【第1視】好かれる人が見える俺、佐取透
いつからだろう?
人の頭の上に名前が見えるようになったのは?
幼稚園の頃は、もうすでに見えていた気がする。
もっとも、その頃は文字が読めなかったし、意味も分からなかった。
人の頭の上に浮かんでいる文字は誰にでも見えるものだとばかり思っていた。
それがどうやら違うと気付いたのは小学校に入る頃だ。
友達と話をしている中で、見えているのは自分だけらしいということが分かったのだ。
直感的に、これは人には言わない方がいいことだと思った俺は、このことを誰にも言っていない。
頭上に浮かんでいる名前の数は、人によって様々だ。
それこそ、十以上も浮かんでいる人もいれば、二、三個の人、ゼロの人もいる。
ゼロの人の場合、ご丁寧に頭上に数字の「0」が浮かんでいた。
つまり、俺にとっては、視界に入るすべての人間が、頭上に誰かの名前か数字の「0」かを浮かべているのである。
幼稚園の頃は、その意味がはっきりとは分からなかったが、漠然と、頭上に名前がたくさん浮かんでいる人は人気者で、そうじゃない人は不人気だということは認識していた。
意味がはっきり分かったのは、小学校に入って文字が読めるようになってからだ。
一年生の時、クラスに好きな女の子がいた。
ルミちゃんという子だ。
可愛くて人気者だった。
クラスのほとんどの男子は、ルミちゃんのことが好きだっただろう。
ルミちゃんの頭上には多くの名前が浮かんでいた。
文字が読めるようになった俺は、それらの名前を読み取った。
ほとんどが、同じクラスの男子の名前だった。
そしてその中に、俺は自分の名前を見つけたのだ。
平仮名で「さとりとおる」と。
さとりとおるとは、俺の名だ。
漢字で佐取透。
ここで俺は悟った。
これらの名前は、ルミちゃんのことを好きな男子たちの名前なのだと。
つまり俺は、その人が誰から好かれているかを見透かす異能をもつ能力者だったのである。
だけどこれ――。
自分のために、いったい何の役に立つだろうか?
小学校低学年の内は、好きな子がいるだけで満足だ。
だが、高学年になると欲が出てくる。
好きな子から、自分もまた好かれたいと思う。
六年生の時、クラスにタケシというやつがいた。
勉強もスポーツもできたし顔もよかった。
話が面白くて性格もいい。
当然、誰からも好かれていた。
もちろん、女子からも。
その証拠に、タケシの頭上にはいつもたくさんの女子の名前が浮かんでいた。
その中にルミちゃんの名前があった。
いっぽう、ルミちゃんの頭上に浮かぶ多くの名前の中には俺の名前とともに、タケシの名前があった。
どういうことかお分かりだろう。
二人は両想いだったのだ。
でも、お互い、人気者同士であるがゆえというか、告白はできないでいたようだった。
それに、自分が異性から人気があるということは分かっていただろうが、肝心の相手からもそうであるかどうかは分からない。
そんな感じで二人の間柄は膠着状態だった。
膠着状態とはいっても、小学生のことであるから、小学生なりに放課後普通に同性の友達と遊んだり、休日に出かけるなどして、そんなに恋愛にのめりこんでいたわけではなかっただろう。
人生をかけて恋に悩むようになるのは、まあ中学生や高校生になってからだ。
俺も、ルミちゃんが自分のことを好きでいてくれなかったのは残念だったが、タケシはいいやつだったので、別にそれでも構わなかった。
まあ、小学生男子の恋愛観なんてその程度なのだ。
小学校卒業の差し迫った二月。
俺はタケシに相談された。
それは――、
自分はルミのことが好きなのだが、バレンタインデーには義理チョコではなく本命チョコをもらいたい。
どうにかならないだろうか
――と、いうものだった。
まあ、今や日本のバレンタインデーは、すっかりお菓子屋さんを儲けさせるためのイベントになっていて、実に年間の四割のチョコが二月に売れるそうだ。
大して女の子にもてない俺でさえ、義理チョコなら数個もらえるほどだ。
タケシは、毎年いっぱい貰っていたようだった。
俺の見立てじゃ、そのほとんどが本命チョコなのだが、タケシには知る由もなかっただろう。
俺には分かっていた。
ルミの本命はタケシ。
だから、ルミは間違いなくタケシに本命チョコをくれる。
その時期になっても、ルミとタケシの頭上には、お互いの名前が多くの名前にまじってしっかりと浮かんでいたからだ。
ちなみに高学年になる頃、頭上に浮かぶ文字は低学年の頃のオール平仮名からオール漢字になっていた。
オール漢字になるまでには、平仮名と漢字の混ぜ書きの時期があった。
学年が上がるにつれ、漢字の比率が増えていった。
どうやら頭上に浮かぶ名前の表記は、俺の学力を反映させているらしかった。
おっと話がそれた。
俺は相談してきたタケシに言ってやった。
ルミはタケシのことが好きだ。
見ていれば分かる(実際、見れば分かるのはその通りだったし)から自信をもてと。
そして、チョコをもらったら、一か月後のホワイトデーには、本命としてのお返しをしろ――そうアドバイスしてやったのだ。
結果は――。
ルミとタケシの二人は、見事両想いに。
俺は、恋のキューピッドとなったわけだ。
まあ、小学生の男女が両想いになったからといて、日常生活の特に何が変わるというわけでもない。
あいかわらず、男子は男子で、女子は女子で群れて遊んでいたし、休日、小学生が男女二人だけで連れ立って繁華街まで遊びに出かけるなど物騒だ。
俺もルミもタケシも、同じ公立中に進学した。
中学に入ると、ルミとタケシの頭上に浮かぶ名前に変化が表れた。
双方の頭上から双方の名前が消えたのだ。
それでも、二人とも形だけは付き合っているようだった。
それでも、中一の夏休みに入る頃には、二人の付き合いは自然消滅していた。
当然、俺には理由が分かった。
二人とも、他に好きな人ができたからだ。
俺は、二年のある男子の先輩の頭上にルミの名前を見つけたし、他のクラスの一年女子の頭上にはタケシの名前を見つけた。
まあ、そんなことが分かったからといって、俺には何のメリットも無いのだが。
でも、タケシにアドバイスした一件は、何となく周囲の知る所となり、俺には「恋のキューピッド」のような評判が立つことになった。
そして実際、中学に入ってから、男女問わず俺は何人かから恋愛相談を受けるようになった。
要するに、自分は○○のことが好きなんだが、相手は自分をどう思っているだろうか――というやつだ。
俺の答えは簡単だ。
頭の上を見ればいい。
相談者が想う相手の名前が、もし、その頭上にあれば――、相手も相談者のことを想っている。
だから俺はその時は、迷わず「ゴー!」と言ってやる。
でも、そういうケースはあまりなくて、たいていは名前がないことの方が多い。
けれど、別のやつの名前が浮かんでいる時があるのだ。
一人だけじゃなく、二人、三人、いや、それ以上の名前を浮かべているうらやましいやつもいる。
そういう時は、片思いの相手は見込みが無いことを言ってやる代わりに、誰々と誰々は脈がありそうだからどうかと勧めてやることにしていた。
言われた方はびっくりだ。
中には、自分が高嶺の花だと思っていた相手が実は自分に脈があるなんて言われたやつもいるのだから。
当然、成功率は百パーセント。
俺は、中学の三年間で「恋のキューピッド」だの「縁結びの神様」だの「恋愛の鉄人」だの、多くの異名をもらうことになった。
しかし――。
俺には何のメリットも無い。
自分を好きになってくれている相手が分かるのだから、こんな便利な能力はないだろうと思うかもしれない。
その通りだ。
「自分を好きになってくれている相手」が分かるのならな。
違う。
俺には「自分を好きになってくれている相手」が分からない。
俺には、人のことしか分からないのだ。
自分の頭上に浮かんでいるはずの(多分、俺にだって一人ぐらいは浮かんでいるはずだ)名前を、俺は自分で見ることができないのだ。
鏡を見ればいいだろうって?
無駄だ。
この名前は鏡には映らない。
写真にも映らないし、ビデオにも映らない。
俺はどうやっても、自分の頭上に浮かぶ名を読むことができないのだ。
こんな、馬鹿な不公平なことってあるか!
他人の恋愛に大いに役立っているこの俺が、自分自身の恋愛に何の役にも立てないなんて。
高校入学を機に、俺は他人の恋愛相談にのるのをすっぱりやめることにした。
幸い、中学時代の知り合いがいない高校に入ったので、中学までの恋愛がらみの俺の異名を知る者はいなかった。
俺は、高校生からは、自分自身がすてきな彼女を作ることに邁進するのだ。
もう、他人の色恋沙汰なんかどうだっていい。