城から
ヴァイス目線
「ヴァイス。これで良かったのか?確かに目に余る行動はあったが、ちと残酷すぎるんではないか?」
古くからの友人であり、王であるクーラが尋ねる。
彼はいつも優しく寛大で、そして甘すぎる。
クーラとの付き合いは、俺が、王になる前のクーラに魔法を教えるため城に勤めたときからになる。当時から他人に優しく、自分に厳しいところがあった。
こんな甘っちょろいお坊ちゃんが王様になんてなれんのか?となんど思ったことか。だが実際のところその性格故か立派に王の仕事をこなし、民衆には好かれている。
彼は当時と変わらない優しさ故に、この質問を投げかけたのだろう。
「いや、構わない。あいつには他人の存在の有り難さを知ってもらわなければいけない。図書館に引きこもるのも最初のうちは勉強の為だったろうが、今じゃただ他人と接するのが嫌で逃げ場所にしていたからな。」
「しかしいきなり場外に追い出すことはないだろう。街は比較的安全でも、誤ってスラムにでも入ってしまったらどうする!最悪の場合死んでしまうんだぞ。」
「最低限の身の振り方は教えたし、結構な資金も与えた。俺の子は馬鹿じゃない、簡単には死なん。」
クーラの言っていることは正しい。俺も同じことを考えている。
だが状況が状況だったのだ。
「こんなことを知ったらナルシスが悲しむぞ。」
「ナルシスはもういない。これ以上このことには触れないでくれ。今までなかった友人の唯一のワガママだ。頼む…!」
そう言って俺は足早に王の元から逃げたのであった。
レン目線
あのあと、父ヴァイスから旅に出るためのお金を渡された。
「これが、俺が父さんとして出来る最後のことだ。」
金の入った袋を僕によこす。
僕の態度の悪さだけで安全な城から外に追い出し、金で縁を切ろうとする父のクズっぷりにイライラして僕は何も言わずに袋を奪うようにして受け取った。そして吐き捨てるように
「僕が図書館に引きこもっていることを恥ずかしく思ったんじゃないんですか?あんたは優秀な魔導師団団長で、その息子が図書館の引きこもりじゃ恥ずかしいですもんねぇ!」
父さんがその言葉に傷ついたような顔をする。いや、事実傷ついたのかもしれない。
だが忠告も無しに城外に追い出し、金で縁を切ろうしてきたのに傷ついたのはこちらも同じだ。
だが父さんはすぐにいつも通りの顔になった。
もしかしたら気のせいだったのかもしれない。
「もういい、早く出て行け。もう二度と会うことはないだろう。」
「ああ、そうするよ!」
こうして僕と父さんの別れは最悪のものになったのだった。
「服も着替えたし、金も持った。準備はできたぞ!」
意気揚々と言ってみる。まるでこれから冒険に出る冒険者のように。だが実際はから元気で、準備ができたのではなく、できてしまった、と言うのが相応しいだろう。
「レンさん、準備できたんならさっさと出発しましょうよ〜。年頃の乙女より準備が遅いなんて最悪ですよ〜。」
「うるさいな!別に旅に出るのは僕だけでも良かったんだぞ!なんでメイドのお前が一緒についてくるんだ!」
「内緒でーす。」
僕を元メイドのニーナが急かす。
なぜ城外追放の僕について来ることになったのか分からない。
僕が城外追放となったことを知ったメイド達は大騒ぎだった。やっと解放されるだの、あの生意気なガキが!自業自得よ!と言いたい放題だったのだ。予想していたとはいえ城外追放の身となったことを知るや、目の前でここまで言われるとは思っていなかった。やはり横暴な態度をとっていただけにメイドには嫌われていた。
あまりの熱気に当てられ、呆然とするしかなかった。
だがたった一人だけが、
「では、私も旅に出る準備をいたしますのでお時間を頂いてもよろしいですか?」
と棒立ちしていた僕に言ってきたのだった。
僕はニーナをジロジロと訝しげに睨む。
彼女は手斧を腰に下げ、動きの邪魔にならないかチェックしている。
もうメイド服は着ておらず、平民と同じような服の上に魔術師の冒険者が着ていそうなローブを被り、ベルトで締めてそこに手斧を吊るすというヘンテコな格好をしている。
それに対し、僕はいつも通りの部屋着の上に、ニーナとお揃いのローブを被っている。
「なんですか?いつもと違う服装に見惚れてるんですか〜?ジロジロ見ないでくださ〜い。」
僕の視線に気付いたニーナはヘラヘラとそう言って胸を両手で隠す。
「見惚れる?馬鹿なこと言うなよ。そんな無い胸のどこに見惚れろって言うんだ。もういいから行こう。」
僕の乱暴な物言いにニーナの表情が固まる。そして自分の胸を見下ろしている。
彼女の軽薄な態度を見ているとイライラする。
これ以上軽口を言われてイライラする前に会話を終えて出発することにする。
歩きだしてからちらりと後ろを盗み見ると、ニーナは胸をペタペタと触っている。
売り言葉に買い言葉、何を気にしているんだろう?
そんなこんなで城門に向かう。
いつも使っていた寝室の前を通り過ぎる。
いつも使っていたトイレの前を通り過ぎる。
なんだかんだずっと過ごして来た城だ。いろいろ感慨深い。
そう思いながら図書館の前を通り過ぎ、また寝室の前を通り過ぎる。
「あの~、レンさん?もうすでに迷っていませんか?」
ニーナが呆れたように尋ねてくる。
いや、仕方ないな。
僕は人生の殆どを図書館と寝室だけで過ごしてきたんだ。意地になった僕が同じ通路をグルグル回りだしたのを見たニーナは、僕を出発前から疲れた顔で城門まで連れて行き、ようやく出発できることになる。
幸先の悪い門出となりながらも城外へ最初の一歩を踏み出したのだった。