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【第2視】学校の事情通、助川佑

 新しい高校の新しいクラス。

 みんな、頭上に名前か数字の「0」を浮かべていた。

 中には名前を十個以上のせているやつもいる。

 まったくうらやましいというか、ねたましい。

 そして、はがゆい。

 俺自身の頭上、いったいどうなっているのだろう?

 まあ、想像はつく。

 中学の知り合いのいない高校に進学したのだ。

 学校には、俺のこと自体を知っているやつがいない。

 まあだから多分、今の俺の頭上には「0」が浮かんでいるはずだ。

 自己紹介が始まった。

 みんな型通りの挨拶を進めていく。

 頭上には一つか複数の名前、もしくは数字の「0」。

 そんな中、一人、俺の視線を釘付けにした女子がいた。

 容姿がどうのというのではない。

 なかったのだ。

 名前も「0」も。

 彼女の頭上に。

 俺はそれまでの人生で、頭上に何も浮かんでいない人間を見たことがなかった。

 もちろん、テレビの中の人物は頭上に何も浮かべていない。

 先にも言ったとおり、頭上の名前は映像には映らないからだ。

 そうじゃなくて、この肉眼で、頭上に何も浮かんでいない者を見たのが生まれて初めてだったのである。

 いったい、なぜ?

 どういうことだろう?

 俺は彼女に俄然、興味がわいた。

 彼女の名前は標智憂梨しるべちゆり

 スレンダーな長身でショートカット。

 あまり表情の変化のない、おとなしそうな女の子だった。

 ちょっととっつきにくそうな感じだ。

 だが、俺としては彼女だけ頭上に何も浮かんでいないわけを知りたい。

 もっとも、彼女自身がその理由を知っているかどうかは分からない。

 というか、はっきり言って知らないだろう。

 自分の頭上に、自分が誰から思われているかの名前を浮かべているなんて、この世界中の誰も思わないだろう。


 高校に入って新しい友人ができた。

 助川佑すけがわたすくというやつだ。

 高校に入ったばかりだというのに、こいつはなかなかの事情通らしい。

 生徒の誰と誰が付き合っているとか、あの先生はもう直ぐこの先生と校内結婚するらしいだとか、どこから仕入れてくるのかいろいろな事情を知っていた。

 ある日の昼休み。

 俺と佑は屋上にいた。

 購買部で買ったパンとジュースで昼食だ。 

「なあ透、知っているか? 標智憂梨の異名」

「い、異名?」

 異名と聞いていやな思い出が脳裏に蘇った。

 中学時代、何を隠そうこの俺当人が「恋のキューピッド」だの「縁結びの神様」だの「恋愛の鉄人」だのといった、ありがたくない異名をいくつももっていたのだから。

「なんでも標智憂梨、『恋のキューピッド』だの『縁結びの神様』だの『恋愛の鉄人』だのといった異名をもっているらしいぜ」

 俺は飲んでいたジュースをぶーっと噴き出した。

 それって、俺が中学のときもっていた異名類とまったく同じではないか。

「わ、きったねーな、透」

「ご、ごめん佑」

 俺は標智憂梨にますます興味がわいた。

 俺の知る人間の中で、唯一頭上に何も浮かべていない人間。

 そして、中学時代、俺と同じ異名をもっていたという人間。

 標智憂梨。

 いったい何者なんだろう?

「佑、その標智憂梨の話、もう少しくわしく聞かせてくれないか?」

「ああ……」

 佑の話はこうだった。

 標智憂梨は、昔から、誰が誰を好きなのか、ぴたりと言い当てることができたらしい。

 心の中でひそかに思っていたとしても、標智憂梨には見抜かれてしまう。

 恋愛相談を受け、標智憂梨が太鼓判を押した二人は、必ずカップルになれた。

 逆に、標智憂梨がダメ出しした二人がカップルになることはなかった。

 また、標智憂梨に勧められ、誰かに告白するとその成功率は百パーセント!

 どこかで聞いた話――つまり、この俺とまったく同じ話ではないか。

 まさか?

 まさか!

 標智憂梨は、俺と同じ能力者なのか?

 彼女の頭上にもまた、その人が誰から好かれているのかが浮かんで見えているのだろうか?

「そんでな、透」

「ああ」

「俺さ、標智憂梨に相談してみようかと思うんだよな」

「相談? なんの?」

「透、おまえ、ここまで話聞いていたら分かんだろ、普通。恋愛相談だよ」

「恋愛……、透、おまえ、好きな女子できたのか?」

「あ、ああ……、まあな」

「誰だよ」

「隣のクラスの、芦生麗あしううららだよ」

「芦生麗……」

「知ってるか?」

「いや、知らん」

 俺は佑の頭上を見た。

 浮かんでいるのは……数字の「0」。

 芦生麗の名前どころか、女子の名前は一つも浮かんでいなかった。

 入学早々、お互い知らない同士。

 一目惚れを除けば、いきなりの片思いなど通常は誰からもされない。

 妥当な表示だ。

 でも、これで可能性がゼロというわけではない。

 友達として付き合っている内に、頭上に名前が浮かんでくる場合があるからだ。

 そういう例を俺はこれまで何度も見てきた。

「俺さあーー、標智憂梨に相談してみようかと思うんだよね」

「相談ねえ……」

 俺も昔、よくそのテの相談をされたっけ。

 高校になってからは、一切やめるとかたく心に誓ったので、俺は知らんぷりして佑の話に調子を合わせる。

 でも、この校内のどこかに、いや、校内だけとは限らない、この世界中のどこかに「芦生麗」という名を頭にのっけているやつがいたら、そいつが芦生麗の想い人だ。

 芦生麗はそいつが好きってことだ。

 残念ながら、佑の思いは届くまい。

 けど、高校中の全生徒、もっといえば、全人類の頭の上をすべてチェックするのは不可能。

 可能であれば、チェックしてやりたいんだけれどな……。

「佑、標智憂梨に相談するったって、おまえ、標智憂梨と知り合いなのか?」

「いや、知り合いでもなんでもない」

「知り合いでもなんでもない人に、いきなり恋愛相談なんて不自然じゃないか。へたしたら、おまえが標智憂梨に好意をもっていると誤解されかねないぞ」

「いや、それなら心配ないんだよ」

「どうして?」

「標智憂梨は、放課後、恋愛相談を請け負っているんだ」

「はあ?」

「標智憂梨は、文芸部。けれど、文芸部は、ほとんどの部員が幽霊部員で、普段、部室に出入りする者はいない。放課後の文芸部室には毎日標智憂梨が一人で、そこで恋愛相談に応じているらしい」

「詳しいな、佑」

「ああ、いちおう学園一の情報通を自負しているからな」

「じゃあ、標智憂梨に恋愛相談したければ、放課後、文芸部室に行けばいいのか」

「そういうことだ」


 昼休みの残り時間、俺は佑といったん別れ、すばやく校内を見て回った。

 正確には校内の生徒たちの頭上を見て回った。

 「芦生麗」という名をのっけているやつがいないかどうかのチェックだ。

 幸い、俺が見た範囲では、芦生麗の名前を浮かべているやつはいなかった。

 隣のクラスも覗いてみた。

 誰が芦生麗なのかは直ぐ分かった。

 頭上に「助川佑」と浮かんでいる女子が芦生麗だ。

 へえーー、けっこう可愛い子だな。

 長い黒髪で、頭には大きなリボン。

 スタイルの良さが、制服の上からでもよく分かる。

 助川佑の他にも名前が三つ浮かんでいた。

 この三人も芦生麗に想いを寄せているのだ。

 ということは、佑の恋のライバルは三人か。

 三人とも俺の知らないやつだった。

 この三人の内の誰かの頭上に、もし芦生麗の名前があったら、両想いということになるから佑の出る幕は無い。

 うーん、どうしよう?

 ここは友人のためにひと肌脱ぐか。

 俺は、三人の名前をすばやくメモすると、教室に戻った。

「佑」

「なんだ透、長いトイレだったな。大か?」

「違うよ。佑、おまえ、この三人が誰か知ってるか?」

「へえー、どれどれ? ああ、三人とも今年入った一年生だな。クラスはみんなバラバラだけど……」

「さすが、学校一の情報通だな。顔、分かるか?」

「もちろん」

「教えてくれ」

「いつ?」

「今すぐだ」

 俺は、佑を引っ張って廊下に出た。

「おい透、もう直ぐ午後の授業始まるぞ」

「そんなのいい。おまえ、恋が実らなくてもいいのか?」

「は? なんのことだ?」

「い、いや、こっちのことだ。はやく三人の顔を教えろ」

 訳が分からずあまり気乗りしない様子の佑に、無理やり三人のもとに案内させた。

 案内させたといっても、廊下から顔を見るだけだが。

 結果は……、三人ともセーフだった。

 三人とも頭に芦生麗の名はなかったのだ。

 というか、名前自体なく「0」だったが。

「これで満足か?」

「おお、サンキュ、佑」

 本当は、佑が俺に礼を言うべきなんだぞと思いつつ、俺と佑は自分の教室に戻った。

 午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。


 放課後の文化部棟。

 運動部棟と比べて文化部棟は静かだ。

 ちなみに俺も佑も部活には入っていない。

 俺と佑は文芸部室のドアの前に立った。

「ここだな透」

「ああ。だけど佑、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫って何が?」

「だからその……、恋愛相談の件だよ」

「別に……、違ってたら、違ってたでいいじゃないか。『あ、ごめん、そんなうわさ聞いたんで、来ちゃったんだけど……、違ってたんだね。悪かった』って謝ればいいよ。それで問題ないだろ?」

「まあ……、それはそうだが……」

 佑って、ずいぶんノリが軽いというか、あっけらかんとしたやつだな。

 コンコン。

「お、おい、もうノックしたのかよ!?」

 俺の心の準備がまだだというのに、佑はもう文芸部のドアをノックしていた。

「ま、まだ心の準備がだな」

「なんで、透に心の準備が要るんだよ?」

 ちょっとの間をおいて、

「はい?」

との声が部室内からあった。

「失礼しまーす」

 佑がゆっくりとドアを開けた。

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