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【第6視】二人での下校(一回目)

 標智憂梨は、俺にはすすめなかったくせに結束星月には文芸部入部をすすめた。

 だが、結束星月は中学時代運動部だったので文化部はちょっと考えさせてほしいという返事だった。

 その日もただ部室で本を読むだけの部活を終えて、俺は家路についた。

 俺と標智憂梨は家の方向が違うので、部室を出るときは一緒でも、一緒に帰るわけではない。

 まあ、仮に家の方向が一緒だったとしてもたぶん一緒には帰らなかったとは思う。

 一人、歩いていると、

「佐取君」

声をかけられた。

 振り向くと、芦生麗だった。

「芦生さん」

「佐取君も部活の帰り?」

「部活っつっても本読んでいるだけだけどね」

「でも、文芸部だからお話書いたりもするんでしょ」

「うん……、まあ、気が向いたら書くかも……」

「もし、書いたら、私が一番目の読者になってもいい?」

「一番目の読者って……、まだ書いてもいないし、書くかどうかも分からないんだよ……」

「じゃあ、書いたらってことで。約束ね」

 芦生麗は小指を俺に出してきた。 え?

 これって……?

「指切り」

「指切りって芦生さん……」

 人が見てるよと言おうとして周りを見たら誰もいなかった。

 芦生麗はにこにこしながら小指を出して待っている。

「じゃ、じゃあ……」

 俺は自分の小指を芦生麗の小指に絡めた。

 は、はずかしい……。

「や・く・そ・く!」

 そう言いながら芦生麗は小指のつながった俺たちの手を四回小さく上下させ、ほどいた。

 よかった……。

 ここで「指切りげんまん~~」のフルコーラスをやられたらどうしようかと思ったよ。

 それにしても――俺は考えた。

 今、芦生麗と小指を絡ませて思い出したのだけれど、今日来た転入生、結束星月は小指に運命の赤い糸が見えるという。

 ということは、今この瞬間にも芦生麗の小指には赤い糸が巻きついているんだろうな。

 芦生麗の運命の人って、いったいい誰なのかな……。

 それと――。

 結束星月は、星月自身の運命の人の赤い糸は、自分の小指とどのようにつながっているのか気にしていたが、それは俺や標智憂梨だって同じことだ。

 俺や標智憂梨にだって……、赤い糸……、あるよな?

 ただ見えてないだけで……。

 たとえば、仮に――、仮にだぞ。

 俺と芦生麗が運命の人同士だったとしたら、芦生麗の小指に結ばれている赤い糸は、俺の小指と結ばれているはずだけど、途中で消えているように見えるだけなんだよな。

 たぶん。

 ちゃんと結ばれているけど、能力者だから途中から見えなくなっているだけなんだよな。

 たぶん。

「――君」

 ん?

 なんか聞こえる。

「――取君」

 え?

「佐取君ってば」

 俺は芦生麗に何回か名前を呼ばれていたようだ。

「あ、ああ、ごめん。考えごとしてた」

「むずかしい顔して、なに考えていたの?」

「うん、人類の存亡と繁栄について」

「あは、それはむずかしいね」

「そ、そうでしょ」

 芦生麗、俺のつまらない返しにもちゃんと対応してくれて、いい子だな。

「今日、佐取君のクラスに転校生来たでしょ?」

「ああ、うん……、星月?」

「せ、星月? も、もう名前で呼んでるんだ」

「あ、ああ、いや、その……、結束さんだよね」

「佐取君、今日、標さんと結束さんと屋上にいたよね」

「え……?」

「あ、ち、違う、違う。ストーカーとかそういうんじゃないよ。私も今日屋上行ったの。佐取君いるかなって思って……。そうしたら、三人でなんか話してたから……」

「え? お、屋上に来たの?」

 まさか屋上に俺たち三人の他に人が――それも芦生麗が――来ているとは思わなかった。

 話、聞かれたかな?

「な、なんか、聞こえた?」

「ぬ、盗み聞きなんかしてないよ。なんか三人の世界っていうか、そういう感じだったから、私すぐ降りてきちゃったし……。」

「そ、そう」

「なんか、ほっとした顔してるね」

「そ、そんなことないよ」

「なんか、私、うざいかな」

「そ、そんなことないよ」

 音飛びのCDか、俺は。

「結束さんって、もしかして昔からの知り合い?」

「え、な、なんで? 初対面だよ」

「だってさ、今日会ったばっかの子なのに名前で呼んでいるなんて、ずいぶん親しげだなーーと思ったから」

「いや、俺、友達そんないないし。小中時代の連中となんか誰とも会ってないから、仮に再会したとしたって、そいつのこと覚えてないだろうな。ま、そいつのほうだって俺のことなんか覚えてないだろうけれど」

「そ、そんなことないよ!」

「芦生さん?」

「佐取君のこと、覚えてるよ」

「いいよ、そんな気ィつかってくれなくて」

「そうじゃないのに……」

「そうじゃないって?」

「あ、ひ、独り言。耳いいんだね」

「芦生さんと同じだよね」

「え? ああ、こないだのガムテープ越しの言葉が分かったって話? じゃあ、私たちって、耳がいい者同士おそろいだね」

「そ、そうだね」

「じゃあさ、おそろい同士ということで、私たちも名前で呼び合わない?」

 え?

 マジで?

 なんか、急に名前で呼ぶ女子が増えたんだが……、ま、いいか。

「そ、それは構わないけど」

「じゃ、じゃあさ、その……、透……君」

「はい……、う、麗……さん」

「あーー、結束さんは呼び捨てなのに、私は『さん付け』?」

「そ、そういう芦生さんだって、俺に『君』付けてるじゃん」

「あ、ああ、そうか……、じゃあ、思い切って――、透! ――呼べたあ!!」

「じゃあ……、その……、麗」

「良かったあ、名前で呼び合えるようになって。ちょっと遅れをとったかなって思っちゃったから」

「遅れ? なんか、この後、都合があるの? じゃあ、急いで帰らないといけないんじゃない」

「そうじゃないよ。透、耳はいいけど察しが悪いというか鈍いよね」

「あ、芦生さん……、じゃなくて、麗……、きゅ、急にキツいこと言ってくれるなあ」

「あ、ご、ごめん。悪気はないんだよ。なんか、名前で呼び合うようになったら、急にお互いの距離感が縮まったような気がして……。な、馴れ馴れしかったかな? やっぱ、うざい?」

「大丈夫だよ。そんな、うざいうざい言わないでよ。麗は人気者じゃん。誰も麗のこと、うざいなんて思ってないって」

「う、うん……。そ、そうかな? なんか私、いまいち、自分に自信がないっていうか……」

「そんなに人気者なのに?」

「そんなにって……?」

 俺は芦生麗の頭上にひしめく男子どもの名前(また数が増えたようだ)を見てそう言ったわけだが、芦生麗はもちろんそんなこと知る由もない。

「まあ、なんつーか、俺も男子だから分かるっていうか……。芦生さん……じゃなくて麗は、男子からポイント高いんだって。いやあ、俺、今の状況男子の誰かに見られたら恨まれるわ、きっと」

「そんな……、そんなことないよ」

 いや、実際そうなんだよ。

「男子からポイント高いって……、その男子に透も入ってる?」

「え……俺?」

 俺は芦生麗の頭上を見た。

 わざわざ見るまでもなく、自分で分かっていることだが、ひしめく名前の中に、俺の名前はない。

 今のところ……、俺、特に好きな子、いないんで。

 で、えーと……、俺はここでどう答えればいいんだ?

 「そんなわけないじゃん」って答えたらカドが立つよな。

 じゃあ、「もちろん、入っているよ」って答える?

 なんか軽いな。

 それにそれって、何気に芦生麗に告白してしまっていることにならないか?

 好きでもない人に「好き」っていう意思表示をするのか?

 これって、標智憂梨がさんざん言って毛嫌いしていた、“好きでもない人と付き合っている状態”に近いものがないかな。

 あー、どうしよう。

 俺が黙っていたからだろう、芦生麗が口を開いた。

「もーー、また、透ったら、そんなむずかしい顔して! そういうときは、社交辞令でいいから『入ってる』って言うもんだよ!」

 な、なんだ、芦生麗もそんな軽いノリだったのか。

 深刻に考えて焦っちまったぜ。

「あ、ごめん、ごめん。じゃあ、『入ってる』」

「“じゃあ”か……」

 芦生麗が苦笑――っていうんだよな、この表情は――した。

「あ、ごめん、ごめん、ごめん。じゃあ、『“じゃあ”なしで入ってる』」

「複雑だね。透っておもしろい」

「そう?」

「透さあ」

「うん?」

「なんか、仇名とかあった?」

 仇名か……、そういうのは親しい友達がいる場合、つくんだよな。

 あるいは、周りから嫌われている場合、おとしめるような仇名がつくこともあるが。

 まあ、俺の場合、仇名というものがついたことがなかった。

 仇名をもらえるほど今まで親しい友達がいなかったからだ。

「特にないな」

「そう」

「……」

「……」

「あのさ、透」

「なに?」

「女の子との会話、分かってないよね」

「え? な、なんか俺、まずいこと言った?」

「そうじゃなくて逆」

「逆?」

「言ってないの。――というか、聞いてない」

「ごめん、意味が分からないんだけど……」

「あのさ、女の子が質問するのはさ、自分が同じことを聞いてほしいからなんだよ」

「そ、そうなの?」

 女子ってめんどくさいなーー。

――ということは、さっき芦生麗は俺に仇名の有無を聞いたから……。

「えー、あの……、今さら遅くてアレなんだけど……、麗は仇名あるの?」

「そうそう、そうじゃなくっちゃ。仇名ね、小学生のころ、あったよ」

「そう」

「……」

「……」

「透」

「え?」

「なんで、そこで止まるかな。そうしたら、次は『なんて仇名?』でしょ」

「あ、ああ、そうか。いや、あんまりしつこく聞いたらプライバシーの侵害とかで悪いかなと思って……。それにほら、麗、小学校のこと、こないだ、あんまり話したそうじゃなかったし……」

「あ、ああ、そうか。ごめん、気を遣わせちゃったね。じゃあ、私の仇名の話なんか、どうだっていい?」

「いやいや、ここまできたんだから教えてよ」

「そう? えっと――ね、私、実は小学校のころ、ウランちゃんって呼ばれてたんだ」

「ウランちゃん……」

「ウランちゃん、知らない?」

「ウランちゃんって……、あれだろ? 鉄腕アトムの妹の……」

「うん、そうだよ! それ!」

「へえーー、ウランちゃんか」

「“うららちゃん”だと呼びにくいから、“ウランちゃん”って付いたんだ」

「なるほどねーー」

「……」

「感想は?」

「ウランちゃんなんて仇名……」

「うんうん?」

「はじめて聞いたかも」

「う……そ……?」

「え……、あ……、いや……」

 二人ともそのまま黙ってしまった。

 実は俺は「ウランちゃん」という仇名の女の子を昔ひとり知っていた。

 ウランちゃんと聞いた瞬間に思い出したのだ。

 小学三、四年生のとき同級生だった。

 残念ながら本名は覚えていない。

 みんな「ウランちゃん、ウランちゃん」と呼んでいた。

 五年生になるとき、転校していってそれっきり。

 消息は知らない。

 そのウランちゃんという子は、よく男子からからかわれたり、いたずらされたり、いじめられたりしていた。

 理由は簡単だ。

 可愛くて美人だったから。

 ウランちゃんのことを好きだった男どもがこぞって彼女にちょっかい出していたのである。

 彼女の頭上に、ものすごい量の男子の名が浮かんでいたのを覚えている。

 俺としては彼女がちょっかい出される理由がビジュアルで分かっていたから、彼女には干渉しないでいた。

 けど、さすがに見かねて、何回かウランちゃんのことをかばったことがある。

 そうすると、

「佐取ーー、おまえ、ウランのことが好きなんだろーー」

「ひゅー、ひゅー」

「熱いねーー」

という冷やかしの嵐。

 小学生の教室にありがちな光景だ。

 一回だけ、ウランちゃんと一緒に二人で帰ったことがあった。

 そのときウランちゃんに、「かばってくれてありがとう」みたいなことを言われた記憶がある。

 俺は、「みんなウランちゃんのこと好きだからちょっかい出すんだよ。男はバカでごめんな」みたいなことを言ったんじゃないかなと思うのだが……。

 十歳ぐらいの小学生男子がそんな気の利いたこと言えたとも思えないので、俺の覚え違い、単に記憶が美化されているだけかもしれない。

 あのとき俺、「男子がみんなあたしのこと好きだという、その“みんな”の中に佐取君も入っているの?」と聞かれて何と答えたんだったかな……?

 ウランちゃんは可愛い子だったけれど、俺は特別な感情はもっていなかった。

 ――というか、自分の能力のせいで、誰かに真剣に恋愛感情をいだいたことがほとんどないんだな。

 小学校低学年と高学年のとき同じクラスだったルミちゃんに対しては漠然とした好意をもったことはあったが……、せいぜい、あのときぐらいか。

 人の恋愛感情が見える俺は、逆に恋愛感情が見えない自分に関してのことにはひどく臆病になってしまっているのだ。

 一般の人なら分からなくて普通なのだろうが、俺は、俺自身のことを除いて、それがすべて分かってしまう。

 だから、かえって不安度が増している感じなのだ。

 あのウランちゃん……。

 本名はどうしても思い出せない。

 途中で転校してしまったから、卒業アルバムにも名前はないし、小学三、四年生のころのクラスメイトが分かる資料など、もう俺の手元には何も残っていない。

 芦生麗がウランちゃんなのだろうか?

 聞いてみるか?

 だが、聞いてどうする?

 聞いてどうなるものでもない。

 T字路に来た。

「俺、右だけど、芦生さんは……?」

「私は……、左」

「じゃあ……、ここで」

「うん……、またね」

 芦生麗は、一緒に帰り始めたときより、ちょっと元気がない気がした。

 その無理につくった感じの笑顔に、俺もぎこちなく笑顔をつくって手を振り、俺たちは別々の方向に分かれて帰った。

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