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短編

俺と精神薄弱の女とウォンバットの話

 俺は昔から、女には良く、嫌われる。

俺に好意を持つ女は精神薄弱(わかりづらい言い回しをワザとしたが、知的障害の事。)か、精神的に病気を抱えている女が多い。

その内の一つを切り取って書こうと思ったのだが、尺が持たない。

なので、全然関係のない、俺の好きな動物についての散文を挟み、尺を稼ぐことにする。



 14時。その時、現場責任者だった中年女性から声をかけられる。

「じゃあリュウくんと片山さん、次休憩。」

俺は、わかりました、と言う。そして、くだらない報告をする。

「ありがとうございます。今日はうどん、食ってきます。」


 レッスン・ワン。中年女性は、こういうくだらない事を報告されると、なぜか笑う。

ポイントとしては、大真面目な顔で言う事。相手が笑うまでは、笑ってはいけない。

この日はうまくいった。


 片山と俺は従業員休憩室に引き揚げる。従業員休憩室は3階にある。

片山は弁当を持ってきていた。

俺は外に出て定食を食いに行った。別にうどんを食べたくはなかった。


 従業員休憩室まで戻ってくると、まだ30分ほど時間があった。

俺が煙草を吸うため喫煙所へ向かうと、片山も煙草を取り出して着いてきた。


 喫煙所は屋外にある。従業員休憩室から外に出て、すぐ。丁度ビルの陰になるところにあった。

俺はウィンストンの9mg、片山はマルボロのメンソールを吸っていた。


 「ねえ」片山が言った。

「何?」俺が返事をした。片山は皆から嫌われていた。精神薄弱のためか、元々の性格なのか、とかく無駄話が多かった。俺はどうでも良かったので、適当に好意があるような、そんな感じで接していた。

嫌いも好きも、表に出すのは疲れる。


 「リュウさんって、ビョーキでしょ。」

こいつ、なんでわかるんだ?


 俺は、うまくそれを隠しているつもりだった。

どうしても症状がひどい時、訴えた事があったが、信じてもらえず、それからは無駄だと思い、何も言わなくなった。


 「ああ、躁うつ病なんだ。」俺が言った。片山はやっぱり、と満足そうにしていた。


 「あたしも、そうなの。」片山が言う。

「リストカット、もした事ある。そういう友達、いっぱい居るんだぁ。」

どうでもいい。が、一つ好奇心が起こった。


 「俺はやらないよ。なんでそんな事するんだ?痛いだけだろう。」

嘘だった。俺もした事はあった。

酒もたばこも買う金がない時にやった。

腕や胸を切ると、陶酔した。気分が良くなった。

他の、要するに、繊細ぶり、自分だけがとても美しいと思っている女が、何故やるのか気になった。


 片山が話しはじめる。

曰く、罪悪感から。

曰く、血を見て、自分の生存を確認できるから。

曰く、切ると自分の穢れが落とされる気がするから。

きちんと、切ると脳が麻酔物質を分泌するから、気分がよくなる、という事を理解してる奴は、居ないようだった。


 ところで、ウォンバットの話をしよう。

俺が好きな動物だ。

彼は森に住んでいる。

木のうろで眠り、そこはガラクタで溢れている。

どこからか拾ってきた音楽のCD……Sex Pistols、Beatles、Nirvana、そういうものたち。

その言葉の意味も知らず、その中心で丸まり、暖をとっている。


 腹が減ると外に出て、木になる実なんかをもいで、腹を満たす。

そこではあまり雨が降る事はない。ぽかぽか、陽気に溢れ、晴れている。

たまに雨が降ると、木のうろから外を眺め、雨粒がはじけるたび、それを面白がる。

雨が上がると外に出て、葉っぱについた雫に光が反射する様子を見て、きれいだなァ、と感心する。


 彼は森にずっと一人(一匹かもしれない)で、ずっと居る。

誰かくれば、原っぱから花を摘み取り、花の王冠でも作り、被せてやってもいいかな、と思っている。


 話を戻そう。俺は置いてあるパイプイス椅子に掛け、片山は俺の向かい側に立っていた。

片山が俺に近づき、跪いた。乳が当たった。


 片山は乳がデカかった。とは言え、スタイルが良いわけではなかった。

とにかく、チビだった。俺はチビは好みではなかった。脚が綺麗に見えない。

顔はエキゾチックで、日本人には見えなかった。インドだとか、ネイティヴアメリカンの血が混じっているように見えた。

俺は片山の姉妹も知っていたが、全然似ていなく、父違いの子かもしれないな、と思っていた。


 「あたしねぇ」片山が話しはじめる。

「昔はワルやってたんだ。家から家出してね、知らない男の人の家に泊めてもらったりなんかして。」

俺に何て言って欲しいんだ?

「そういう感じに見えるよ。」俺はそう言った。片山は笑っていた。

「イジメられてから、グレちゃって」片山が煙を吐き出した。マルボロは、副流煙がとても臭い。俺は少し、嫌な気分になった。

「今は髪の毛も黒いけど、昔は真緑に染めててねぇ、旅館みたいなトコで、同じように、家出した子たちと、働いてた。」

「あ、そう。」俺は二本目の煙草に火を着けた。


 その日、森の様子は違っていた。

ウォンバットが木のうろで目を覚ますと、ざく、ざくと足音が聞こえた。

ウォンバットはとうとう誰か来たぞ、と思った。

いつ飛び出そうかと思案した。


 「それでね、そこの友達から彼氏紹介する、って言われて、会ったんだけど。」片山は話を続ける。

ここで立ったら、俺、人でなしじゃなかろうか。

めんどくせぇなぁ。そう思いながら、俺は興味のあるふりをしてやっていた。

「会ってみたら、すごいデブで、臭くて。あたしが好きだ、って言うのよ。馬鹿みたいじゃない? 」

片山が笑ったので、俺も笑った。どこで笑っていいのかわからなかったので、これは助かった。

「それでね、しばらく話した後、トイレに連れ込まれて。」

また、笑った。俺も笑った。

「その、いきなりチンチン、しゃぶらされちゃって。あたしの口の中で、射精すんのよ。もう、腹立っちゃって。」

そして、また笑った。俺も、笑った。


 ウォンバットは、木のうろで震えていた。

あまりに誰にも会わないので、会った時、どうしていいのかわからなかった。

足音が近づいて来る。気づかれれば、やぁ、とあいさつでもしなければ、悪い奴扱い、される。

どうか、どうか、ぼくに気づかないでくれ。このまま立ち去ってくれ。巣の奥、一番奥。そこに縮こまり、丸まり、震え、そう祈っていた。


 そういう話がいくらか続いた。レイプされかけた。つまらない男と付き合って、ヤッて、別れた。

全部どうでもいい話だった。

「でもあたし、リュウさんみたいな人はタイプじゃないなぁ。」片山が、いきなり話を変える。俺は戸惑う。どう、対応すれば、正解なんだ?

「どういう人がタイプ? 」こういう時はオウム返しに限る。

「あたしより細い人。ガリガリで、藁みたいなのが良い。リュウさん、体格いいから。」

「ああ、そうなの。良かったね。」俺はそう言った。病気だけには気をつけなよ、と付け加えた。


 片山の胸が、俺の内腿に当たるので、俺は勃起した。

片山は好みじゃなかったが、乳がデカかった。

休憩時間は終わりだった。

「もう戻らないと。乳が当たるから勃っちまったし。」俺が言った。

片山は、ヌいてあげようか? と冗談交じりに言った。

俺は、病気が伝染ると嫌だから、いらない。と言った。

片山は笑っていた。俺は、笑わなかった。


 そして、ウォンバットが気づくと、足音がすっかりしなくなっている事に気づいた。

うろのふち、影からそっと外を伺うと、誰も居ないようだった。

穴から出て、木をするすると降りる。

そしてあたりを見回し、誰も居ない事を確認した。

そのまま駆け出し、花畑へと向かった。


 ウォンバットは花畑でいくらかの花を摘んだ。

毛むくじゃらの両手で器用に花の王冠を作った。

そして、近くに湧いている清涼な泉へと向かった。


 泉につくと、まず、一口、二口、その清涼な水を飲んだ。走ってきたので、喉が渇いていた。

泉を見ると、水面には毛むくじゃらの自分が映り、右手には花で出来た王冠を持っていた。

それを自分の頭につけてやると、存外に似合った。

なので、ウォンバットは、口の両脇を上にあげ、にんまりと笑った。

泉に映るウォンバットも、にんまりと笑った。

そして、ウォンバットは満足した。

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