【第16視】俺たちの運命の相手って……?(考察その二)
「お祝いをしましょう」
「お祝い?」
「ええ。文芸部が廃部を免れたお祝い」
「お祝い」なんて、およそ標智憂梨には似合わない言葉な気がしたが、せっかくだ。
同じく文芸部員の結束星月も誘って、ファミレスに行った。
四人がけのテーブル席。
窓際に標智憂梨と結束星月が並んで座り、通路側に俺が座った。
「へーー、文芸部のサイトを作ったのは透だったのか、すごいな」
「それほどでもないよ」
「テニス部も、サイト作ればいいのにな」
「テニス部は必要ないでしょ。対外試合とかで華々しく活躍して目立っているもの」
「まあ、そうだけど……。ないよりはあったほうがいいかもな……」
結束星月は俺をじっと見た。
「な、なんだよ」
「透さ、テニス部のサイトも作ってくれよ」
「な、なんで俺が……」
「けっこう、文芸部のサイト、評判なんだぜ。特にちゅうりっぷさんの小説がおもしろいって」
結束星月が隣の標智憂梨を見る。
「それはどうも」
「あのサイト誰が作ったんだって、テニス部の連中からあたし聞かれてさ。ほら、あたし文芸部員だし」
「そうだったわよね。星月、だからあなたも作品を書いてちょうだい」
「――おっと、そうだった。それはそのうち書くよ。『サトル』みたいな短いやつでいいんだろ」
「悪かったな」
「はは、怒るなよ透。あれも良かったぜ。なんか、一生懸命書いてるって感じがしてさ」
「またその感想かよ。これで三人目だ」
「三人目? 私と、星月と……あとは……、あ、そうか」
標智憂梨は最後は小声になった。
「いや、その……、まあ察しの通り、麗だけどさ」
「……」
結束星月が話題を戻した。
「なあ、透さ、テニス部のサイトも作ってくんない?」
戻してくれたのはありがたいが、
「え? 文芸部の俺がどうしてテニス部のサイト作りを……」
「なあ、いいだろ? あたしと透の仲でさ」
「ど、どういう仲だよ?」
「星月と透がどういう仲なの?」
俺と標智憂梨の声がかぶった。
「だいたい、星月は尖先輩と付き合うんだろ? 俺との仲がどうこうっておかしくない?」
「おかしくないだろ。だって、公認とはいえ尖先輩、あたしと智憂梨と二股なんだぞ。だからあたしも二股にする」
「ふたま……、なんだって?」
「あ、いや、こっちのこと。ともかくさ、透、たのむよ」
「それは……」
俺は標智憂梨を見た。
「別に私に気兼ねすることないわ。やってあげたいのなら、やってあげればいいんじゃない?」
「うん、じゃあ、まあ……、俺で役に立てるのなら」
翌日、俺はテニス部の部室に行った。
いたのは、男女テニス部それぞれの三年生の部長と、テニス部文芸部掛け持ちで俺にサイト作成の話をもってきた結束星月、あと、俺の知り合いということで助川佑、宇賀神利依奈、そして芦生麗だった。
「佐取君、今回は無理を聞いてくれてありがとう。助かるわ。テニス部、男女ともパソコンにそれほど詳しい人がいなくて」
「文芸部のサイト、人気みたいだな。俺も読んだよ。あの『サトル』って佐取君だろ?」
男女の部長が俺ににこやかに話しかける。
「はあ、どうも。恐縮です」
「佐取君は、中学のときも文化部だったのかい?」
「え……、いや……、違います」
「へえ、じゃあ、運動部?」
な、なんだ……?
男女の部長から代わる代わるの質問攻め……。
「まあ、一応、サッカーだったんすけど……」
「へえーー、サッカーか……」
「じゃあ、足速いのね」
「いえ、それほどでも……」
結束星月が口をはさんだ。
「部長、質問はそれくらいにしてくださいよ。透はサイト作りの打ち合わせで来てくれたんすから……」
「あ、そうだったわね」
「悪い悪い。じゃあ、佐取君、さっそくだけどね……」
まあ、打ち合わせといっても、簡単なものだ。
デザインは俺にお任せということになり、要はコンテンツ(内容)をどうするかだったが……。
個人情報の管理が言われている昨今、顔写真や実名を入れるのは控えようということで、遠景の練習風景写真を入れたり、最近の対戦成績を入れるにとどめた。
あとは、男女各部長からのメッセージという感じだ。
「じゃあ、形はだいたい作っておきますから……、あさってぐらいまでにお二人のメッセージ原稿作っておいていただけますか」
「ええ、分かったわ」
「う~ん、文芸部の佐取君に笑われないような立派な文章書かなくちゃな」
「いや、俺、別にそんな大したことないすから……。じゃあ、作業ここで始めちゃっていいですか?」
「あ、いいわよ。お茶、入れようか?」
「梅雨で雨が続いているからね。ずっと自主練なんだ。廊下で筋トレやるやつ、帰るやつ、いろいろだけどね」
俺は女子の部長には「おかまいなく」と言い、男子の部長には「そうすか」と相槌を打ち、パソコンを起動させた。
「あとは……、俺一人で大丈夫ですから、みなさん、好きなことしててください」
「そうか……。じゃあ、筋トレにでも行くか」
「お願いするわね、佐取君」
「透、頼むぜーー」
「透君、期待してるね」
男子部長にうながされて、女子部長、助川佑、宇賀神利依奈は出て行ったのだが……
芦生麗と結束星月が残った。
「二人とも、俺一人でいいからさ、自主練行ってきなよ」
「でも、テニス部のために透がやってくれているのに、なんか残していったら悪いよ」
麗が言うと、星月が、
「あたしが残っているから、麗は行きなよ。同じ文芸部としてあたし、透をサポートするから」
「で、でも……」
「麗、それともここに透と残りたい理由でもあるのか?」
「え、えっと、それは……」
「ないよな? あたしはある。同じ文芸部だし。じゃ、そういうことで」
結束星月は、去りがたそうな芦生麗の背中を押すと、さっさと部室から追い出してしまった。
「へへ」
と言うと、結束星月は俺の隣に座ってきた。
「なんだよ。別にいてもらっても、してもらうことはないぞ」
「そういうなよ。なんか、アドバイスとかいるだろ。色は何色にするかとか、模様はどんなのにするとか」
「まあ……、そうだな……。色や模様ぐらいなら」
いたらいたで、文字のフォントやサイズはどんなのにしようかとか、写真は右に入れるか左に入れるかとか、結局、結束星月とああだこうだ言いながらサイトを作ることになった。
男女のテニス部なので、女子の意見も参考になるといえばなったかもな。
俺が一人でやっていたら、このデザインにはしなかっただろうなといった箇所もあったので。
二時間もかからずとりあえず形だけはできた。
文芸部のサイトを作った経験があったので、我ながらかなり手際よくできたのだ。
あとは、部長のメッセージを入れたり、写真や対戦成績を更新していったりすれば、それなりのサイトになるはずだ。
ここにも生徒会のサイトからリンクを飛ばすから、すぐにアクセスが集まり始めることだろう。
「よし、今日はこれでオッケーだな」
「透、おつかれさん」
「星月もありがとな。二人でなんだかんだ言いながら作って、けっこう楽しかったぜ」
「え? そ、そうか」
「俺、文芸部の部室寄ってから帰るわ」
「あ、あたしも行くよ。あたしだって文芸部だし」
「じゃ、一緒に行こうぜ」
結束星月とテニス部室を出ると、ちょうど芦生麗が来たところだった。
「あ、麗、自主練終わったのか」
「うん……。星月と透も……、サイト作り終わり?」
「ああ、なんとかな。これから文芸部の部室寄ってから帰るんだ」
「じゃあ、あたしたち行くから。麗、また明日な」
「あ……、うん……、透、星月、バイバイ」
芦生麗と俺たちは手を振って別れた。
芦生麗は何か言いたげだったけど……。
文芸部室に行ったけれど、標智憂梨はいなかった。
今日はもう帰ってしまったのだろう。
「智憂梨いないな。星月、俺たちも帰ろう」
「なあ、透」
「ん?」
「あたしさ……、その……」
「なんだよ」
「いや……、なんだ……、聞いてみたいんだが……、あたしたちの能力ってさ、自分に関してはまるで役に立たないだろ? 分かるのは人のことばっかでさ」
「そうだよな。――でも、なんで今さらまた、あらためてそれを?」
「透はさ……、運命って信じるか?」
「信じるも何も……、運命の糸が見える星月が何言ってるんだよ」
「仮に……、仮にだぞ……? 透が……、透のことを好きな女の子が誰なのかとか、透の運命の相手が誰なのかとかが分かったら、どうする?」
「どうするって……、俺はそれ、昔から『分かりたい』って思っていたことだから、嬉しいと思うぞ」
「でもさ、自分が何とも思ってない相手から想われていたり、自分が何とも思ってない相手が運命の人だったりしたら、どうする?」
「そうだなあ……。自分のことを想ってくれる相手なんて今までいなかったから……、よっぽど性格が最悪とか、そんなんじゃなければ、きっと俺、よろこんで受け入れると思うぞ」
「そうなんだ。じゃあ、運命の相手の方は……?」
「なあ、その運命の相手なんだけどさ」
「?」
「運命ってよく、『自分で切り拓くもの』とか言うだろ? 星月に見えている運命の赤い糸って、切ったり結びなおしたりってことできないの?」
「……、どうなんだろう? そんなことやったことない。考えたこともなかった」
「できるのか?」
「どうなんだろう? でも、自分の運命ならともかく、他人のあたしが操作するなんて許されないことの気がするな」
「それはそうか……」
「で、あたしの質問なんだけど?」
「なんだっけ?」
「やだなあ。なんとも思ってない相手が透の運命の人だったらどうするかってことだよ」
「それは……、それは、どうしようもないんじゃないか? だって、運命なんだろ? 受け入れるさ。でも、自分が本当に好きになった人が、もし運命の人じゃなかったとしたら――」
「――したら?」
「俺の力で運命を書き換えて、その人を運命の人にしてみせる! だって、他人の運命を変えるのは許されないことだとしても、自分で自分の運命を変えることは別に何の問題もないもんな――なあんてな、そもそも自分の運命自体知らないし、変える方法も分からないんだけど」
「ポジティブだな透は」
「星月はどうなんだよ、自分のこと好きな人や、自分の運命の人が分かったら」
「あたしは……、今やってるとおりさ。尖先輩が運命の人かもしれないから付き合ってる」
「そうか、運命の赤い糸が途中で途切れて見えるんだったよな」
「うん」
「俺の場合は、赤い糸自体が見えないんだったよな」
「そうさ」
「じゃあさ、糸が見えないだけで、俺と星月が運命の人って可能性もあるわけだよな、ははは」
「あ、う、そ、それは……、その……」
「あ、ごめん、冗談だよ。そんな顔真っ赤にして怒るなよ」
「お、お、お、怒っちゃいないよ別にただ……」
「ただ?」
「そ、その……、もし、本当にあたしが透の運命の人だったらどうする?」
「もしも何も……、今、可能性があるのは尖先輩だろ?」
「まあ……、そ、それはそうなんだが……」
「でもさ、運命って変わるかもしれないんだろ。運命の糸が結び変わるところとか見たことないの?」
「うーん……、結び変わることはあるのかもしれないけど……、見たことはないかな……」
「きっと変えられるよ。そう信じようぜ」
「信じる……」
「だってさ、自分の運命が勝手に決められているなんて、なんだか悔しいじゃないか。幸い――なのかどうか分からないけど、星月は自分の赤い糸は見えないんだろ? 俺だって、誰が俺を好きなのか分からない。どうせ俺たち、自分のことは分からないんだから、だったら、自分で自分の好きなように運命を書き換えていけばいいというか、運命を作っていけばいいと思うんだ。そのほうが、人生、おもしろいじゃないか」
「透……、そうか、そうだな」