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【第5視】赤い糸が見える女、結束星月

 六月になり、俺たちのクラスに転校生が来た。

 女子で、名前は結束星月ゆいづかせるな

 彼女は転入するにあたってのあいさつをいろいろ述べていた。

 ポニーテールにした茶髪で、少々ぶっきらぼうな喋り方。

 ボーイッシュな女の子って、こういうのを言うのか?

 髪長いけど……。

 本当は四月から通いたかったのだが家の事情で転入学が六月になってしまったこととか、名前の星月というのは、星を「せい」と読ませ、「月」をルナと読ませるのを合体させて「せるな」と読ませているだとか何とか彼女は説明していたそうだが(後で佑から聞いた)、俺はそんなのまったく頭に入らなかった。

 俺の目は、彼女の頭上に釘付けになったからだ。

 彼女の頭上には名前もゼロの数字もなかった。

 彼女は能力者に違いない。

 俺や標智憂梨と同じように。

 自己紹介を終えると、担任に言われた席に向かって彼女は歩き始めた。

 そのとき、彼女は俺の横を通った。

 俺は彼女をちらっと見た。

 彼女は……、特に俺を見なかった。

 もちろん、俺の頭上も。

 あれ?

 違うのかな?

 標智憂梨のときは、明らかに俺の頭上に注意を払っていたのだけれど……。


 結束星月もあまりしゃべらない子だった。

 容姿はいいのに、無愛想というか、せっかく周りのクラスメートが話しかけてきてくれているのに「そう」とか「うん」とかいったそっけない言葉しか返さない。

 標智憂梨も愛想ないけど、結束星月はそれ以上だ。

 なんか、こう近寄りがたい雰囲気をまとっているというか、「寄らば斬るぞ」的な怖いオーラを放っていた。

 能力者って、無愛想なもんなのか?

 同じく能力者だけど、俺自身は無愛想じゃないと思うんだけど……。

 まあ、俺にしろ、標智憂梨にしろ、たぶん結束星月にしろ、俺たちの能力は他人の心の中を覗き見るものだ。

 表面と内面の違い、行動と本心の違いのギャップの大きさに、戸惑わされたり驚かされたり失望させられたりする。

 そうなると、人間なんて信じられないと思うこともある。

 まあ、それでも俺は人間を信じたいと思うんだけど、標智憂梨は人間不信、人嫌いとはっきり言っていた。

 結束星月もそうなのだろうか。

 だが、なんにしても彼女を放っては置けない。

 彼女はたぶん三人目の能力者なのだ。

 なんとしてもコミュニケーションをとりたい。

 昼休み。

 俺と標智憂梨はどちらから声をかけるでもなく二人一緒になって、結束星月を捜した。

 教室にもトイレにも購買部前にも校庭隅のベンチにも中庭にもいなかった。

 俺たちは諦めかけた。

 だが、意外な場所で結束星月を見つけた。

 屋上にいたのだ。

 転校初日から昼休み屋上かよ。

「やあ、結束さん」

 俺は声をかけた。

「ごめん。まだ誰も名前覚えてなくて」

 結束星月は愛想のない表情で答えた。

「あ、いいっていいって。俺、同じクラスの佐取透。こっちは……」

「標智憂梨よ」

「そう」

 俺は結束星月の視線を観察した。

 結束星月は一瞬俺の顔を見たけれど、頭上は見なかった。

 あとは視線を落としたままだ。

 だけど、その時、一瞬はっとしたような顔をしたのを、俺は見逃さなかった。

「あのさ、単刀直入に聞くね。結束さんさ、人の頭の上に名前が見えていない?」

「人の頭の上に名前? なんのこと?」

 俺からの問いへの結束星月の答えに、俺と標智憂梨は顔を見合わせた。

 結束星月の口調は、うそを言っているようには聞こえなかったからだ。

「じゃあ、質問を変えるわね。頭の上に名前は見えないにしても……、あなたには、何か他人に見えないものが見えているんじゃない?」

「……」

 標智憂梨の問いかけに、結束星月は今度は沈黙した。

 ビンゴ!

 間違いない。

 この沈黙は肯定したということだ!

 結束星月は三人目の能力者に間違いない!

 結束星月の表情に警戒の色が浮かんだ。

「あ、警戒しなくていいよ。俺たちは君の能力を知ってどうにかしようっていうんじゃない。もしかしたら……、君のほうでも察しがついているかもしれないけれど、俺も標さんも人にはない能力をもっている。実は、頭の上に名前が見えるんだ」

「人の頭の上に名前?」

「ああ。俺は、その人に好意をもっている人の名前が頭上に見える。人気者は何十人もの名前を頭の上にのっけているし、そうじゃない人はご丁寧に『0』の数字が頭上に浮かぶ。いっぽう、この標さんは逆。その人が誰が好きか、それが頭上に浮かぶ。俺と違って標さんの場合はいちばん好きな人だけが頭上に見えるから見える名前はいつも一つ。んでもって、好きな人がいない場合はやはり俺と同じように頭上に『0』が浮かぶ」

「それで?」

「驚かないね。信じるんだ。やっぱり、君も何かの能力をもっているんだね」

「……。あんたらは、どうしてお互いが能力者だと分かったの……? 待って、当てるから……、たぶん、あんたらはお互いの頭上にだけ何も見えていないんじゃないの?」

「当たり! まったくその通りだよ。ということは、結束さんも人には見えないものが見えているのに、俺たち二人だけにはそれが見えていない――そういうことだよね? だから今、名前が見えないってことを当てられたんでしょ」

「まあ、そういうことになるかな」

「よかったら……、結束さんに見えているものも教えてくれない?」

 おお!?

 なんだ、なんだ。

 標智憂梨、やけに積極的だな。

 俺のときと違うじゃん。

「あたしに見えているのは……、あんたたちの見えているのとはだいぶ違う」

「違う?」

「どういうふうに名前が見えているの」

「だから違うと言っただろ。頭の上に名前なんか見えていない」

「へえー、じゃあ何が見えるんだい?」

 結束星月の見えるものに俄然興味がわく。

「運命の赤い糸って知ってる?」

「赤い糸? 結ばれる男女の小指同士につながっているってやつかしら」

「ああ。あたしに見えるのはそれさ」

「へえーー、ほんとかよ!」

 これはびっくりだ。

 頭の上に名前が浮かんでいるのが見える能力者だけじゃないんだな。

 ということは、世の中には、いろんな種類のいろんなものが見える能力者がほかにもまだまだいるに違いない。

「興味深いわね。どんなふうに見えるの?」

 口に出した言葉とは対照的に、全然興味なさそうな感じで標智憂梨がたずねる。

「そのまんまさ。将来結ばれるやつらは、小指と小指が赤い糸でつながっているし……。そうじゃないやつは、赤い糸を小指からずるずるひきずって歩いている。その先は将来結ばれる誰かにつながっているんだ」

「じゃあ、誰でも必ず小指に赤い糸が結ばれているの?」

「ああ、これまでは一人残らずそうだった。けど……、赤い糸で結ばれている者同士で、必ず恋人や夫婦やっているかというとそうでもない。そうじゃない場合は将来別れちまうな。まあ、あたしら高校生ぐらいで付き合っているカップルで赤い糸で結ばれている男女はほとんどいないな。それに……」

「それに?」

 今度は俺が結束星月の言葉を促した。

「生きている間に赤い糸の相手と出会えるとは限らない。あたしは、ついに赤い糸の相手と結ばれないまま亡くなった人を知っている。じゃあ、なんのための赤い糸なんだって話だけどな」

「へえ、そうなんだ……」

「なかなか興味深い話ね」

「ま、でも驚いたよ。これまで自分以外で赤い糸のないやつはいなかった。それがいっぺんに二人も出てきたんだからな。まさか、それぞれにそんな特殊な能力をもっているやつとは思わなかったけど」

「じゃあ、さっき目線を下げたときに驚いたような顔をしたのは、俺たちの小指に赤い糸がなかったからなんだな……」

「そうだな。そっちはそっちであたしの頭のてっぺんに人の名前が浮かんでないんだろ?」

「ああ。どうやら能力者同士だとお互いの能力が無効になるようだな。――で、結束さん、相談があるんだけど」

「相談?」

「俺たち、友達にならないか?」

「友達に?」

「ああ、俺とここの標さんも能力者ってことで友達になったんだ」

「そうだったかしら?」

「標さん、そこは話を合わせようよ、ややこしくなるから」

「ま、じゃ、いいけど別に。――で、結束さんはどうするの? 無理に友達になれとは言わないわよ」

「ふーん」

 それまで世の中の何にも興味なんかないという顔をしていた結束星月が初めて表情を動かした。

「で、なに? あんたたち付き合ってるわけ?」

「まさか。私は誰とも付き合わないわ」

「へー。でもさ、標さんだっけ?」

「そうだけど」

「お互いの頭の上に名前が見えないって言っていたけど、それ以外の他人の頭の上の名前は見えるんだろ?」

「そうだけど」

「ということは、今まであんたのことが好きな男子がいたとしたら、そいつの頭の上にはあんたの名前がのっかっていたわけだよな? そういうこと今まで何回くらいあった?」

「関係ないでしょ、そんなこと」

「ま、そりゃそうか。――で、透」

「いきなり、下の名前で呼び捨てかよ」

「じゃ、あたしのことも星月って呼び捨てでいいからさ」

「んで? 言いかけたこと、なんだ?」

「透の場合は違うよな。透の好きな女の子の頭の上に佐取透の名が浮かんでいるのは分かるけど、透の頭の上に浮かんでいるかもしれない女子の名前は見えないわけだ」

「分かりが早いじゃんか」

「まあな。あたしと同じだから」

「同じ?」

「ああ。あたしも自分の小指の糸が見えない。自分の運命の人が分からないんだ。もし、この世のどこかに自分の運命の人がいたとして……、その人の小指の糸って、あたしの小指とどうやって結ばれているんだろう? 途中で消えて見えなくなったりしているのかな……なんて、いろいろ今まで考えたことがある。どころか、自分にだけ運命の人がいないんじゃないかって不安になる。実は、自分にだけ運命の人がいないから、あたしにだけ小指の糸がないんじゃないかってことも半々ぐらいで思っていた。でもそうじゃなかったんだな。能力者は自分に対しては能力が働かない。あんたらに今日会ってそれが分かった」

「うらやましいわね。私もそういうほうがよかった」

「標さんも?」

「なんか、私だけ名字で呼ばれるのもなんだから、智憂梨って呼んでくれるかしら」

「じゃあ、智憂梨。『そういういうほうがよかった』って、どういうこと?」

「誰が私のことを好きかなんか分からないほうが幸せだってことよ。もっともこの能力自体ないほうがもっと幸せだったけれど。誰が私のことを好きかどうかなんて知りたくなかった。ほんとうは私のことを好きでもない人が私にアプローチしてきて、いったい何考えているのか分からなくて困惑したことがあったわ。また、本当は私に好意をもっている人が別の女の子と付き合っているのも意味が分からなかった。人は想いと行動がいつも一致しているとは限らない。だから人間不信になったのよ」

「ふーん、なるほどね。人間って、自分にないものを求めるものだな。だけど、智憂梨っておもしろいな。第一印象、無口で無愛想なやつだと思ったけど、けっこうしゃべるじゃん」

 結束星月、おまえが言うか。

「星月、あなたこそ無口で無愛想だと思ったけれど、けっこうしゃべるわよ」

「おっと、こりゃあ、お互い様か」

 なんだか、お互いぶすっとしている感じに見えるけど、標智憂梨と結束星月、けっこう気が合ったみたいだ。

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