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【第8視】結束星月VS芦生麗

 数日後、俺は結束星月が入った部活を知った。

 なんとテニス部だ。

 気になった俺は、放課後のテニス部の様子を見に行った。

「よう、また見学か?」

 助川佑と宇賀神利依奈が俺の姿を見つけてやってきた。

「佑。せる……、結束さん、テニス部に入ったんだな」

「ああ。なんでも中学からテニスやっていたそうなんだけれど、高校で続けるかどうか迷っていたらしいんだよな。ま、結局入る決心したから、今、ああしてコートにいるわけだけれど」

「佑、相変わらずの情報網だな」

「たっくん、結束さんのこと、ずいぶん詳しいじゃん」

 宇賀神利依奈が佑を肘でつついた。

「やだな、りーちゃん。俺は別に結束さんに興味があるわけじゃないよ。学園一の情報通としては転入生の情報だっていち早くおさえていなければならないと――ただ、それだけさ」

「あやしーー」

「やだな、あやしくないって」

 宇賀神利依奈が、じとーーっとした半眼で助川佑を見上げる。

 佑のこめかみには、冷や汗がたら~っと流れた。

 宇賀神利依奈と助川佑。

 互いに、「たっくん」「りーちゃん」と呼び合ようになっていたのか。

 おー、おー、ヤケるぜ。

 もうすっかりラブラブの高校生カップルじゃないか。

「あ、たっくん、佐取君、どうやら始まるみたいだよ」

「え、始まるって?」

「佐取君、ちょうどいいところにきたよね。これから、芦生さんと結束さんのシングル対決が始まるの」

「へー」

「結束さん、経験者ってことじゃない。で、練習するにあたっては、それぞれの能力別のグループに分かれるから、どのグループに入るのか、その実力を量るために、部員の一人が新入部員の相手をするのよ」

「へー……。でも、どうして結束さんの相手が、うら……芦生さんなんだ?」

「それはさ、結束さんが芦生さんを指名したからだよ」

 今度は佑が答えた。

「結束さんも相当の実力者らしい。芦生さんの名前も知っていてさ。んで、自分の相手は芦生さんだってことで指名したってわけ。芦生さんの実力を知ったうえで対戦を申し込んでいるわけだから、結束さんもかなり自信があるってことだよな」

 まったく、詳しいぜ佑のやつ。

 それにしても芦生麗と結束星月の対決か。

 こりゃあ、思いがけず興味深いものが見られることになった。

 芦生麗の実力は相当なものだということだ。

 それに真っ向から勝負を挑んだという結束星月。

 いったい、どんなすごい試合が展開されるのだろう?

 といいながら、俺はテニスはズブズブの素人だから、よく分からないのだけれど。

 俺は芦生麗を見た。

 俺の視線を感じたわけでもないだろうけれど、芦生麗も俺を見た。

 目が合った。

「あ! 透だ。おーい」

 芦生麗が俺に向かって手を振った。

 わ!

 ばか!

 芦生麗、なんてことするんだよ!

 そんなことをしたら。

 次の瞬間、俺は全方位から体に無数の何かが突き刺さるのを感じた。

 視線だ。

 コートの内外、男女問わず、その辺りにいた多くの生徒たちの視線が一斉に俺に注がれた。

 それは興味本位の好奇の視線だったり、恨みを伴った嫉妬の視線だったり。

 げろげろ~~。

「な……、透、おまえ、芦生さんと付き合ってんの?」

 佑が意外そうな顔で俺を見た。

「な……、ち、違うよ! こないだ、たまたま帰り道一緒になっただけで……」

 俺は両掌を佑に向けて言い訳がましく振った。

「学園一の情報通である、この俺の知らないところで……、いや、それより何より、親友の俺にも内緒でそんなことを……」

「だ・か・ら! 話をよく聞け! 俺は別にうら……、芦生さんとは付き合ってない!」

 俺と佑は見つめ合った。

「やだ、何、男同士でじっと見つめ合ってるの?」

 宇賀神利依奈がちょっと引く。

「……。ふ、分かったよ。今、透の目を見て分かった。たしかにオマエ、ウソは言っていないよな」

「分かってくれたか、佑」

 俺は胸をなでおろした。

 今は宇賀神利依奈と付き合っているとはいえ、佑はもともとは芦生麗のことが好きで、彼女目当てでテニス部に入ったのだ。

 それなのに、親友である俺が、まるで抜け駆けのような感じで芦生麗と交際なんてことになったら、さすがに佑だっていい気はしないだろう。

 その点、俺、芦生麗に釘刺しておいたほうがいいかな。

「あ、ねえねえ、試合が始まるよ」

 宇賀神利依奈の声に、俺はコートに目をやった。

 最初のサーブは結束星月からだ。

 素人目にも、そのサーブがすごいものであることが分かった。

 すぱあんという勢いのある音を立てて結束星月のラケットに打たれたボールが、芦生麗のいるコートへ飛んだ。

 ラインぎりぎりだ。

 芦生麗は、ライン際に駆け寄り、きれいなフォームでボールを打ち返した。

 結束星月の正面だ。

 ネットの近くまで前進してきていた結束星月は、そのボールをノーバウンドでとらえ、芦生麗のいる反対側のライン際に叩き込んだ。

 ボレーだ。

「フィフティーンラブ」

 結束星月が得点を先取した。

 見ていた生徒たちから、ほうっとため息がもれた。

 いつのまにか、テニスコートのフェンスの周りには人だかりができていた。

 芦生麗と結束星月。

 校内の注目を集めるテニス部の二大美少女が直接対決するというので誰もが関心をもっているようだ。

 結束星月の二回目のサーブ。

 結束星月は再びライン際ぎりぎりにボールを打ち込んできた。

 芦生麗が走り、打ち返す。

 またも結束星月はネット際に出てきていた。

 またボレーか?

 そうだった。

 結束星月はさっきと同じようにボレーを打ったのだ。

 ところが、芦生麗はその動きを読んでいた。

 芦生麗は結束星月の打ち返した弾道上にラケットを伸ばすと、ボレーを打ち返したのだ。

 結束星月の顔ぎりぎりをかすめ、ボールはコートに突き刺さった。

 結束星月は反応できなかった。

 芦生麗がにこっと笑った。

 結束星月は一瞬むっとしていたが、芦生麗に対し同様ににこっと微笑み返した。

 またもギャラリーからは、ほうっという溜息。

 テニス素人の俺にも、これがすごい戦いだというのはなんとなく分かった。

 その後は、すごいラリーの応酬だった。

 一進一退。

 テニスは十五点ずつ得点が入っていたと思ったら、今度は十点入って総得点が四十になったりと、いまいちルールが分からないのだが、ともかく接戦であることだけは俺にも見てとれた。

 そしてその戦いを制したのは――。

 結束星月だった。

 試合が終わると、ギャラリーたちから惜しみない拍手が送られた。

 芦生麗と結束星月はネットに歩み寄り、握手を交わした。

「結束さん、すごいね。完敗だわ」

「いや……。たまたまだ。接戦だった。もしかしたら、あたしの方が負けていたかもしれない」

「じゃあ、今度は負けないから」

「でも、次もあたしが勝つ」

 二人はそう言って微笑み合った。

「なあ、芦生さん」

「なに?」

「これから、芦生さんのこと、麗って呼んでいいか?」

「いいよ、大歓迎。じゃあ、私も結束さんのこと……」

「『せるな』だよ。星に月と書いて『せるな』」

「外国人みたい。素敵な名前だね」

「いわゆるキラキラネームってやつだよな。誰にも一回で正しく読んでもらったことないから、ちょっといやなんだけど」

「いい名前だと思うよ」

「そうか、ありがとう」

 握手を終えると、芦生麗は俺のところに来た。

 俺の近くにいた生徒たちが、さっと俺から距離をとる。

 フェンス越しに向かい合う俺と芦生麗を、生徒たちが微妙な距離で囲む形になった。

「透、負けちゃった」

「うら……、その、芦生さん」

「なに?」

 芦生麗はきょとんとした顔で俺を見る。

 俺は小声になった。

「その……、みんなの前で『透』はやめてくれ。それと……、ちょっと話したいことがあるから、部活が終わったら……、ちょっといいかな?」

「うん、いいよ。じゃあ、今日も一緒に帰ろう」

 俺の意図など知る由もなく、芦生麗は嬉しそうに微笑んだ。


 帰り道。

「透、話って?」

「その芦生さん……」

「麗でしょ」

「麗……。あの……、こんなこと言って変に思わないでほしいんだけど……」

「うん?」

「そのさ、麗に好意をもっている男子が多いってのは自覚してるよな」

「うーん、それは……」

「ちゃんと正直に言えよ。事実なんだから」

「まあ……、そう……、らしいのかな」

「言いにくいけど言うぞ。俺はさ、そういう男子に恨まれたり、妬まれたり、憎まれたりされかねないんだよ」

「……」

「赤の他人からならまだいい。友達の男子からそうされるのだけは避けたいんだ。前も言ったけど、俺、友達少ないし、貴重な友達を、こういうことで失いたくない」

「じゃあ……、どうすればいいの?」

「どうすればって……、だからさ……、学校にいるときは、あんまり親しげにしないでほしいっていうか、透って呼ぶのはやめてほしいっていうか……」

「でもさ、友達でしょ?」

「それは……、うん、友達だけど……」

「友達だけどか……」

「だって、友達だろ?」

「友達だよ。今日は試合した結束さんとも友達になった。だから、これからは、星月、麗って名前で呼び合うことにんしたんだ。友達だから」

「うん」

「だから、透のことも友達だから、『透』って呼んでいるんだよ?」

「うん、それは……、その……、そういうことか……。で、でもさ?」

「でも?」

「麗、俺の他に名前で呼んでいる男子いるのか?」

「それは……、いないけど……。でもそれは、私、透のほかに男子の友達いないから、しょうがないよ」

「うん、それは……、その……、そういうことか……」

 また俺は音飛びのCDみたいに同じ言葉の繰り返しになっちゃったよ。

「透、今日の試合どうだった?」

 芦生麗は話題を変えてきた。

「俺はテニスのこと分からないけど……。すごかったよ」

「どっち応援してた?」

「え? どっちって……」

 そういうば、俺はあのとき、どっちかを応援していたか?

 正直、どっちも応援していなかった。

 ただ、「すごいなー」とほけーっと見ていただけで……。

 ここは、どう答えるべきか……。

 「鈍い、鈍い」とやたら言われて不本意な俺だが、たまには空気を読んで気の利いた応答をするぞ。

「そりゃあ、もちろん、麗だよ」

 俺は芦生麗の目を見て言った。

 芦生麗は下から、じいーっと俺の目を覗き込んでいる。

「うそでしょ」

「うそじゃないって……。俺は、星月を応援してなんかいなかった――」

「でも、別に私のことも応援してなかったよね。別にそんなのあんま興味なかったか」

「う……」

 図星なので返す言葉がない。

「でもいいよ。今ウソでも私のこと応援していたって言ってくれて嬉しかったから」

「そ、そうか?」

「あ、――ということは、やっぱり私のこと応援していたってのウソなんじゃん」

「わ、か、カマかけたのかよ」

「透――」

「う、な、なんでしょう?」

「なんか、透って、からかいがいあって楽しいね」

「や、やめてくれよな、もう」

 芦生麗の頭上を見た。

 一時期ものすごい数だった芦生麗の頭上の名前の数が、ひと桁に減っていた。

 俺と芦生麗とのことがなんとなくうわさで広まったのが原因だろう。

 脈のない芦生麗のことはあきらめ、他に好きな子を探す男子が増えたということだ。

 しかしなあ……。

 そんなに簡単にころころ好きな相手って変えられるものなのか。

 標智憂梨が男性不信になるのも分かる気がするよ。

 あれ?

 ところで俺、今日、なんで芦生麗と一緒に帰ることにしてたんだっけ……?

 えっと……。

 あ、思い出した。

「な、なあ、それでさっきの話の続きなんだけど……」

「なんだっけ?」

「ほら、みんなの前では『透』って呼んでほしくないって話だよ……」

「だけど――」

 芦生麗はほっぺを、膨らませた。

 あ。

 ちょ、ちょっと可愛いかも。

「星月だって、標さんだって、透のこと名前で呼んでいるでしょ。どうして、私だけ……」

「それは、麗だけ特別扱いしているわけじゃなくて――」

「特別扱い? 特別扱いなら、嬉しいけど――」

「うん、それは……、その……、そういうことではなくて……」

 ああ、またまた音飛びCDの俺。

「だから……、俺の友達がさ、以前、麗のこと好きだったりして……、今は違うんだけど、でも、俺が麗と付き合っているように思われると、そいつ、いい気がしないと思うんだよ。だから、気を遣いたいっていうか……」

「でもさ、透」

「なんだ」

「もし、透がその友達の立場だったら、そんなふうに気を遣われたら嬉しい?」

「うん、それは……、その……、そういうことか……。かえってみじめな気がするというか……、そっとしておいてほしいっていうか、知らんぷりしていてほしいかも……、しれない……かな」

「でしょう? 透はそんな気を回すことないよ。普通にしてればいいんだよ。その友達、今は私のこと何とも思ってないんでしょ? なら、いいじゃない」

 そうだな……。佑は今は、宇賀神利依奈と付き合っていて、すでに「たっくん」「りーちゃん」と呼び合うほどの仲だし……。

 実際、双方の頭上には双方の名前がのっかっているのが俺には見えているから、今、佑が宇賀神利依奈のことを好きなのは間違いないのだ。

 そんなの気を遣わなくていいのかもしれない。

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