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君が十三人目の魔法使いになるまでに  作者: 十津川
二章 魔法使いへの一歩目
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その1 教室にて

 次の日、クラスに入った幽刻ゆうこくの耳に飛び込んで来たのは、莉子りこの驚いた声と、紗々奈の凛とした――ともすれば冷徹にも聞こえる――声だった。


「だ、だから! 何度も言ってるけどそこはわたしの席だよぉ!」

「それはさっきも聞いた。一体君はボクに何度同じことを言わせるつもりなんだ。もしかしてバカなのかい?」

「バババ、バカじゃないし!?」


 見るとさほど広くない教室の中央で、両者が言い争っているところであった。

 一方はハムスターの様な愛らしさを持つ小動物であり、一方は豹の様なしなやかな肢体を持つ捕食者である。

 言い争いと言っても明らかに一方的であるのが、教室に入ったばかりの幽刻にもすぐに分かった。


「バカではない……。ふむ、だがボクの記憶が正しければ、いや正しくなかったことなど一度もないのだが、ここはクラス分けの初日にボクに割り振られた席の筈だ」

「だ、だって佐々木さんずっと学校に来ていなかったから……グループ決めした時に移動になったんだよぉ」

「それは君たちの都合の話だろう。ボクには関係ない。依然としてこの席はボクの席であると主張させてもらう」

「うう……」


 幽刻は呆れつつ、泣きそうになっている莉子と、彫刻のような表情を変えない紗々奈がいる場所へ歩いていく。

 良く分からない女の子同士の言い争いに好んで関与したい訳ではないが、そもそも言い争いになっている窓際後方の席は、自分の席の隣だ。

 教室に入った以上、戦場へ向かわざるを得ないのであった。


「おはよう、真城ましろ

「あ、ゆーこくおはよう」


 介入者の挨拶に、莉子はホッとしたような表情で挨拶を返す。


「おはよう、佐々木」

「ほう。君はご主人様の事を苗字の呼び捨てにすると両親から教わったのか? おはようございます、このばかやろう」


 介入者の挨拶に、紗々奈は憮然とした声で罵倒すると妙に丁寧な挨拶を返す。


「誰がご主人様だ、誰が」

「無論、ボクだ。もしかして君もバカなのかい?」

「誰がバカだ、誰が。しかも挨拶の後にバカ呼ばわりされたのは初めての経験だ」

「本当かい? それは良かった」

「何がだよ」

「どうやらボクは君の初めてを、二度も奪う事ができたみたいだから」

「ゆ、ゆーこくの初めてって何!?」


 妙な誤解を受けそうな返しに、実際あっさり引っ掛かる莉子。


「気にするな真城。佐々木はドヤ顔で言っているが良く分からない嘘だ」

「ふむ。ある意味嘘ではないのだが、まあいいだろう」


 紗々奈は頬を僅かに緩ませた。明らかに幽刻をからかう目的の発言であるのを軽くあしらえたのは、昨日のこのクラスメイトの性格を少しなりとも理解できたからだろう。


「で、真城と佐々木は何を揉めてたんだ」

「あ、うん。えっとわたしの席に佐々木さんが座ってて」


 昨日まで莉子が座っていた席には、紗々奈が長い足を組んで座っていた。莉子は困った表情で、両手に(恐らく机に入れていた)荷物を抱えて立っている。


「佐摩幽谷。君からも言ってくれたまえ。ここはボクのいるべき席であると」

「あれ? ゆーこく、佐々木さんと仲良かったっけ……?」


 あまり親しくないと思っていたクラスメイトが、男子の名前を呼び捨てにしたので、莉子が少々驚いた表情になる。


「いや、仲が良いってことはないかな」

「そうだ。仲が良いと言うより只ならぬ仲と言った方がいいだろうね」

「いや、只ならぬ仲はもっと違う」

「ではほのかに苦い只ならぬ仲ではどうだい?」

「妙な形容詞をつけても同じだ。まず只ならぬ仲って部分を変えようか」

「いたっ」


 軽く頭を小突き、問題児の口を閉じさせる。


「何をするか! ご主人様に手を上げるとは無礼にもほどがある!」

「誰がご主人様だ、誰が」

「あいたっ」

「俺たちは協力関係なだけであって、上下関係はないだろう」

「だって君ボクのモルモットだからね!」


 紗々奈はドヤ顔になって胸を反る。魔法を語っていた時の神秘的な雰囲気とは一転して、妙に子供っぽい。

 実は昨日帰る時に分ったのだが、魔法や魔術それに魔具に関して会話している時と、それ以外の話題を話す時の彼女は、別人ではないかと疑うくらいの二面性があった。

 どちらが本当の佐々木紗々奈なのか、まだ付き合いが浅い幽刻に判断することはできないが、少なくともこれまでより数段話しやすくなったのは確かだった。


「ゆーこく。協力関係って何のこと?」

「あーいや何でもない」


 莉子の質問を誤魔化すように手を振った。彼女が名のしれた魔技師であるということは、誰にも言うなと釘を刺されていたからだ。それに魔法使いになるために協力している、などいう夢物語にも近い話をしてもややこしくなるだけだろう。

 彼女にも何か抱えている理由があるのだろう。だが親しくもない仲で聞いても話す気はないだろうし、幽刻の方もまた深く踏み込むつもりはなかった。


「とにかく状況は分かった。確かにこっちの事情で席を変えたのは事実だ。真城、悪いけど席を代わってくれるか? 後ろの席がいいなら俺が代わってもいいけど」

「え、ううん! ゆーこくはいいんだよ。それじゃ近くにいれないし意味ないし……」

「?」

「あ、な、何でもないし! 取りあえずわたしが席移動するから!」


 もごもごと小声で何か言った莉子は、荷物で顔を隠すようにして教室の隅にある席へ走って行った。

 

「……何だったんだ?」

「ンッンッンッー、いやぁ。佐摩くんの鈍さには表彰台を三つ重ねてそのてっぺんに立つくらいの表彰をしたいねぇ」


 奇妙な例えを持ち出しつつ、美樹人が笑顔で近寄ってきた。


「おはよう。美樹人の例えは相変わらずまどろっこしくて分からんな」

「おはようさん。分かる必要はないってことよー。佐摩くんはね、ずっと分からない方が可愛くて大変良いよ、良いよ」


 ふふふと細い目を更に細めて笑う美樹人。その開けているか分からない瞳を、隣の席に座っている紗々奈へと向けた。


「しかし今日は随分と久しい顔がいるね。佐々木くん。入学式以来な気がするが、あーちの事は覚えてる?」

「いいや。悪いが一般生徒の顔を覚えるなんて、そんな無駄な記憶領域はボクにはないよ」

「ふむ。相変わらずツンツンのツンデレだね。いやデレる所を見たことはないから正式なツンデレなのかは評価が分かれるところではあるけど」


 美樹人は興味深そうな表情を浮かべてじっと紗々奈を見つめていたが、


「ん、なるほど。彼女が目的の魔技師だったというワケか。これは意外」


 小さな呟きは始業を告げるチャイムと同時であったため、聞き取れた者はいなかった。

 教師が入室すると、他のクラスメイトも各々の席に着席していく。教科書を取り出して授業に備える幽刻の隣で、紗々奈は指を唇に当て美樹人の方をじっと見ていた。


「……今の女が最後に何て言ったか、聞こえた?」

「いや?」

「ふむ……まあいい。しかしアイツは少々油断ならないと女の勘が告げている」

「何だそりゃ。まあ……真城も美樹人も良く分からんところはあるが」

「人とはそんなものだ」

「いや今一番分からんのはお前だけどな。まずは教科書くらい出せ」


 白い腕を組んで早々に机に突っ伏した紗々奈に忠告するが、まったく聞き入れる気はないようだ。

 教師の方も珍しい生徒がいると一瞬目を開いたものの、特に何か言う事はせず授業を始める。とりあえず害のない生徒には比較的寛容な教師であった。


 その後の授業も紗々奈は全て寝ていた。休み時間になった時だけふらっと教室の外へ出て、そしてふらっと戻って来るのだった。

 

「彼女、一体何しに学校へ来たんだろうね」

「俺に聞くな。あと俺のおかずをしれっと持っていこうとするんじゃない」


 幽刻は、美樹人が弁当に入っていた唐揚げを摘まもうとするのを防ぎつつ答えた。彼女が座る席の持ち主は、昼休みのチャイムが鳴るや否や、真っ先に教室を出ていってしまっている。


「可能性があるとすれば……そうだな。例えば、下見とか」

「下見? 自分の学校をか?」

「自分の学校と行っても、その足で歩いた事は殆どないだろうしね。……おっと脇ガードが甘いね」


 美樹人は脇を器用にすり抜けてひょいっと一つ摘まむと、制止する間もなく口に入れた。


「ちょっとみっきダメだよ、ゆーこくの盗っちゃ! ほら、わたしのあげるから」

「なっ! ろりこが作った唐揚げを食しても良いと言うのかい!? 何という僥倖……!」


 莉子が自分の作った弁当箱を差し出すと、昼飯泥棒に喜んで涙する。


「うーむ。やはりろりこの料理は逸品という言葉に尽きる。佐摩くんの料理の腕も中々だが一歩及ばないな。もっと精進してくれないと」

「人のを勝手に盗ってったヤツが言うと、こうも理不尽に感じるモノなのか」

「いやいや。一応昨日の情報の報酬のつもりだよ。実にリーズナブルだと思うけど。そういえば先週は妹さんのお見舞いには行ったのかい?」

「ああ。医療魔術のお蔭で随分楽にしてたよ」

「それは何よりだ」

「早く良くなるといいね、ゆーこくの妹さん」


 莉子の笑顔につられ、幽刻も自然と笑顔になる。

 治す方法はある。魔法使いになるだけだ。勿論目標は高いが未来があるだけいい。

 ふと、昨日の帰り際に紗々奈が言った言葉を思い出した。

『明日から始めるよ』

 一体何から始めるのか分からないが、今は彼女の力を頼らざるを得ない。

 二か月ぶりとなる登校がそのアクションなのかとも思ったが、終業のチャイムと同時にさっさと帰宅してしまい、結局何かが起こることはなかった。

 何処か身構えていた幽刻が拍子抜けするほどだった。もしかして今日学校に来たのは、単に久しぶりの学校を満喫しに来ただけなのかもしれない。




 などと思ったのだが――佐々木紗々奈という少女が、そんな大人しい女の子であるはずがないと思い知らされたのは、その日の夜の事であった。




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