【第9視】イケメンモテ男、尖流郎
翌日の放課後は、文芸部室に行った。
いつも文庫本を読んでいる標智憂梨が、今日はノートパソコンで何か打っていた。
「あれ、標さん、今日は読書じゃないんだ」
俺がそういうと、標智憂梨はじーっとしばらく俺を見てから――というよりは睨んでから言った。
「智憂梨」
「え?」
「名前で呼ぶことになってたでしょ。標さんでなくて智憂梨」
「あ、そ、そうか……。じゃあ、智憂梨……。そのノートパソコンって、ひょっとして小説書いているの?」
標智憂梨はぱたんとノートパソコンのふたを閉じてしまった。
「いいでしょ、なんだって」
「いいじゃんか、教えてくれたって」
「ここは文芸部室なんだから、文芸部としての活動をしていただけよ」
……。
じゃあ、やっぱり標智憂梨は小説書いていたのかな?
「見せてよ」と言おうと思って、思いとどまった。
今ふたをぱたんと閉じてしまったことから考えても、素直に見せてくれるとは思えないからだ。
俺も……、なんか書いてみようかな?
パイプ椅子にかけようとすると、文芸部室の扉が開いた。
結束星月だった。
「あれ、星月、テニス部どうしたの?」
「よ、透。こないだは応援に来てくれてありがとな」
「え? 応援……」
結束星月は、こないだ芦生麗と試合をしたときに俺がコートに来ていたのを自分の応援に来ていたものと勘違いしたようだ。
いや、俺は結束星月の応援に行ったわけじゃないんだよ……。
といって、芦生麗を応援していたわけでもないわけで……。
ああ……、また、どう返したものか。
「あたし勝ったぜ。どうだった?」
「あ、ああ……、良かったと……思う」
「そっか、サンキュ。透が来てくれたからかな」
な、なんだよ、結束星月、ばかに機嫌がいいじゃないか。
「星月、今日は文芸部に何の用? 運命の赤い糸を見る能力のあるあなたが、恋愛相談ではないわよね」
「あたしさ、文芸部に入ろうかと思って」
「え? だって、星月はテニス部だろ?」
「……。部を二つ掛け持ちするの?」
「まあな。実はこないだ、文芸部に誘ってもらって割と心が動いていたってとこがあってさ。でもあたしテニスもやりたかったし……。で、テニス部に入って周りを見たら、けっこう文化部と掛け持ちしている子いたんだよ。だから、あたしも文化部の一つである、この文芸部に入らせてもらおうかと思ったんだ」
「そう」
「いいだろ、智憂梨、透」
「別にかまわないわ」
「んじゃ、きまりな」
そう言うと、結束星月はさっそくパイプ椅子にかけた。
長机が二つ合わさって並べられている。
長い方の一辺に標智憂梨が腰かけている。
俺はその向かい。
結束星月は、短い方の一辺に腰かけた。
結束星月は、俺と標智憂梨、双方の横顔を見る形だ。
「あたしさあ……」
結束星月が口を開いた。
標智憂梨は再びノートパソコンを開いてキーをたたき始めていた。
俺は、することもなくぼーっと座っていた。
「校内に、途切れた赤い糸ぶらさげている人、見つけたんだよ」
ノートパソコンのキーをたたく音が止まった。
俺は結束星月の顔を見た。
「そ、それって……」
どうだ、興味あるだろという顔で結束星月は俺の顔を見返した。
「はは、透。残念ながら女子じゃないよ」
「な……、そうか」
「三年の尖流郎先輩。こないだ気付いたんだよな」
「「尖先輩……」」
期せずして、俺と標智憂梨はハモった。
尖流郎。
これまたイケメンで、学校で知らない者はいないモテ男だ。
尖流郎の頭上には、いつも多くの女子の名が浮かんでいる。
逆に標智憂梨は、頭に「尖流郎」とのっけた女子を、校内でいやというほど見ていることだろう。
「どうしてもっと早く教えてくれなかったのさ」
「透。別にあたしは、糸の切れたやつを意識して探してみて歩いているわけじゃないんだ。それに尖先輩って、ポケットに手突っ込んで歩いていること多いだろ? だから小指の赤い糸が見えなかったんだよ」
「でもそれなら、ポケットから赤い糸がはみ出ていたんじゃ?」
「見えない透に口で言うのは難しいかもな……。あたしに赤い糸が見えるのは、そいつの小指が見えているときだけなんだ。まあ、能力がそういう仕様になっているみたいなんだな。でも、あたしにはその方がありがたい。でないと、世の中赤い糸だらけで視界が遮られて、歩くのにだって難儀してしまうもの」
「ふーん、そんなものか……」
「そうだよ。じゃないと、たとえば、満員電車なんか何百本も赤い糸ひきずりながら走っているように見えることになるんだぜ。飛行機も赤い糸引きずりながら飛んでいるだろうし、車も赤い糸引きずりながら走っているだろうしな」
「なるほどね……」
俺は変に感心してしまった。
「で、星月。あなたは何が言いたいの?」
「智憂梨。もしかしたらさ、尖先輩が、あたしかあんたの運命の人じゃないかってことが言いたいのさ。もしかして智憂梨には、尖先輩の頭上にあたしかあんたの名前が見えているんじゃないのか」
「さあ、どうかしらね」
「誰の名前が浮かんでいるんだよ? 教えてくれよ」
「それは……、尖先輩のプライバシーの侵害になるでしょ? それに、仮に私かあなたの名前があったとして……、運命の人として結ばれるのは遠い将来のことで、高校在学中とは限らないんじゃなくて?」
「まあ、そうだけどさ」
俺は黙っていた。
尖先輩の頭上は、俺も見たことがある。
自分の知っている女の子の名前があるかどうか気になったからちょっと見てみたことがあったのだ。
名前が多すぎて直ぐには読み取りきれなかったけれど、その中には、標智憂梨、結束星月、芦生麗、宇賀神利依奈の名前はなかった。
この四人は、現時点では尖流郎への恋愛感情はないということだ。
「なあ、智憂梨」
「なにかしら?」
「赤い糸が途切れている理由で考えられるのは、今のところ二つだ」
「だいたい想像はつくけど」
「一つは、わたしたちみたいな能力者が運命の人の場合。能力者の赤い糸はあたしには見えないから、運命の人からつながっている糸は途中で消えてしまっていて、見えない」
「こないだ、そう言っていたわよね」
「もう一つは?」
結束星月は問うた。
はたして標智憂梨の想像は当たっているのか?
標智憂梨の答えはこうだった。
「……。この世にいない場合」
「それだと、死んだってことを想像しがちだな。まあ外れじゃないけど。その通りさ。まだ生まれていないか、あるいはもう亡くなっているかだ」
「じゃあ、尖先輩のお相手だって、まだこの世にいないか、もうこの世にいないかのどちらなのでは?」
「いや、でも、さすがに先輩十八だし、これから生まれてくる女の子と結ばれるってことは確率低いんじゃ? 十八ってこと考えれば、同様にもう亡くなっているってことも考えにくいし……。となると、あたしか智憂梨、どっちかが先輩の運命の人って確率が俄然高くなるだろう?」
「星月、あなたは、ある可能性を忘れているわ」
「ある可能性?」
「この世に存在する能力者が、ここにいる私たち三人以外にもいるかもしれないってことよ」
「あたしたち三人以外にも……。そうか……」
結束星月は、そう言って黙ってしまった。
そうなのだ。
俺たち三人以外にだって能力者がいるかもしれないのだ。
だから、標智憂梨と結束星月以外にも能力者がいたとしたら、尖先輩にとってはその人が運命の人かもしれないのである。
「なあ、星月」
俺は結束星月に聞いてみたいことがあった。
「なんだよ?」
「おまえさあ、尖先輩に対して、今現在、特別な感情があるわけじゃないんだろ?」
「……。ま、透には隠してもしょうがないしな。先輩の頭上にあたしの名前がなかったってことだろ?」
俺は返答につまった。
ここには標智憂梨がいる。
即答すると、結束星月のプライバシーの侵害にならないか。
それを察したのか、結束星月は標智憂梨を見て、
「構わないぜ」
と俺に返事を促した。
「まあな」
ならば俺は答えを保留する理由はない。
「そういう人が、仮に運命の人だったとして……、今、好きでもない人を好きになったりできるもんなのか……?」
「でもさ、尖先輩がもし運命の人だったらいいじゃないか。だって、かっこいいしさ」
「顔だけじゃ、幸せになれるとは限らないぞ」
「あのさ、透。誤解しているみたいだから教えてやるよ」
「ん?」
「運命の人ってのは、別に幸せになれる相手ってわけじゃないんだ。共に不幸になる――そういう運命の相手だっているんだぜ。幸せだろうが不幸せだろうが、人生を共にするパートナー、それが運命の人ってやつなのさ」
「そうなのか……」
幸せになれないんだったら、なんで運命の人なのかと思うが……、人智では計り知れないところが、運命の運命たる所以なのだろう。
「あのさ、うらない部ってここ?」
廊下へ通じる文芸部のドアが開けっ放しで、いつの間にか外に人が立っていた。
なんと……、たった今、話をしていた尖流郎その人ではないか?
両手をポケットに突っ込み、ちょっと壁に斜めにもたれ気味の姿勢で笑みをたたえながらこちらを見ている長身のイケメン。
「尖……先輩?」
「あ……、君、佐取透君だろ?」
「え……、先輩、俺のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も……、君、有名人だよ。芦生麗のハートを射止めた男としてね。全校男子の羨望と怨恨の的だ」
嬉しくない的だなあ。
「そんでもって、芦生麗をテニスで負かした結束星月さん」
「あ、あたしのことも知ってるんすか?」
「ああ。あの試合はちょっとした話題になったからね。僕も見ていたんだよ」
「そ、そっすか……」
ん?
結束星月がちょっと頬を赤らめた。
俺はすばやく尖流郎の頭上をチェックした。
だが、やはり、ひしめく名前群の中に結束星月の名はなかった。
ということは、単に結束星月は照れただけか。
「そして、うらない部の標智憂梨さん」
「先輩、お言葉ですが、ここはうらない部では――」
「知ってるよ。文芸部でしょ。でも誰も文芸部とは呼んでないよ。恋うらい部って、みんな呼んでいる」
「……」
「で、僕の来たわけなんだけど……」
「もてもての尖先輩が、なんの恋愛相談なんですか?」
「佐取君。もてる人間には、もてる人間なりの悩みというものがあるんだよ」
うわあーー、謙遜しないのかい、この人。
「座っていいかな?」
「どうぞ」
尖流郎は、結束星月の向かい側に腰かけた。
「で、僕の相談したいことなんだけど――。ちなみに標さん、分かる?」
笑みをたたえながら標智憂梨を見つめる尖流郎。
この笑顔にこれまで何人の女子がころりといってしまったのだろうか。
「さあ? 私は別に超能力者とか、そういうのではありませんので」
何言ってんだよ俺たち能力者じゃん――と内心突っ込んだ俺だったが、もちろん、他人にこのことは言えない。
「じゃあさ、僕から言うけど……。僕、好きな人がいないんだよ」
「そのようですね」
標智憂梨がそう言うってことは……、今、尖流郎の頭上には「0」が表示されているということか。
「僕さ、小学校の頃からモテモテでさ。クラスの女子全員が僕のことを好きだなんてこともあったんだよね」
嫌味な男だなーー、この人。
「だけどさ、特定の女の子と僕が付き合うようになると、どうなると思う、佐取君?」
「え、俺ですか?」
「今の君の立場を考えてみれば、容易に想像できると思うけど?」
「えっと……、それは……。あ、もしかして、妬まれて困るとか?」
「そう! その通り」
尖流郎は話を続けた。
「僕と付き合う女の子は、みんな他の女の子からいやがらせをされちゃうんだ。まあ、今の佐取君も妬みの視線を浴びていると思うけど、男は女の子ほど陰湿なことはしないだろ?」
尖流郎のこの言葉に、標智憂梨と結束星月がちょっとむっとしたようだったが、否定はしなかった。
ま、否めないということなのだろう。
「小学校、中学校、そして今の高校。僕は、多くの女の子から好意をもたれている。それは分かるんだ。手紙もプレゼントもたくさん貰うし、バレンタインのチョコレートなんて一か月たっても食べきれないほどだ。けど、僕と付き合う女の子はみんな二か月と続かない」
「周りから嫌がらせされるから……ですか?」
「そうなんだよ、佐取君」
俺は芦生麗のことを思い出していた。
彼女も人気があって、小学校の頃は男子によく好意の裏返しのいじわるをされていたと言う。
芦生麗は中学時代のことを話していないけれど、どうだったのかな?
もしかしたら、尖先輩と似たような思いはしているのかもしれない。
「僕は、いろんな女の子と付き合ったけれど、さっきも言ったように二か月と続いたことがないんだ。たいてい、相手の子が周りからの圧力に屈して僕から去っていく。僕はね、標さん。一人の人と、きちんと長く、深く、付き合いたいんだよ。僕の運命の人がいたら教えてほしい」
「「運命の人……」」
標智憂梨と結束星月はハモって顔を見合わせた。
でも、これは能力者の俺たちにとっても無理な相談だ。
尖流郎が自覚している通り、現在、尖流郎に対して好意をもっている多くの女子が存在しているのは事実だ。
しかし、尖流郎には今現在好きな相手がいない。
尖流郎自身がそう言ったし、標智憂梨の見立てでもおそらくそうなのだ。
そして、結束星月の見立ててでは、尖流郎の運命の相手も不明。
尖流郎の小指からの赤い糸が途中で途切れているからだ。
考えられるのは、尖流郎の運命の相手は、この世にいないか、能力者であるかのどちらか。
もし、尖流郎の運命の相手が能力者であるのなら、標智憂梨と結束星月も、その選択肢の中に含まれるわけなのだが……、それを知る術は、俺たち三人にもないのであった。
「先輩は今、好きな人、いないんですよね?」
「ああ、いない」
「じゃあ、こういうのはどうですか?」
「ん?」
「私と、ここにいる、結束星月さん。この二人と付き合ってみるんです」
「な、なんだってーーー!」
びっくりした声を上げたのは俺だ。
何言ってんだよ、標智憂梨?
「へーー、標さん、おもしろいこと言うね?」
尖流郎が興味を示した。
女性の応対に慣れてるなあ~~このヒト。
「どう? 星月?」
「いいぞ。尖先輩さえ、よければ」
俺はもう一度、よおく、尖流郎の頭上の名前群を観察した。
標智憂梨と結束星月の名前は……やっぱりない。
「でもいいの? 君たち。さっきも言ったけれど、僕と付き合う女の子は、みんな周囲からの妬みや恨みの圧力に屈して僕から離れていっちゃうんだ。君たちに、それが耐えられるのかな?」
「それに耐えられたら、きっと私か結束さんのどちらがか、先輩の運命のお相手ということです」
「……」
尖流郎はしばらく考えていたが、
「よし、了解。じゃあ、僕と付き合ってよ、標さんに、結束さん。これからは、二人のことは、智憂梨、星月と呼び捨てにするからね」
「結構です」
「じゃあ、あたしたちは先輩のことなんて呼べばいいですか?」
「うーん、そうだなあ……。じゃあ、俺のことは『リュウ』って呼んでくれ」
「え? でも、そんな、先輩のこと、呼び捨てになんかできないよ」
「星月、そこを呼び捨てにしてこそ、彼女ってもんだぞ」
「先輩をリュウ呼ばわりしたら、さっそく周りの女子たちからバッシング受けそうね、私たち」
「でもさ、智憂梨が言うとおり、それをはねのけてカップルになってこそ、お互い運命の人ってことだもんな。よーし、がんばるぞ」
「じゃあさ、付き合うのは日替わりってことでどう?」
「なんか定食みたいっすね」
「ははは、佐取君、うまいこと言うね。とりあえず一日交替で二人と付き合わせてもらうことにするよ。そして、君たち二人の内のどちらかと僕の間に本物の恋心が芽生え、それが周りからの圧力に屈せずに成就すれば……。その人と僕は運命の人っていうことになるのかもしれないからな」
なんだか、おかしなことになってしまったな。
とにかく、こんないきさつもあって、標智憂梨と結束星月は、尖流郎と日替わりで交際することになったのであった。
翌日からは校内が騒然となった。
尖流郎に彼女ができたというニュースがたちまち学校中に広まったからだ。
昼休み、僕の教室に尖流郎が来た。
「よう、佐取君」
「あ、尖先輩」
「智憂梨と星月はいないの?」
「はあ……、昼休みはあんま教室にはいないです。っていうか、俺もあんまり教室にはいないんですけど」
「へーー、せっかく二人と一緒に昼を食べようと思ったんだけどな」
「はあ……」
「佐取君はどうするの?」
「いや、俺もどっか行こっかなと思ってたんすけど……」
「じゃさ、俺と飯食わない」
「え、男同士でですか?」
「いやかい?」
尖流郎はさわやかな笑顔で俺を見つめた。
美しい顔立ちだ。
同性の俺だって魅入られてしまいそうな美形である。
「こんにちはーー」
その男二人の空間に割り込んできた者がいた。
「あ、麗」
「や、透」
芦生麗は手に弁当の包みを持っていた。
「透、一緒にお昼食べようよ」
芦生麗のこの台詞に、周囲の男子が一斉に敵意の視線を俺に向けた。
く……。
痛い。
視線が痛いよーー。
「いやあ、佐取君も大変だねえーー」
「はあ」
「あれ? 尖先輩がなんで一年の教室にいるんですか」
「ひどいな芦生さん。この俺の存在に今気付いたの?」
「はい、すみません」
俺は二人の頭上を見た。
二人の頭上に浮かぶ名前群の中に、お互いの名前は見つけられなかった。
「芦生さんも物好きだよな」
「どうしてあんなパッとしない佐取なんかと」
「物好きと言えば、尖先輩もよね」
「そうそう。結束さんはまあ分かるとしても、あの地味な標さんなんて。それにどうやら公認二股らしいわよ」
「やだ、不潔ーー」
あの……、周囲の心ない声、全部聞こえてきてるんですけど……。
「ははは、佐取君、マジで大変だよねーー」
「先輩だって言われてますよ」
「あの……、なんだったら、場所かえません?」
俺と芦生麗、尖流郎は屋上に来た。
もしかしたら屋上にいるかと思ったが、標智憂梨と結束星月は屋上にもいなかった。
俺たちは、屋上の地べたに直接座った。
スカートが汚れるのも気にせず、芦生麗も横ずわりで座った。
「あたし、透の分も作ってきたから……。透、食べて」
「あ、ど、どうも」
「お、うらやましいねーー、佐取君」
尖流郎は、にこにこ余裕の表情で、全然うらやましそうじゃない。
「あの……、よかったら、先輩も食べます?」
「お、嬉しいなーー、芦生さん」
まったく、この男……、女子から物を貰うことに、何の抵抗もないんだな。
「いや、おいしいねーー、この卵焼き。僕もいろんな女子にお弁当作ってもらったことあるけど、芦生さんの卵焼きがいちばんおいしいよ」
「お上手ですね、先輩は」
「いやいや、本気だよ」
二人はそう言って笑った。
モテモテ同士の、余裕の応酬?
俺にはついていけない世界だ。
「なあ、芦生さん?」
「なんでしょう?」
「芦生さんは、佐取君のどこが好きになったわけ?」
この男は、何をストレートに質問してくれちゃってるんだ。
「先輩、何を言ってるんですか! 俺たちは別に……」
「透のですか……」
芦生麗も、そこで真面目に考え込まなくていいから!
「まじめだし……、それに優しいから」
いたって、普通の答えだな。
まあ、容姿のことは言われないだろうと思ってはいたが、案の定言われなくて、それはそれでちょっぴり悲しい。
――っていうか、今のやりとりって、俺と芦生麗が正式に付き合っている者同士扱いされたってこと?
「ふーん。でも、俺だって真面目で、優しいんだよ?」
俺の心の中の葛藤というか叫びは無視されて――心の中なんだから無視されて当然だが――芦生麗と尖流郎のやり取りは続いていく。
「尖先輩、何言ってるんですか? 智憂梨と星月の両方といっぺんに付き合い始めたって評判ですよ。そんな堂々と二股なんて……、誰も真面目と思いませんよ」
「でもこれは、智憂梨と星月も公認なんだよ。周りからいろいろ言われるけれど、きちんと付き合い通せたほうが、運命の人だろうってことで、始めたことなんだ」
「運命の人って……、先輩は智憂梨や星月のことが好きなんですか?」
「これから少しずつ好きになるさ」
「そんな……、好きでもない人と付き合うだなんて」
「付き合っている内に好きになる――そういう場合だってあるもんだよ。なあ、佐取君?」
「え、お、俺ですか?」
芦生麗がじーっと俺を見ていた。
「そ、それは、そうですよね。付き合っている内に好きになることって、あるのかも……」
「だろう? 『去る者日々に疎し』っていうけれど、付き合わないでいると好きだった相手でもだんだん情が薄れてくるものさ。逆に、毎日会っている人間には最初はそれほどでなくてもだんだん親愛の情がわいてくる。――そういうものだよ、人間は」
「去る者日々に疎しか……、私は違ったけどな」
「麗?」
「じゃ、じゃあ、私、今までよりもっともっと透と一緒にいるようにしなきゃ」
「い、いや、麗、別に無理しなくても……」
「無理してないよ。それがしたいの。それが嬉しいんだ。あ、もちろん、透が迷惑でなければだけど……」
迷惑か……。
たしかに、周囲の視線の痛さは迷惑だ。
でも、芦生麗が俺に好意をもっていろいろなことをしてくれることが、嬉しく、心地よく感じるようになってき始めているのも事実。
「迷惑なんてことはないよ麗。今日だって、お昼作ってきてくれて嬉しいし」
「ほんと? よかった! また作ってくるね」
「なるほどね。たしかに佐取君は優しいな」
尖流郎は感心したように言うと立ち上がった。
「さてと。じゃ、僕はそろそろ行くわ。若い二人を邪魔しちゃいけないからな。俺も智憂梨と星月を捜さないと」
尖流郎は屋上から降りていった。
「あのさ、麗?」
「ん?」
「その……、どうして俺なんだよ? たとえば、尖先輩みたいなイケメンだって、麗だったら、よりどりみどり……」
「透!」
芦生麗がめずらしく怖い顔で俺をにらんだ。
「怒るよ。私は別に顔で好きな人を選んでいるなじゃない。――あ、別に透が変な顔とか、そう言ってるんじゃないよ」
ま、いいけど、別に。
「私はさ、透と親しくなりたいんだよね。そうしたら、さっき尖先輩が言ったみたいになれるかもしれないし……。もしかしたら、思い出してくれるかも……」
芦生麗の最後の言葉は、小さくなっていっていて、よく聞き取れなかった。