【第11視】二人での下校(二回目)
下校時刻になった。
俺は……、芦生麗を待ってみることにした。
俺が芦生麗の靴箱の前に立っていると……、何人かの生徒が、俺のほうを見て何かひそひそやりながら帰っていった。
こういうのって、なかなか慣れないもんだな。
というか、こちらを見られながらのひそひそ話って、慣れることができるものなのだろうか……。
「あ、透!」
芦生麗の声がした。
「もしかして待っててくれた?」
「あ……、うん……。よかったら途中まで一緒に帰らないか?」
「嬉しい! 文芸部室の電気が消えていたから、もう先帰っちゃったのかと思ってた!」
二人で傘を差して並んで歩いた。
「なあ、麗」
「なあに」
「“付き合う”って……、どういうのが“付き合う”ってことなんだと思う?」
「それは……、やっぱり、お互いの想いが通じ合っている状態ってことなんじゃないかな」
「お互いの想いが通じ合っているか……」
芦生麗は、一緒に昼を食べるとか、休みの日にデートするとかの類は言わなかった。
「じゃあさ、想いが通じ合ってさえいれば、学校で昼を一緒に食べたり、一緒に登下校したりしなくても大丈夫ってこと?」
「え……、でもさ……、それは……、いくら想いが通じ合っていても、離れ離れはさびしいじゃない」
「さびしい……」
「うん。たとえば、単身赴任とかで、お父さんだけ家族と……、特に奥さんと離れて暮らすのってさびしいと思うよ。心が通じ合っているからこそ、離れ離れになっていたらさびしいし、いつも一緒にいたいって思うんじゃないかな。私、そうだから、今日、透の教室に行ったんだ。だって会いたかったし。透だって、同じで、それで私の帰り待ってくれていたんじゃないの?」
「う、うん……、まあ、そうかな」
「嬉しいな」
「え?」
「だって、透のほうから私を待ってくれていたの初めてだったから」
「そ、そうだっけ?」
俺は、芦生麗の頭上を見た。
芦生麗の頭上にあったのはなんと「0」の数字だ。
俺と芦生麗が付き合っているといううわさがすっかり全校に広まり、芦生麗のことをどの男子もあきらめたのだろう。
そして、そうなった張本人のこの俺が、芦生麗に恋愛感情を抱いていないのだ。
だから今、芦生麗に恋愛感情を抱いている者がこの世の中に誰も存在していない。
芦生麗ほどの女の子が誰からも想われていないなんて……。
俺は罪深いやつなのかもしれない。
「ねー、透」
「ん?」
「今度の日曜日、空いているかな?」
雨音の中でも俺は聞き逃さなかった。
語尾がちょっと震えていたのだ。
まさかの芦生麗が、俺ごときを誘うのに緊張している?
いっぽうそういう俺だって、女の子から誘われて、一気に緊張感が高まってしまった。
「だ……、大丈夫だよ」
声が裏返った。
「じゃ……、じゃあさ、映画……行かない?」
「う……、うん」
お互い緊張した声でやり取りして、なんて初々しいカップルなんだ――と、緊張している当人の俺たちを、客観的に冷静に分析しているもう一人の俺がいた。




