俺と彼女と契約
今黒瀬はなんと言っただろうか…
俺は予想外の言葉を耳にし、状況を整理できていなかった。
だから、念のため聞き返す。
「えっとー、今なんと?」
「私と契約を結んでほしいの」
「…えっ?」
「だから…って何回同じことを言わせるつもりなの?」
「契約を結んでほしい…」
俺は黒瀬の言葉を復唱するように呟く。
「そう」
状況はまだ整理できていないが、とりあえず先に進むため俺は黒瀬に問う。
「それで、契約の内容はなんなんだ?」
「あなたは『私が学校のみんなと打ち解けられるように協力する』、そして私は『あなたのコミュ障を治す』っと言ったところかしら」
「…なんだよ、そんなことかよ!」
「そんなこととは、失礼ね。じゃああなたはどんな契約を想像していたのかしら?」
「いや、だって契約だよ?契約って言ったらもっとさ…」
俺がお前のマスターになったりさ、主従契約によって俺がお前をしh…
おっと、ついついイケナイことを想像してしまった。
しかし、これは健全な男子高校生なら誰しもが思うことであり、仕方のないこと。
つまり、『契約』なんて言葉を出した黒瀬も悪いよね!…っと俺がくだらないことを考えていると黒瀬が自分の体を手で抱きながら俺を睨んできた。
「な、なんだよ」
「如何わしい…」
「何もマスターになるとか主従契約とか考えてないよ!?」
「…ハレンチ」
完全に口に出ていた…普段あまり人と話さないだけあってここぞと言うときにその能力を発揮してくれる。
口は災いの元だな。だからこれからは人とできるだけ話さないでおこう!っと俺がコミュ障を促進させていると…
「少し話が反れてしまったわね、話を戻しましょう」
「それで、あなたは私と契約を結んでくれるの?」
「…拒否する」
「どうして?」
「俺はコミュ障のままでいいんだ、今の俺がいいんだよ」
「…新しいクラスになって、1週間経ってもまだ誰とも話せず、かといって何か突出していることもない」
「ひとつあるだろ!いつも一人だから超目立ってる!」
「それは悪目立ちと言うのよ」
「目立っていることに変わりはない」
「はぁ…あなた人間的にまずいわよ?」
どうやら俺の渾身の自虐ネタはツボに入らなかったらしい。その上、慈悲まで抱かれてしまった。
それを言われてしまっては何も言い返せないのだが、こいつは違う。そう、黒瀬ゆかりという人間もまた、クラスで浮いている存在だからだ。
「それなら、お前も同じだろ?」
「どこが?」
「お前だって、クラスで浮いてる存在だろ?」
俺はここぞとばかりのどや顔とニヤッとした悪い笑みを黒瀬に向ける。
「そうね」
黒瀬はゆっくり一度まばたきし、何も言い返さず正直にそれを認めた。そして、言葉を続ける。
「そう、私はクラスで浮いているわ。話しかけられてもつい、刺々しい言葉で返してしまうためか次からは話しかけられないわ」
「わかっているのよ。わかっているからこそ私はそれを治したい。…そして、人と関わりたい。」
黒瀬は正直に認めながらも、自分の願うことをしっかりと言葉にする。一瞬の間、黒瀬の表情が暗くなる、しかしすぐに真っ直ぐどこか先を見つめるのような表情に戻る。
「じゃあ、何故俺が契約の相手なんだ?」
「それはあなたが理由は違えど、私と同じで人と関わることができていないからよ」
たしかに俺と彼女は似ている。
俺はコミュ障で人と関わることができない。
彼女は刺々しい口調のせいで人と関わることができない。
「だけど、俺とお前はひとつ決定的に違うところがある」
「さっきも言ったが、俺はこのままでいいんだ。人と関わりたくない。しかし、お前はこの状態を変えたい。全く真逆じゃないか?互いが同じ方向をみていない契約に意味はないんじゃないか?」
「私はあなたがこのままでいいと思っているようには思わないわ」
「なんで?」
「だって、誰が書いたかもわからない手紙を読んでちゃんとここに来たからよ。たとえ、それがラブレターであったとしても人と関わりたくない人間なら来ないはずでしょ?」
「なら何故来たのか。それはあなたが人と関わりたいと思っているからだと私は思う」
「そして、あなたはそれを認めたくない。」
「だからあなたは、逃げ続ける」
「…」
言葉が出なかった。あの手紙も今までの話も全てがしっかりとした理由になっていたからだ。
そして、最後の言葉が頭の中で何度も何度も繰り返される。
俺は逃げ続けている…彼女はそう言った。
それに当てはまる点がいくつもあることに俺は自分を許せない。それがとても悔しかった。
そして、ここでこの契約を結ばなければまた俺は逃げることになる。それがとても嫌だった。
しばらく考えたのち、俺はゆっくりと答えた。
「わかった…契約を結ぶ」
「俺はお前が人と関われるように手伝う。だが、俺は今を貫く。今の俺が逃げているならば、これからもどこまでだって逃げてやるよ!」
「そう、往生際が悪いのね。けれど私が必ずあなたのコミュ障を治してあげるわ」
「真那加くん…ありがとう」
俺の言葉に彼女は皮肉を返してきた。
しかし、そのあと彼女は俺にとても可愛らしい笑顔を向けてくれた。つい俺は目を逸らしてしまった。それは、沈みかけの夕日が眩しかったからか、恥ずかしかったからか、それは俺でさえわからない…
そして、彼女は決め台詞のようにこう言った。
「契約成立」
さぁ、これからがこの物語のはじまりです!
これからどんな展開になっていくのか…それはお楽しみにしててください!
それではまた次週!