その4 少年と少女の秘密
「3つの才能だ。魔術三大基礎の『マナ蓄積』『マナ分解』『マナ配分』。それを更に特化させた先に、彼らはいる」
「特化……」
「そうだ。各国の軍事レベルでは既に研究済みだが、それを実現できた者はいない。ああ、勿論現存する魔法使いを除いて、だがね」
紗々奈はカウンターの椅子から腰を上げて腕を組む。
「そしてそのうちの『マナ蓄積』と『マナ配分』だが、ボクはそれらを人工的に創りだす目処が立っている」
「人工的……に創るだって!?」
「ああ。何しろボクは天才魔技師だからね。『ある能力』を使って軍研究施設でも絶対に出来ない事も可能なのだよ。しかし残りの一つだが……残念だがこれだけは未だ実験中であり、新しいモルモットを探している所だ」
自分で天才と謳うのはどうかと思ったが、紗々奈の言葉の別の部分に引っ掛かっていた。
残りの一つとはつまり。
「マナ分解の部分ってことだよな」
「そうだ。つまりボクが求めているのは唯一創ることができない『マナ分解』の才能を持つ人間だ。無論今までにボクの所に来た人間は沢山いる。それなりに出来る魔術師もいたが、魔法使いになれるほどの才能はなかった。全員期待外れさ」
紗々奈は小さく肩を竦め白い指を出口へ向けると、
「話は終わりだ。帰りたまえ。もし君がそれを持っているのだったら話は別だけど」
カウンターの椅子に座りなおし、作業の続きを再開する……筈だった。幽刻の次の言葉がなければ。
「本当か? なら良かった」
「何?」
紗々奈の不審な表情は幽刻の返答によってもたらされた。
「君、自分で何言ってるか分かってる? ボクが必要としてるのは」
「いや大丈夫だ。むしろお前が隻眼の魔技師だって申告の方がよっぽど嘘くさい」
「言ってくれるね。そこまで言うなら君は証明する必要があるよ」
テーブルに置かれた魔具を手にすると、ポケットからマッチ箱程のケースを取り出した。その中に入れてあった小さな水晶を摘まみ、マナが満ちた水晶を魔具にはめ込む。
「これは限界まで圧縮したマナ鉱石だ。秒間200mmのマナを体内へ直接送り込む。これを」
「ああ、これを全部マナ分解すればいいんだな」
「そうだ」
少女は薄く笑った。ちょっとした脅しのつもりだったからだ。
「オーケー。じゃ、やるぞ」
「え?」
幽刻は魔具から伸びたチューブを、躊躇うことなく手のひらに刺した。
「ちょっと! 待っ」
紗々奈は思わず止めに入ったが、時すでに遅く、チューブの先からマナが流れ込んでいくのが見えた。
本来は水晶に蓄えたマナを少しずつ送り込んで使うのだが、用意したそれは一度に全て流し込む特殊仕様である。
一般的な人間であれば、数秒で全身の血管が破裂し即死であり、例えA級魔術師であっても動脈に後遺症が残る。
だが暫くしても――――少年の身体に悲惨な変化はなかった。
いや正確には何かが『あった』。
彼の周囲にはマナを分解した時に得られる淡い白色の光が漂っており、それはつまり全てのマナが分解されたことを示していた。
それは驚異的なマナ分解速度。
「嘘……まさか。これって超高速分解? 魔法使いに必要な素質の一つの……」
魔法と呼ばれる奇跡を行使できるのは、全世界で僅か12人しか確認されていない。そして彼ら全員が持っている能力が三つある。
『無限蓄積』と『超高速分解』、それに『適応配分』。魔術三大要素を昇華させた能力はそれぞれこう呼ばれている。
地脈から無尽蔵にマナを取り出し入れ、そのマナを超高速で分解し、体内へと配分する。この稀有な三つの才能を併せ持つ限られた人間だけが、『魔法使い』になれる可能性があると言われている。
その『才能』の一つを目の当たりにした紗々奈は、驚きに満ちた目で幽刻を見つめていた。
「これが俺にあるたった一つの才能。でも俺は事故でマナ動脈を失ってさ。魔術に必要なマナを地脈から一切の取り出せない体質なんだ。分解したマナを適した術式へと展開することも困難だし、マナの蓄積もできない」
幽刻が苦々しく吐露する。魔法使いどころか魔術師として生きていけるかも怪しいと親戚からは言われた程だ。実際魔術系の高校に入学できたのもギリギリである。最も幽刻の努力なければ、それもできなかったのだが。
白光は大気に溶けるように淡く散っていった瞬間、少女は突然身を乗り出し無言で幽刻の体を弄り始める。
「ちょ、おい、なにす……!」
「ふむ、身体的欠陥は見当たらないな。となると魔術に関連した体内の不具合か、或いは魔術医療による何らかの疾患……。取りあえず採血してマナの配分率を……いやマナ動脈はないのか。なら少し切り開いて……」
「さ、佐々木? なんだか随分物騒な発言が聞こえたんだけど」
身体を弄っていた佐々木は、勢いよく顔を上げて幽刻を見る。
「今まで見た中で最高の素材だ! だが惜しい、実に惜しいね! 魔法使いになれる片鱗がありながら魔法使いにはなれない欠点を持つ。ある意味素晴らしい研究材料ではあるが」
「え、は? け、研究材料?」
訳の分からない彼の頬を――まるで小動物を愛でるが如く――ゆっくりと撫でる。そして真剣な面持ちで問いかけた。
「君は魔法使いになりたいか?」
只ならぬ雰囲気に、幽刻も真剣な表情になり返答する。
「ああ」
「君は命を失う覚悟はあるか?」
「いきなりなんだよ」
「魔法使いを目指すにはそれだけのリスクがあるということだ」
「……当然ある。ま、魔法使いになって願いが叶うっていう噂が本当ならだけどな。元々魔術師になるのだって、医療魔術師になって病気の妹を救うためだし」
そう言って幽刻は紗々奈を見た。半信半疑、いや2信8疑くらいの目で。
だが紗々奈はその疑いの目を向けられても、まったく動じることは無かった。
「願いは必ず叶う。何故なら彼ら魔法使いは、その為に戦っているからだ」
「どういうことだ?」
「現に彼らは奪い合っているのだよ。12に分かれた、その権利を」
幽刻は、目の前の少女が何か冗談でも言い始めたのかと思った。だが真剣な目がそうではないと直ぐに悟った。
「全ての知識を収めたと言われる叡智の王冠。今は12に分かれたその欠片を全て集めて復元した者は、如何なる願いも思いのままと言われている」
「叡智の王冠……?」
「王冠と言っているが便宜上の仮の名だな。もし聞いた事があるとすればアカシックレコードという呼び方だろう」
紗々奈はそこまで話すとゆっくり息をついた。
「それなら聞いた事がある。確か宇宙に存在する意識のネットワークで 人類の集合意識……とかだっけ」
「そうだ。どんな願いも叶うというのは、恐らくアカシックレコードが因果の原因を変革できるからだろう」
「因果……変革……」
「その気になれば世界すら変革できる力を持つ魔法使い達が何故、表舞台に出てこないのか。答えはそんな事をしている意味はないからだ」
彼女は長い睫の瞳を幽刻に向ける。意思の決定を伺うように。
「当然、病気などという因果の消滅などは容易いだろう」
「つまり妹の病気が、治せると……?」
「それを叡智の王冠を持つ者が望めば、ね」
幽刻はその一言を聞いて気持ちを固めた。
嘘かも知れない。だが現状を維持していても最愛の妹の生命は徐々に枯渇していくだけだ。
可能性があるなら、自らの命を天秤に賭けることもアリだろう。
「分った。俺は賭けよう……この命を」
「ふふふ、いい返事だ」
「ただし、だ。その前に証拠を見せてくれ」
「証拠?」
「人が魔法使いを創るなんて聞いた事もない。一体どうするつもりなのかを聞かない限り、俺はお前を信用できない」
「ふむ……いいだろう。君は才能の片鱗を見せた。ならばボクも証明する必要があるのは理だね」
紗々奈は指を左目の眼帯にかけた。
その下に隠されていたのは蒼い瞳。ただしそれが普通の『モノ』ではないのは直ぐに分かった。