兄
ようやくヤンデレらしさが出てきたと思います。
それでは、ご覧下さい。
私の名前は、工藤美四。
私は今、恋をしている。
恥ずかしくて誰かは内緒だけど、同じクラスの人だ。
そして彼のおかげで毎日が楽しい。
こんなに学校が楽しいと思えるのは、きっと生まれて初めての事。
私が彼と出会うまでは、兄が全てだった。
私は尊敬を込めて「お兄様」と呼んでいる。
お兄様は昔から面倒見が良く、私を優しく可愛がってくれた。
確か小学校の頃、学校に行くのが嫌で泣いて駄々をこねる私に、
優しく「行こう」と何度も言ってくれた。
それでも嫌がっていると、家族に秘密で学校を休んで、公園で丸一日遊んでくれた。
そんな私の為なら何だってしてくれるお兄様。
いつもお兄様に甘えてばかりで‥‥だから今度は私が何かしてあげる番なんだ。
そう思っていたんだけど、いつからだろう。
歪み出したのは。
お兄様の愛情が怖く感じるようになったのは‥‥。
最近よく思い出すのは昔、お兄様が読んでくれた絵本「鳥のピッピ」。
鳥籠の中で飼われている鳥のピッピは、ある日広い空がある事を知り憧れる。
鳥籠から何とかして逃げ出し冒険をする話だったはず。
今の私は鳥と何が変わらないんだろう。
一冊の日記帳を机の上に置き、睨めっこしながら、もう何時間経っただろう。
双葉大和は長い時間悩んでいた。
「読んでしまいたい‥‥」
善と悪の心理戦を頭で繰り広げている。
あの男の話によれば、この日記帳は工藤美四の物だ。
彼女のあれこれが書かれているんだ、読むべきでは全くない。
だが、あの男に「読まない方が良い」と意味ありげに言われたのを思い出すと
逆に内容が気になる‥‥‥。
っていうかアイツは持ち主の了承無しに読んだという事か?
僕の心がグラつく。
いや彼女は仮にも部活仲間だぞ、信頼が傷つく。
いやいやだからこそ彼女についてよく知る為にも秘密の花園を覗き込んでみようか。
読んだとしても誰も咎める者が居ない今、明後日の学校で何くわぬ顔で返せば
問題なし。
そろりと、慎重に指はページを開こうとした。
覚悟を決め、1ページ目を勢いよく開く。
すると赤い文字が目に飛び込む。
「う、うわ〜‥‥」
思わず喉から漏れる声。
そこにはビッシリと同じ文字が並んでいた。
スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ‥‥‥
どんだけ好きやねん、ていうか誰が。
心でツッコミを入れながら、更にページをめくる。
ほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしい‥‥
どんだけ欲しいねん、ていうか何を。
また冷静にツッコむ。
ページを次々とめくるも、同じような内容で文字の羅列があるだけであった。
静かに日記帳を閉じる。
大抵の人達は、このような怪文書に怖れを抱くことだろう。
この僕は例外だ。
第一声が「面白い‥‥」
だって生で初めて見たんだから。
〝ヤンデレ〟というのを。
美少女で高嶺の花な存在の彼女は、実はヤンデレだったのだ‼︎
そのギャップが最高に興奮する。
僕は今が真夜中だという事も忘れ、踊ったりしてエキサイティングしていた。
数分後、「あんた、煩いよ〜」と機嫌の悪い母の声が扉越しに聞こえ、
踊りを中断したのだった。
翌日も日記帳は手元にあった。
休日で彼女には会えないからという正しい理由がある。
僕は無性に彼女に会いたくなっていた。
メールをしてみる『工藤さんへ。君、昨日、日記を無くした?』
すぐに返信が返ってきた。
『え、何の事ですか』
ああ、なんだ惚けているのか彼女は。
そりゃあ大切な自分の日記帳が、他人の手にあるなんて信じたくないよな。
『返して欲しければ条件として、可愛い服装で部活に来る事。』
さながら脅迫している気分だが楽しくて堪らない。
昨夜から僕はエキサイティングしているのだ。
メールの最後に忘れず『ご主人様からの命令』と付け加える。
彼女はしばらく後、二つ返事で了解してくれた。
部活の内容が徐々に定りつつあった。
そして月曜日の放課後。
部活場所には、僕と央がそろった。
央は休日に僕が買ってあげたグッピーを育てるつもりらしく、
水槽を探して持ってきていた。
「さぁ、水槽に入るんやで」
そうっと魚を水槽に移す彼女。
「名前は付けたの?」
幸せそうに微笑みながら作業をする彼女に尋ねる。
「〝とっぴー〟や」
名前を聞いて思わず吹き出してしまう。
「何で笑うんやねん。カッコいい名前やろ?」
実は名前には由来があり、大和の語尾を取って、とっぴーに
したと言う事は彼には秘密である。
(気付くまで教えてやらへんもん)
央はそう思いながら魚に餌をあげる。
一生懸命に泳ぐ姿は可愛いらしいが、一匹だけの水槽は広く見える。
「寂しくないんかな‥‥」
もう一匹いればカップルみたいになれるんに。
俺っちと、大和っちのように‥‥‥
カァァァと顔を真っ赤にさせて考えてしまう。
そんな彼女の考えを余所に、彼はなんだかソワソワしながら入り口付近で
佇んでいる。
大和っちに声をかけようとした瞬間、ドアをノックする音と共に
美少女が舞い降りた。
「あの‥‥この格好、変じゃありませんか‥‥?」
手と足をモジモジさせて赤面しながら、大和を上目遣いで
見る。
それはメイド姿の工藤美四だった。
彼の視線は真っ先に、短いスカートから覗く太ももと、リボンが付いている
胸元へといく。
凝視して動かない大和に美四は逆に視線を泳がせて、
「双葉くぅん。何か言って下さいよ‥‥」
「はっ、 凄く似合ってるよ」
夢から醒めたように、我に返り取り繕う大和。
「ここまできたら、もう一つ命令を聞いて貰おう」
首を傾げる彼女に、指差して告げる。
「四つん這いになり、お尻を向けるんダッ!」
あり得ないような命令に美四は素直に従う。
「こう‥‥ですか?」
床に手と足を付けて、彼に小さなお尻をおもむろに向ける。
スカートの隙間から、もう少しでパンティが見えそうで‥‥。
「‥‥いい加減にせえや‼︎」
頭にガンと衝撃があり、見上げると怒った央の肘がすぐ近くにあった。
「大和っち、茶番はやめて早く返してあげなアカンやろ。」
事情を聞いて知っている央は、そう彼に言う。
観念して、鞄から日記帳を取り出すと彼女に手渡す。
床にぺたりと座り込んだ彼女は、驚いた様子で受け取る。
「私の‥‥。本当だったんだね」
まじまじと日記帳を見つめ、中身を見ようとしかけると彼に
「もしかして‥‥読みましたか?」
「いやいやいやいや‥‥!読むわけないだろ」
焦って早口になってしまう。
ですよねと、微笑む彼女。
何だか急に罪悪感が湧いてきたぞ‥‥。
(大和っち、怪しすぎやろ)
隣で二人のやり取りを見てる央は思う。
「ところで、今日は何をするんや?」
尋ねると、フッと笑う大和。
「まず、央には研究課題を与える。どんな手段を使っても良いから
〝ヤンデレ〟について調べて欲しいんだ」
「は⁇やん‥‥何やそれ」
完璧にクエスチョンマークを頭に浮かべる央。
「ヤンデレだ」
「ヤン‥‥デレ」
幼い子どものように彼の言葉を真似る。
「ん〜、よう分からんけど美味しそうな響きやな!よし調べたるわ!」
口元に涎を垂らし、部室を出て行った。
恐らく、食べ物と勘違いしているのだろうが、今は央に伏せておこう。
「あの〜、私は何を?」
チョコンとメイド姿で正座しながら聞く美四。
恐らくこの場所に来るまでに、生徒達から大注目されたに違いない。
彼女の両肩を優しく掴む。
突然、接近され戸惑う彼女。
「そ、双葉くん?」
(このシチュエーションは、もしかして‥‥キス⁇)
そっと目を閉じ、気持ちの準備を整える美四。
「安心しろ、僕が立派なヤンデレに育ててやるから」
(へっ?)
意外な展開に目を開ける美四。
口を開こうとした瞬間、額に柔らかな感触が。
(キス!双葉くんにキスして貰った〜‥‥!)
照れながら「嫌だったか?」と尋ねる彼に、首を横にブンブン振る。
(おでこにキス‥‥。ああ、私、もう)
彼女の中で何かがプチンと弾ける音がする。
一方大和は、ワクワクしながらこの先のヤンデレ飼育計画を
脳内で立てている。
「双葉くん」
妖艶な声色にビクッとして彼女を見ると、目をトロンと潤ませているでは
ないか。
「ココにだけ、なんですか?」
自分の額を指差し、その指をずらして唇で咥える。
思わず彼女の唇に釘付けだった。
じりじりと身体をにじり寄らせて来る。
「もっと、いっぱい欲しいです‥‥」
こんなにも可愛いメイドさんが彼女以外にいるだろうか。
彼女の手が伸び、大和に触れかけた時
軽やかなメロディーと共に彼女の携帯が鳴った。
「‥‥でますね」
ポツリとそう言うと携帯を手に、部室から出て行く。
大和は赤面し、固まったまま彼女を見送るしかなかった。
数分後、戻って来たが何やら困った様子だ。
「すみませんが‥‥急用が出来て帰ります」
「えっ、うん。分かったよ。君への研究課題については、また明日話すよ」
何度も頭を下げて彼女は部室を出て行った。
彼女は、そのままの格好で帰るのだった。
帰宅した工藤美四は、着替えを終え真っ先に兄の姿を探した。
「お兄様ー、どこですか?」
すると奥の座敷から兄が姿を現した。
「美四、お帰り。探しものは見つかったかい?」
兄の側に駆け寄る。
「‥‥はい、双葉くんが見つけてくれました」
微笑みながら彼女の頭を撫でる兄。
その時、違和感を感じた。
なぜお兄様は、私が日記帳をなくしていたと知っているのか‥‥。
「美四は彼の事が大好きなんだね」
その言葉に過敏に反応してしまう。
お兄様、笑っているけどなんだか怖い‥‥。
「あれ、顔が真っ赤だよ?」
指摘されうろたえる。
「そ、そういえばお兄様は双葉くんに会った事があるんです
よね?前に彼が言ってました」
「ああ、あっちの僕にね。それがどうしたかい?」
「‥‥いえ、なにも」
動揺して彼から目をそらす。
彼は面白そうに笑いながら、
「取って食いやしないよ。もしかして、可愛い時の僕に横取りされるか
心配になった?」
「‥‥」
「もうっ、本気で怒らないでよ☆」
唇を尖らせて、むすっとしている彼女に言う。
(彼の名前を出しても、いつもと様子変わりなし。つまり、僕の作戦は失敗
か‥‥。)
表面上、陽気に振る舞っているが頭の中は冷静だ。
おずおずとし出す美四を不審に思う。
「どうしたんだい?」
「‥‥出来れば、部活中はあまり電話をかけないでもらえると嬉しいんですが。
あの、もっと長く皆と居たいかもって思って。」
一瞬耳を疑う。
(あんなに学校嫌いの美四が、そんな事言うなんて!)
感動をおぼえかけたが、すぐに不安が押し寄せる。
「‥‥‥‥‥僕の鳥なのに」
消えるように小さな声に、彼女は首を傾げる。
「お兄様?」
いつの間にか考えている事を口走ってしまったようだ。
「なっ、なんでもないよ。何か言ったかな?」
「いえ‥‥よく聞こえませんでした。わっ!」
ギュッと彼女を抱きしめ誤魔化す。
柔らかで温かなぬくもりを感じ、少し安堵した。
彼女の方は、なんだか震えていて動かないが。
「分かった。電話は控えるよ」
「すみません、お兄様‥‥」
このまま強く力を込めれば壊れてしまいそうな妹。
(僕がいつまでも守ってあげるからね。だから、君は
僕だけの手の中にいるんだよ)
自分の部屋に入った美四は今日の一日を書き込もうと、日記帳を
取り出し机に置く。
ふと横を見ると、同じ日記帳がある。
驚いて二つを見比べると、そっくりな形、色、柄だ。
置いてあった方のページを開き中を見る。
完璧に私の日記帳だと確信が持てた。
今日、双葉くんから渡された方のページを開くと、
そこには赤い文字で沢山の書き込みが。
「な‥‥何これ」
口元に手をあてたまま、文字から目が離せない。
(一体、誰が書いたの⁈)
ゾッと鳥肌が立つ。
「僕だよ」
突然、耳元で声がした。
いつの間にか背後に兄が立っていた。
震えて動けない美四を微笑みながら見つめる。
「君が書いたと勘違いして彼は読んだとしたら‥‥どんな反応をしただろうねぇ」
ひょいっと、赤文字の日記帳を手に取る。
「これはお兄様が書いたのですか。一体どういうこと‥‥?」
若干、兄との距離を取りながら、彼女は言う。
(ああ困る顔も可愛い‥‥。)
そう思いながら、ふふっ、と笑い近づく。
彼女は、震える手で携帯を服のポケットから取り出す。
「警察にでも助けを求めるかい?それとも‥‥。いや、彼は来ない筈だよ。
だって、あんな日記書いた君を怖がってるだろうからねぇ」
その時、〝ぱんっ〟と頬の衝撃と共に音がした。
叩かれた頬がヒリヒリと痛みを残す。
(まさか、美四に叩かれた?)
状況をまだ飲み込めない兄は、ぼんやり彼女を見つめる。
「‥‥私には何しても良いけど、双葉くんを巻き込むのだけは
やめて」
目に涙を溜めながら、唇を食いしばっている。
それは兄に対しての初めての反抗だった。
その夜、双葉大和の携帯に一通のメールが届いた。
そのメールに、大和は目を疑った。
『助けて双葉くん』
ここまで読んで下さりありがとうございます。
兄、妹にしつこ過ぎ。と書いていて我ながら思いました。
そろそろ最終回に向けて話をまとめていきます。




