その5 二人の始まり
少女の左目は、角膜と水晶体にあたる部分がまるでガラスのように煌めいていた。
よく見るとそれは一枚の美しい無機物で覆われているのが分る。
彼女が瞳を瞬くたびに、それは様々な色彩を煌めかせ宝石のような輝きを放つ。
「これは体内を巡る余剰マナが集まった結晶だ。ボクの場合はそれが左目に集まって結晶眼となったがね。見た目が少々気になるのは勘弁してくれたまえ。『能力』を使う場合こちらの『瞳』で視た方がいいから」
紗々奈はテーブルに置いてあったマナが空になった幽刻の魔具を手にする。
「さて。魔技師に必要なのは魔術師同様、マナだ。ただし調整にも使うし細かな回線を結ぶ作業にも使うから、より多くのマナが必要になる。その量を確保するために、殆どの魔技師は地脈上で作業をしているけど、このボクは違う」
紗々奈の左目が一瞬、眩く煌めく。その瞬間、彼女は何も持ってない方の手でスッと虚空を掴む動作をするとそのまま魔具に添えた。
魔術を嗜んでいない者には、何が起こったか分からなかっただろう。
だが幽刻には分かった。そして同時にその結果に対して目を見開く。
空になっていた筈の魔具のマナ水晶が、一瞬にしてマナで充満していたからだ。
地脈上でないにも関わらず、マナを引き出す力それはまさか――――
「これがボクの持つ能力、無限蓄積だ。魔法使いに必要とされる、才能の一つだよ」
煌めく左目が幽刻を映していた。
「この能力を持つのは12人の魔法使いを除けば、世界中でボクだけだ。当然、魔技師でこれを持っているのもボク以外に存在しない。これがA級魔技師として名を馳せている正体であり、君を魔法使いにする方法の一つでもある」
彼女は手にした魔具をテーブルに置くと、カウンターに体をするりと滑らせ、反対側にいた幽刻の隣に立つ。
「ボクのこの能力を君に移植させる。それが魔法使いへの一歩となるだろう。いやもう既に一つあるのだから二歩目になるかな。フフフ、いずれにせよ君は二つの能力を手に入れる事になる」
左目が煌めいているせいだろうか。彼女の言葉は甘く、そして何故か――憎しみの棘が埋められているような気がした。
「そ、そんな能力があるなら自分で……」
「ボクが魔法使いになればいいってかい? 残念だがボクの心臓はマナ分解がまったくできなくてね。この能力の代償さ。一切の魔術を使う事ができないボクは、残念だが魔法使いなることはできないのさ」
幽刻を見たまま、紗々奈の形の良い赤い唇が少しつり上がった。
妖艶な笑みを浮かべたまま、指を伸ばし幽刻の顎に触れる。幽刻はなすがまま動けない。蛇に睨まれた獲物が感じるような、甘い痺れを感じた。
「さて。もう一度言おう。君は魔法使いになって12人の魔法使いと戦い、叡智の王冠を完成させる。そして妹を治す」
「…………」
「そしてボクは君という魔法使いを手に入れることができる。お互いの利害が一致したわけだ」
「魔法使いを必要とする……理由?」
「一体どういう意味だ」と口にしようとした少年の唇に、少女の冷たい指が当てられる。
まるで彼が拒否することを阻むかのように。
「それじゃ始めようか。君が13人目の魔法使いになる為の歩みを」
2015年6月15日。
それは佐摩幽谷が13人目の魔法使いになることを決定づけられた日として、歴史の一ページに刻まれることになるのであるが、本人はただ唖然として、目の前の同級生を見つめているだけであった。




