せるか? 俺には無理だ」
目の前の亡骸は口から何か分からない物が出ており、体は腹と背中がくっついているといってもおかしくない状態。
「冒険者じゃなくっても人の死ってのは、少なくねぇ……ただ、冒険者はこんな職業だからな、知り合いにしばらく合わねぇって思ったら死んでたなんて珍しくねぇんだよ。そろそろ帰っても良いんだぜ? お前は良くやってるって俺は正直思う。ただ、良いことばっかりじゃないってのも……。これでわかったろ?」
「でも……、それでもお兄ちゃんは冒険者なんだよね?」
「俺は俺、ミーシャはミーシャだろ? 俺は冒険者ってのが今の所一番合ってると思ってるからな。もし他にやりたいことができたらそっちに行くかも知れねぇ。何度も話したろ? 無理だと思ったら逃げるのも大事だって」
続けて
「それができないヤツは早死にする。冒険者なりたての頃に1人で今の出来事があったら俺はこいつらを見捨ててでも逃げてたぞ? 嘘じゃねぇ、俺は知らないやつよりも自分が大事だし、知らないやつよりもミーシャが大事だ。だから、冒険者を辞めるって言ってもバカにはしねぇよ」
「……。大丈夫、うん、大丈夫! 大丈夫じゃないかもしれないけど、今は大丈夫! ごめんねお兄ちゃん? 心配かけちゃったよね」
「無理なら無理ってしっかり言えよ?」
それでも大丈夫だとミーシャは言い「ほら、あの人達も外に出して上げないと!」と気丈に振る舞うが、亡骸から目を逸らす時の表情は辛そうに見えた。
他人だろうが人の死なんて、慣れれるもんじゃねぇよ。




